
簡単な算数の問題を解いて絶対に正解だと自信を持って解答用紙に記入したものの、同じ問題を解いたほかの人物の解答用紙を見るとその答えは自分とは違っていた――。自信が揺らぐかどうかは人それぞれだとは思うが、もしもその回答者が人間ではなくAIだとしたらどう感じるだろうか。
自分の意見に自信がないとき、人間はどうするか
仕事においても生活においても我々は絶え間ない決断と選択を迫られているが、その中には自信を持った意思決定もあれば、あまり自信を共わない判断もあるだろう。
“正しさ”は自信の裏付けにはなるが、正しさの確信と自信はイコールではないようにも思える。店舗の会計係をしていて500円の買い物をしたお客から千円札を出されれば何も迷わずに500円のお釣りを渡すだろうが、それは当然のこと過ぎて自信を伴うほどのものでもないだろう。
一方、たとえば複数でテレビを見ている時など、ニュースや番組の中でたまたま自分の知っている場所やお店などが出てきた場合、確かな自信を持ってその場所や名称を周囲に伝えることができそうだ。
そしてもちろん本当に自信が持てない意思決定もある。その意思決定が些末な事柄でどんな結果になっても許容できるなら特に問題はないと言えるのだが、もしも同じケースで別の人物が自分とは異なる意思決定を行ったことを知った場合、自信が持てない意思決定を考え直すこともあるだろう。
■フランス国立航空宇宙研究所による、とある研究
フランス国立航空宇宙研究所(ONERA)をはじめとする研究チームが2024年5月に「Neuroscience of Consciousness」で発表した研究では実験を通じて、自信の程度が意思決定後の心変わりをより強く予測することを観察すると共に、他者の別の意思決定よりも、機械(AI)による別の意思決定に心を動かされる傾向があることが確認されている。つまり我々はAIの意思決定に一目置いていることが示されたのだ。
14人の成人の実験参加者は、知覚的意思決定課題を行った。
参加者はモニター上で2つの動く点を見て、どちらが垂直に近い方向に動くかを判断したのだが、最初の判断の後、自分の回答にどれだけ自信があるかを自己申告した。
次に、参加者は共に課題を行っていた参加者(人間またはAI)の異なる回答を見せられ、自分の回答をそのまま維持するか、撤回して参加者の回答に合わせるかどうかの選択を迫られた。
■人間はどんなときに自分の意見を覆すか?
実はこの2人の参加者はどちらもコンピューターアルゴリズムで、どちらもすべての試行で同等のパフォーマンスを発揮するようにプログラムされていた。したがって実験では課題を一緒に行った者が人間なのかAIなのかで生じる違いがもしあればそれを浮き彫りにできる。
数百回もの課題を繰り返してわかったことは、参加者は最初の決定に自信が持てないときに答えを変える傾向が強く、自信は正しさへの確信よりも、その後に回答を変えるかどうかをほぼ3倍強く予測していたのだ。
他人よりもAIの意思決定を重要視していた
自信が持てないと感じた試行の約半数で考えが変わったのだが、その答えが間違っていた試行ではわずか16%だった。これは、正しいかどうかよりも、どれだけ自信を感じたかが重要であることを示している。つまり正しさの確信よりも、自信のありなしのほうがその後の行動を予測する指標になるのだ。
■なぜ同僚よりもAIの意見に耳を傾けたくなるのか
そしてさらに興味深いのは、共に同じ課題を行った参加者である人間とAIのパフォーマンスは同じなのだが、AIの方が信頼できると考えている傾向が明らかになったことだ。参加者はAIの回答を見ると、人間の回答を見た時よりも考え直して自分の回答を撤回してそれに合わせる可能性が高いのである。
自分と異なる回答をする者が人間であればあまり動じることはなさそうだが、AIが自分と違う回答をしていれば重く受け止めることが明らかになったといえる。我々はAIの意思決定をそれなりに検討に値するものであると感じているのだ。
仕事上の意思決定において、たとえば職場の同僚のサジェスチョンには“ライバル心”なども湧き、むしろ自分の意見に固執するケースも考えられ、それが失敗に繋がることもありそうだ。しかしそのサジェスチョンがAIからのものであった場合、我々は案外素直に受け入れるのかもしれない。その意味では仕事に適切にAIを導入することは大きな可能性を秘めているともいえる。
■AIに頼りすぎることの悪影響は?
すでに職務や作業にAIを導入しているという向きも少なくないかもしれないが、手放しで喜べない最新の研究も報告されている。AIへの依存の度合い高くなるほどに、批判的思考力が減衰してしまう可能性が指摘されているのだ。
SBSスイスビジネススクールをはじめとする研究チームが今年1月に「Societies」で発表した新しい研究によると、人工知能ツールへの頻繁な依存は批判的思考力に悪影響を及ぼす可能性があることが示唆されている。
イギリスの666人の参加者を対象に行われた調査で、AIツールの使用と批判的思考スコアの間には有意な負の相関関係があることが示され、AIを頻繁に使用する者は、情報を批判的に評価した問題解決に取り組む能力が低下していることが示されたのだ。
AIが仕事と生活に及ぼすポジティブな影響は計り知れないものがあるが、その一方でいわゆる“フェイクニュース”の作成にAIが使われている実態もある。このような状況を迎えているからこそ、その真贋を見分ける批判的思考力はむしろこれまで以上に必要とされているともいえそうだ。
AIが日常生活にますます不可欠なものになるにつれ、AIの利点を活用することと批判的思考力を維持することのバランス地点を見つけることが、今後ますます重要になってきそうである。
※研究論文
https://academic.oup.com/nc/article/2024/1/niae018/7667006
文/仲田しんじ