
トランプ関税がAppleを揺さぶっています。
相互関税を発表してから4日間で株価は23%下落、時価総額にして112兆円が吹き飛びました。4月13日にはスマートフォンなどの電子関連製品を相互関税の対象から除外するとの観測があったものの、トランプ政権は関税の対象にすると一転。振り回される結果となりました。
依然として不透明な状況が続いています。
中国からのまさかの報復関税に振り上げた拳を下すことができず…
アメリカの調査会社IDCは、2025年1-3月のスマートフォンの世界出荷台数が前年同期間比1.5%増の3億490万台で、Appleは10%増えて第1四半期において過去最高になったと発表しました。
これは典型的な駆け込み消費。ロイターによれば、Appleの主要サプライヤーであるインドのFoxconnが、3月に1億1000万ドル相当のiPhoneを輸出したといいます。単月としては最高額で、1月と2月の合計に相当するもの。
トランプ大統領がすべての国からの輸入に10%、貿易赤字額が大きい国に対して相互関税を課す発表をしたのは4月2日。それに先立つ1月20日の政権誕生時に「米国第一の通商政策」をすでに掲げており、特に中国に対しては不公平かつ不均衡な貿易に対処する必要があると発言するなど、強硬な態度をとっていました。
産業界はトランプ政権の不穏な動きを察知していました。しかし、まさか中国からの輸入品に145%もの高関税が課せられることなど予想しえなかったでしょう。中国製のiPhoneの価格は単純計算でおよそ2.5倍になる可能性があることを意味しているのです。
トランプ大統領は中国が報復関税を仕掛けてくることを想定していなかったはずで、145%まで引き上げざるを得なかったのは不本意だったかもしれません。中国からはスマートフォンをはじめ、生活に必要な衣料、食品、家電など多くの品を輸入しており、価格高騰を招くことは避けられないためです。これは結果的に有権者の不満を招き、自身の支持率を落とすことにもなりかねません。
アメリカの中間管理職の人件費は中国の10倍
2023年に掲載されたAppleのサプライヤーリストにおいて、中国企業は156のトップ。前年から5企業増えています。2位は台湾で49。Appleは中国への依存度が極めて高いのです。
ティム・クック氏はトランプ政権の誕生に警戒していたのか、ベトナムでの生産拡大に注力していました。2024年4月にはファム・ミン・チン首相と会談し、投資拡大方針やイノベーション支援の意向を表明しています。
また、アメリカに新工場を設立する計画も発表しています。アメリカ国内で75兆円もの投資を行い、テキサス州に新工場を設立することを2025年2月に明らかにしました。しかし、この計画はAI向けのサーバーの生産を行うもので、iPhoneではありません。これは、Appleがアメリカに生産拠点を設けて雇用の促進をアピールし、中国などからの輸入に対する関税の免除を狙った側面が大きいでしょう。その目論見は外れてしまった可能性が高いことになります。
そもそも、人件費が高いアメリカでハイテク企業が生産までを担うのは相当な無理が生じます。ジェトロは国別の投資コスト比較を公開しています。それによると、アメリカの工業地帯であるダラスの一般的なワーカーの月額報酬は3784ドル。一方、中国の深圳は415ドル程度。課長クラスの中間管理職ともなると、アメリカが1万583ドルに対して、中国は1036ドルほど。人件費は10倍も違ってくるのです。
AI向けの付加価値の高いハイテク機器の製造であればともかく、iPhoneの原価率は60%を超え、顧客の要求に応えるべく多額の研究開発費も投じており、アメリカでの国内生産に切り替えるというのは現実的ではありません。
基軸通貨のメリットを享受してきたアメリカ
アメリカは基軸通貨の米ドルという特権を持っています。理論上はドル紙幣を刷るコストと引き換えに、自由に買い物(輸入)ができるのです。
トランプ大統領は貿易赤字を問題視しています。しかし、アメリカの中央銀行(FRB)が発行するドルの7割近くは海外で流通すると言われており、これこそが基軸通貨であることのメリットに他なりません。ドルがなければ他の国は原油すら買うことができず、どの国もドルを欲しているからです。理論上、アメリカはドルを発行すれば、世界中の商品を手にすることができるのです。
この基軸通貨を支えてきたのはアメリカの経済力と信用力でした。
トランプ政権はアメリカに労働集約型の製造業を取り戻し、雇用を促進しようとしています。それが労働者や非大卒者層の支持拡大につながっています。一方で、関税の引き上げと海外からの投資規制など介入主義を強めています。関税の引き上げは急速なインフレを招きかねず、経済が停滞する要因になりかねません。そして、介入主義は信用力の低下を招きます。
トランプ大統領の貿易政策について支持するとの回答は39%程度であり、支持しないとする55%を大きく下回っています。iPhoneなどの製品が高騰してインフレを引き起こすと、大統領の支持率そのものを落とすことにもなるでしょう。
ハイテク機器や半導体を取り巻く高関税は今のまま硬直的に進むとは考えづらく、もう一波乱あるかもしれません。
文/不破聡