
クラブがほしい選手を瞬時に探せる画期的なシステム「TransferRoom」の画面(提供写真)
選手17万・監督7000人のデータが詰まった移籍マッチングシステム
日本代表選手の大半が欧州組という状況が当たり前になり、プロサッカー選手の誰もが「一度は海外でプレーしたい」と考えるのが普通という時代になった。日本人選手のレベルや評価も上がり、行き先の選択肢も増えるなど、彼らの夢が叶いやすくなったのは確かだ。
今ではチェイス・アンリ(シュツットガルト)や福田師王(ボルシアMG)のように高校を卒業後、Jリーグを経由せずにそのまま欧州へ渡る選手も出てきており、多様な移籍ルートは今後も増えていくだろう。
中田英寿や小野伸二(Jリーグ特任理事)、中村俊輔(横浜FCコーチ)がイタリアやオランダで活躍していた2000年代前半を振り返ると、国際サッカー連盟(FIFA)の資格を持つ特定のエージェント(代理人)が自身のネットワークを生かして欧州クラブとJクラブの橋渡しを行い、移籍の話をまとめるのが一般的だった。が、今では代理人やマネージメントスタッフの数が増え、選手たちの選択肢は増加。移籍チャンスも広がりを見せている。
一方でテクノロジーも大きな進化を遂げ、世界中の試合映像を瞬時に見られる「Wyxcout(ワイスカウト)」という映像配信システムが普及。世界中のクラブ関係者やエージェントがお目当ての選手をチェックし、補強候補にリストアップ。実際に交渉の段取りを進められる環境になったのだ。
そのワイスカウトと同時に移籍環境を激変させたと言われているのが、「TransferRoom(トランスファールーム)」という移籍マッチングシステムである。
ロンドンに本拠地を置く同社は2017年にこのシステムを立ち上げ、目下、8年目に突入している。現時点では全世界17万人の選手、7000人の監督のデータがインプットされており、その情報を活用しているクラブが850もあるというから驚きだ。
リクルーティング・アウトプレースメント・ネットワーキングの3つの機能の強み
2022年カタールワールドカップ(W杯)に参戦した日本代表FWの町野修斗が2023年夏に湘南ベルマーレから当時ドイツ2部のキールに移籍した際も、「今、欧州では選手獲得に当たって選手個々の特徴や情報を入れて、どれだけ自チームのスタイルに合うかどうかを探ることができるデータシステムが普及していて、キールがそれを使ったらしいんです。そこで90%以上のマッチ率だとはじき出されたのが僕だった。それが獲得に至った経緯だったと聞きました」と話していた。
そうやってクラブ側が選手を絞り込み、チームに最適な人材を探せるのは極めて効率的である。世界中のクラブが価値を認めたからこそ、急速に普及が進んだのだろう。
同社の日本・韓国・東南アジアエリアを担当するエグゼクティブ・ディレクター・檜山竜太郎氏がシステムの概要を説明してくれた。
「トランスファールームの役割は大きく言って3つあります。1つ目は『リクルーティング』。町野選手を探したキールの事例にあるように、クラブ側が自分たちのスタイルやニーズに合った最適な人材を見つけられるという利点があります。
2つ目は『アウトプレースメント』。エージェントが抱える選手を移籍させる際、システムを使っている850クラブの中から候補を絞り込んで、より確率が高いところにアプローチできる。移籍可能な選手が誰なのかといった情報も一目瞭然なので、クラブ側にとってもアプローチしやすくなる。それも有益なことだと思います。
3つ目は『ネットワーキング』。クラブ同士の情報交換が進めば、移籍市場が活発化しますし、それぞれに合った選手をやり取りしやすくなります。出番がない選手にとっても新天地に赴いて新たなチャンスを得やすくなる。クラブ同士で親善試合を組んだり、育成年代同士の交流の場を設けたりもできるでしょう。
そういったメリットが理解され、より多くの関係者に使ってもらえるようになったのではないかと見ています」
移籍市場の透明性アップ。コスパ・タイムの改善効果が大
2025年4月時点では、アメリカやメキシコ、デンマーク、ポーランド、ノルウェー、スイスのトップリーグがトランスファールームを採用。所属する全クラブが移籍等に活用している。欧州5大リーグに目を向けても、フランス・リーグアンが94%、イングランド・プレミアリーグが90%という状況で、今後はサウジアラビアやオーストラリアなどのアジア圏、ガーナ、ナイジェリアといったアフリカ圏での導入が決まっているという。
「トランスファールームが生まれた背景としては、それまでの移籍市場が透明性に欠けていた点が挙げられます。
Aクラブに所属するBという選手がいたとして、彼の契約が何年までなのか、年俸や移籍金がいくらなのか、レンタル移籍が可能なのか…といった情報が公になっておらず、それを知るエージェントとクラブ強化担当など限られた関係者の間でやり取りされる状況になっていたんです。
選手によっては公式エージェント以外に間に入っている仲介人も関わっていて、クラブが法外な移籍金を払わされるケースも少なくなかった。そういったマイナス面を取っ払い、オープンなマーケットにしたいという願いからこのシステムが作られました。
特に普及が進んだのが2020年からのコロナ禍。クラブ強化担当やエージェントが選手や所属先のスタッフと直接会えなくなり、まずは情報を得てからオンラインで面談といったスタイルの移籍が増えました。『トランスファールームによって選手補強が効果的にできるようになり、大幅なコストダウンも実現した』という前向きな声もいただいています」と檜山氏は言う。
トランスファールームのメリットはそれだけではない。『サミット』と呼ばれるクラブ関係者が集まる場を年に3~4回設定。直近のサミットは2025年3月にドイツのベルリンで行われたが、世界の300クラブの強化担当者が集結。お見合いパーティーのように15分毎に対面で話す相手を変えながら、25回のミーティングの場を持てるというのだ。
「Jリーグクラブの関係者も何人か参加していましたが、彼らにとっては欧州ビッグクラブの強化トップと直接面識を持てるチャンスというのはそうそうない。
トランスファールーム上のチャット機能やメッセージ機能を使ってコンタクトは取れますが、実際に会ってネットワーク作りができることの意味は大きいと思います。
どうしても参加できない場合はオンラインイベントの方に参加してもらうことも可能です。それも貴重なマッチングの場になるでしょう」と檜山氏は付け加えていた。
本社のセールス・ダイレクターのスチュワート・ヴィッタル氏(左)とアジア担当の檜山氏(右)=筆者撮影
サッカー移籍市場のテクノロジーのリーダーに!
ネットワーク作りに英語などの外国語力は必須。しかもシステムを使いこなせるITスキルも必要になる。ただ、2026年夏からJリーグのシーズンが夏開幕に移行し、海外移籍がより活発化すると見られる中、国際感覚とテクノロジーに秀でたスタッフを育てていくこと重要だ。サッカー界もIT時代突入したと言っていいのではないか。
「トランスファールームはマーケットプレイスであり、これを使ってフットボール市場の透明化を進めていくのが我々のミッション。ある意味、サッカー界のGAFAM(グーグル・アップル・メタ・アマゾン・マイクロソフト)のようなテクノロジーのリーダーになり得るとも考えています。
世界のサッカークラブが約4000、代理人の会社であるエージェンシーも1万以上あると言われますが、そういう関係先の利用はこの先も進んでいくと考えていますし、サッカー界全体への影響力もより大きくなる。そうなるように、我々もデータチームの強化やシステムの増強を進め、移籍市場をリードしていきたいです」
ロンドン本社勤務のセールス・ディレクター、スチュワート・ヴィッタル氏も語気を強めていたが、本当に革新的なツールなのは間違いない。このようなテクノロジーを使いこなせるか否かで今後のクラブの成否が決まると言っても過言ではないだろう。そういう意味でも、トランスファールームの存在価値や機能、効果などを正しく認識しておくことは先々にとっても重要である。
取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。