
史上3度の危機を乗り越えた音楽産業の歴史
『音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち』
著/榎本幹朗 DU BOOKS 2750円
昨今、音楽リスナーもサブスクリプションか、CDで音楽を聴くのか、人気再燃のアナログ盤? といった選択に迫られることが多い。メディアの急激な変化は、40年前のアナログからCDへの移行期に我々は経験済み。音楽は文化芸術である一方、大衆消費財という側面もある。
本書には1世紀以上にわたる音楽産業の崩壊と再興の歴史が網羅されており、エジソンの蓄音機に始まり、ラジオや『ウォークマン』の登場、ネットの隆盛など、技術革新のたびに音楽産業は破壊され、そこから新たなビジネスモデルを生んできたことがわかる。言い換えれば、音楽産業は最新技術開発の矢面に立ち続けていた。ソニーが手がけた数々の音楽プレイヤーやドコモの「iモード」など、日本発の音楽イノベーションも紹介されており、音楽産業を知ることでビジネスの未来のヒントを得ることができる。
音楽著作権の価値を知り尽くすパイオニアの自伝
『高鳴る心の歌 ヒット曲の伴走者として』
著/朝妻一郎 アルテスパブリッシング 2200円
一般の人にはあまり知られていない音楽業界の仕事に音楽出版社がある。楽曲の開発・制作からプロモーション、音楽著作物の使用料の管理と徴収、作家への印税分配など著作権管理が主な業務。元は楽譜を出版していたことから、こう呼ばれている。
その代表的な会社のひとつ、フジパシフィックミュージックの代表取締役会長、朝妻一郎氏の自伝が本書。石川島播磨重工業(現・IHI)の社員時代にレコード解説の執筆、ラジオの選曲や台本書きからキャリアをスタート。好きが高じて音楽業界に入り、ザ・フォーク・クルセダーズや大瀧詠一の『A LONG VACATION』を世に送り出した。そのあたりの名曲誕生秘話はもとより、洋楽の権利ビジネスのあれやこれやも率直に書かれている。何より好きでないと始まらない、ビジネス的な成功もあり得ないのが音楽業界なのだ。
目まぐるしく激変するアメリカの音楽産業を学ぶ
『アメリカ音楽の新しい地図』
著/大和田 俊之 筑摩書房 1760円
音楽は常に時代の伴走者として存在し続けているが、本書は近年のアメリカ音楽の動向をイデオロギーや社会構造の変化から捉えている。第一次トランプ政権誕生、コロナ禍、BLM運動など、時代の局面を変える数々の出来事が起き、そのたびに音楽表現は揺れ動いていた。そういった21世紀のアメリカ音楽事情をバックグラウンドも含めて解説した良書。アーティストたちの活動も、彼らを取り巻く環境の変化、政治的かつ社会的動向も考えつつ聴いてみると、より深く音楽の深淵を知れる。BTSの成功によるK-POPの海外での動向やモーガン・ウォーレンによるカントリー音楽の消費拡大、さらに多民族化が加速する中でのアメリカ音楽の様相など、現代アメリカ社会の動向から見た音楽シーンのダイナミックな変貌が描かれており、音楽と政治・社会が密接な関係にあることを改めて教えてくれる。
〈選者〉
音楽評論家 馬飼野元宏さん
映画雑誌編集者を経て独立、音楽専門誌などに執筆。著書にお色気歌謡100年の歴史を辿る『にっぽんセクシー歌謡史』(リットーミュージック)、監修書に『筒美京平の記憶』(ミュージック・マガジン)など。
撮影/黒石あみ 編集/寺田剛治