アスリートの想い……誹謗中傷対策への願い
それでは最後に、誹謗中傷対策への想いを、トップアスリートの生の声でご紹介します。
■パリ2024オリンピック Breaking 4位 Shigekix(シゲキックス)半井 重幸選手
B-Boy Shigekix(シゲキックス)こと半井 重幸選手は、パリ2024オリンピックで旗手を務め、またBreaking(ブレイキン)競技では4位の成績となりました。
半井選手はファンからの応援の声について「本当に、言葉をいただくだけで背中を押してもらえる」と言います。
「順位など結果が出るというのは残酷なもので、どれだけ努力してもその瞬間は報われなかったりします。でも、その先に向かって、また立ち上がって頑張るのがアスリートです。しかし、心ない言葉が届くと、みなさんが想像する以上に心の傷を負ってしまうのです。
アスリートはフィジカルがとても大事ですが、フィジカルだけではなく、メンタルも同じくらい重要です。心が整わない状態で大会に出たら、パフォーマンスはなかなか発揮されません」と話してくれました。
そして、Breakingという新たな競技がオリンピック種目として認知され、多くの期待と注目を集める中、SNSへの意見や批判とも向き合って来ました。
「Breakingという競技特性として、オリンピックの舞台に立つすべての選手が個性豊かです。その時点でオンリーワンなんです……みなさんに選手の気持ちを、このようにお伝えしていました。その豊かな個性を踏まえた上で、戦いが行われて順位が決まっていき、ナンバーワンが決まるわけです。この道のりに目を向けていただければ、結果や順位とか、目で見えるものだけではないものがあると、理解していただけるのではないかと思っています」(半井選手)
半井選手は大会当時22歳。いまは23歳という年齢です。
「オリンピックには10代のアスリートも多くいます。言葉をどう受け止めたらいいのか、どういう風に考えるべきなのかとか、SNSの使い方も含めて、まだまだ自分のやり方だったり、考え方は定まらないものです。そしてオリンピックはもちろんですが、ユース大会などに若い選手はもっと多くいます。そういう若い年齢の人たちにも誹謗中傷の矛先が向かってしまうわけで、SNSなどのツールをいかに有効活用するか、そんな教育も重要だと思います。
そして、アスリートだけに限らず、すべてのみなさんが新たなことに挑戦する、その前向きでポジティブなエネルギーさえ、誹謗中傷は奪ってしまいかねないです。だからこそ、誹謗中傷への対策を積極的に進めていけたら嬉しいなと感じています」(半井選手)
■ウィルチェアラグビー元日本代表 三阪 洋行JPCアスリート委員長
JPCアスリートの三阪 洋行委員長は、高校生の時にラグビー練習中の事故で頸椎を損傷し、車いす生活となりました。
しかし、8か月間の入院生活の後にウィルチェアラグビー(車いすラグビー)と出会い、4年後には最年少で日本代表に選出され、2004年のアテネ大会、2008年の北京大会、2012年のロンドン大会と、3大会連続でパラリンピックに出場したアスリートです。
代表引退後は日本代表のアシスタントコーチを務め、2016年リオデジャネイロ大会では、日本初の銅メダル獲得を支えました。
日本代表に初めて選ばれた当時を振り返ると、国内大会での観客はほとんどなく、パラリンピックでようやく、大歓声の前でのプレイが可能になったそうです。
「その歓声の中から日本語でポジティブな言葉が聞こえてくると、やっぱり気持ちが高まってきます。『頑張れ』とか『負けるな、まだいける』とか。試合中に心のダメージを負っても、それを癒してまた体を動かす原動力になる言葉でした」(三阪委員長)
「障がいがあっても、スポーツを通してこれだけのことができる。こんなことができるって可能性を、僕自身はパラスポーツから感じさせてもらったし、観客のみなさんや関わってくださった人たちも、その道のりを見てもらうことで、何か自分に照らし合わせたりとか、応援したくなる、支えたくなるのではないでしょうか。
そんな感情が湧いてくると自然とかける言葉はネガティブなものではなくて、ポジティブなものに変わっていくんじゃないかなって思います」(三阪委員長)
しかし、パラアスリートには障がいに対する誹謗中傷という考えが、まだ存在すると三阪委員長は言います。
「僕自身もスポーツ事故で体に障がいを受けて、社会的にできる選択肢がすごく狭まったなという考えがありました。そんな中、パラスポーツに出会えたことで、スポーツを通して自分の価値を見いだして、『何かに挑戦する』という過程をずっと経験しました。本当に幸せだったと思うことなので、それ自体を否定される瞬間っていうのは、いつになく心から落ち込みます。
誹謗中傷が、人の挑戦する機会を奪ってしまうのなら、パラスポーツが、社会的マイノリティとされる人々の前を切って挑戦の機会を創るという意味で、誹謗中傷に立ち向かっていかなければならない、責任を持って取り組んでいきたいなと思います」(三阪委員長)
取材・文/中馬幹弘