大谷選手は「禁欲的」か「ストイック」か
小越:では、「ストイック」はどんなことばなのでしょう? さほど日常的に使うことはありませんが、定着はしている外来語ですよね。
小野先生:はい、明治期には「快楽主義」を指す「エピキュリアン」に対して、「禁欲的」といった意味合いで、定着していたようです。昔の人には、いろんな快楽をガマンして勉強してこそ立身出世が叶う、という考え方がありました。
小越:その考え方は今もありますよね。目標達成のために酒タバコを断つとか、ゲームをやめるとか。もちろん、その時間を学習や仕事に充てるなど、合理的な目的もあるのでしょうが、どこかで「ガマンする代わりに何かを得る」という感覚があるように思います。
小野先生:そうでしょうね。でも、本来は禁欲は手段のひとつであるはずですが、手段を目的化してしまう。だから、自分に厳しい(と自認している)人が、他人もそうあるべきだと、考えたりします。
小越:うーん、昭和・平成には、そんな風潮があったかもしれません。
小野先生:でも、禁欲が本質ではないことも、薄々みんな気づいていた。昨今の「ゆるストイック」な人たちは、より本質的な生き方を体現しているのでしょう。
例えば大谷翔平選手を「禁欲的」と言ってしまうと、違和感があります。伝え聞くところでは、彼はむしろ「野球がうまくなりたい」という欲求に対して、とても素直に向かっているように見えますから。
小越:そうですね。本来の意味とは違うのかもしれませんが、大谷選手には「ストイック」と、カタカナでぼかしてもらったほうが、しっくり来るような気がします。
小野先生:まあ、ふつうの人が快楽とするものをあえて享受しない、ということも事実でしょうから、まったく禁欲的ではない、とも言えないのですが…。おそらく、そんな微妙なニュアンスで代わるものが従来のことばのなかにはなくて、「ストイック」が定着したのだと思います。
ことばの組み合わせ、「ゆるい」の特殊性、「ストイック」に含まれる機微……。小野先生との考察を経て、「ゆるストイック」が絶妙なバランスの上に成り立っていることが分かった。本著に限らず、書店で「お、なんかいいな」と思う書籍タイトルを見つけた時、もしかしたらそのことばは、日本人に深く根ざした感覚から来ているかもしれない。
取材・文/小越建典