
たまたまテレビをつけたらプロレス中継が行われていて、そのまま引き込まれるように観てしまった……昔、そんな経験をした人も多いのではないだろうか。
昭和時代はテレビのゴールデンタイムにプロレス中継が行われ、プロレスラーがタレントとしてテレビ番組に出演する姿も多く見られた。意図せずとも、民衆がプロレスに触れる“入り口”が用意されていたといえるだろう。
そこから時が過ぎ、テレビ地上波で定期的にプロレス中継を目にすることは少なくなった。令和のプロレスは、いったいどうなっているのか?
令和、しかもコロナ禍の真っ最中である2020年に新プロレス団体「GLEAT(グレイト)」を立ち上げた、リデットエンターテインメント株式会社・鈴木裕之社長に話を聞いた。
現在、プロレス団体は推定80~120もある
リデットエンターテインメント株式会社・鈴木裕之社長
鈴木社長によると、現在、国内に「プロレス団体」と括られるものは、80~120ほどもあるそうだ。この数字の曖昧さは「何をもってプロレス団体と呼ぶのか」という明確な規定が存在していないことに起因する。
独自で固定給を支払って所属の選手を抱えたうえでプロレス興行を打つのが厳密な意味での「プロレス団体」とすると、所属選手を持たず、フリーランスのプロレスラーや他団体所属のプロレスラーを集めて興行を打つ「プロモーター」という存在もある。
なかには固定給は支払わずに「所属」の形だけをとるプロモーターもいるそうで、観客からはその内情は見えない。前述の「団体数が推定80~120」というのは、プロレス興行を打つ団体数がそれくらいある、ということだ。
こうなった背景には、「昔ながらのプロレスを楽しみたい人から、今のプロレスを楽しみたい人までニーズが広くなっている」と鈴木社長。「今のプロレス」は「昔ながらのプロレス」から、どう変わっていったのか、詳しく聞いていこう。
昭和のプロレスと令和のプロレス、何が違う?
――昭和のプロレスと令和のプロレスの大きな違いはどこにありますか?
鈴木社長(以下、鈴木):昭和のプロレスは、力道山さんが日本のプロレスの礎を創ったと思います。おそらく日本が第二次世界大戦の敗戦から高度経済成長期へと進む中、対外国人選手に勝つというアイデンティティの闘いがメインテーマだったのではないでしょうか。たとえ負けてもネバーギブアップで挑むという点が、国に元気を与えることができたのだと。
この“ネバーギブアップ”というのは、プロレスの良さであり、そこは今も変わっていない魅力です。
大きな違いは、当時は選ばれし超人的スーパースタープロレスラーが中心でしたが、今はプロレスラーになりたいと思えば、誰でも挑戦はできる環境ではあります。そういう意味では今はダイバーシティ的なのかも知れないですね。
音楽界についても、昭和の時代は松田聖子さんや中森明菜さんなど、ピンのアイドルが多かったですが、今やAKBさんなど身近に会えて握手できるアイドルグループが中心。それと同じ流れがプロレスにもあります。
――プロレスの「時代の変化」にはどんな出来事があったのでしょうか。
鈴木:25年ほど前、DDTさん(※DDTプロレスリング)が出てきたのがひとつの起点かもしれません。DDTさんが打ち出した「文化系プロレス」というのは、身体の激しいコンタクトやアイデンティティの闘いも大事だけれど、奇想天外な闘いも重要視するプロレス。
昔のプロレスはアマチュアレスリング出身者や大相撲の横綱、メダリストみたいな超人が出ていて、アスリート性が強かったのですが、フィジカル的に超人でなくてもプロレスラーに挑戦できるようになったのは、その流れもあるとみています。
――令和のプロレスにおいて、観客も変化していますか?
鈴木:昭和の時代に10、20代でプロレスを観ていた人たちも、今や40~60代。当時は「憧れ」の目線で見ていたものに、母性や先輩視点が加わり、親目線に近くなってきています。少なくともGLEATは、40~60代の団塊ジュニア世代周辺の人たちが多いと感じます。
――それに伴いファンが求めるプロレスラー像というのも変化している?
鈴木:昔の憧れていたプロレスをそのまま見たいという人と、時代の変化を楽しんでいる人が同居していますね。今のプロレスに入ってきてすぐ楽しめる人もいれば、「昔はああだったのに」という人もいる状態です。
昔のプロレスラーは体の大きさなど佇まいの“スーパースター感”があり、僕はプロレスはバレエと同じで、言葉を発信せずとも人を惹きつけたり感動させるジャンルだと思ってました。
今はそれだけでなく、何で見せるのかという点で、いろいろなことに取り組んでいるプロレスラーが増えています。
第一にSNS、あとはマイクパフォーマンス。昔のプロレスもマイクパフォーマンスはあったが、今ほどではなかったんですよね。それを日本では、ドラゴンゲートさんがマイクでも惹きつけるという流れを始めて。
そのほかにも、踊ったり、コスチュームにこだわったり、プレゼンテーションしたり、人形やゆるキャラと闘ったり、プロレスという1ジャンルの中に、数ジャンルがあるような見せ方を各団体が試行錯誤している状態です。
現在のプロレスの課題は「本来の魅力が伝えきれていない」
――現在のプロレスはどんな課題を抱えているのでしょうか。
鈴木:あくまで主観ですが大枠でいうと、以前は国民のほとんどの方が、プロレスについて、オリンピック競技のアマチュアレスリングの延長にプロレスがあるという見方をしていると感じました。だから勝敗の決着が一番のこだわりどころと思われているのかなと。
でもプロレスとは、オリンピック競技でいえば、フィギュアスケートやアーティスティックスイミングのような、試合の芸術性を競うものでもあったりする。プロレスリングと名付けてしまったのが、そう勘違いされてしまう全ての始まりかもしれません。
――プロレスは「勝つ」「負ける」の結果が最優先と思われがちですが、実際は対戦そのものの内容を楽しむもの?
鈴木:アメリカのWWEという世界一の規模を誇るプロレス団体は、スポーツエンターテインメントであるとしており、親が子どもにも見せやすくなっています。日本では見方を明確にしている団体が少なく、ファンにゆだねられていますね。
現在、プロレスファンとして残っている団塊ジュニア世代の人は、自分たちでプロレスの見方、楽しみ方をアップデートできた人たちです。後から見始めた2、30代の人は、最初からプロレスを自由に見ている印象です。
ただ現在も「プロレス」のパブリックイメージは、「勝敗の結果を見るもの」「やらせかもしれない」なので、プロレスの本来のよさ、楽しさを広く伝えられていないと感じていますね。
「寄せ集め」の苦悩と「寄せ集め」だから見せられるもの
――運営するプロレス団体「GLEAT」は、今はどんな状況ですか。
鈴木:2020年に設立し、2021年に旗上げを行ったGLEATは今年で5年目で、いろいろな団体から集まった選手で構成されています。過去のプロレスの歴史でいうと、外様が集まってできた団体は5年以内にほぼ潰れており、続いている団体はないというくらい、団体の継続は難しいんです。
例えばドラゴンゲートさんに憧れて入団した選手が、他の団体に行ったところで、誰が戦うべきライバルなのかという話になる。ファンも同様にその構図がわからないので見づらくなりますよね。今は、色々な団体から良い人材が集まっているので、なんとかGLEATを残そうと努力しているところです。
――GLEATが注力している取り組みは?
鈴木:最初は…男性、女性という言い方はしたくないですが、多くを占める通常のいわゆる男性のプロレスと、UWFという格闘技色の強いプロレス、そして女子プロレス、MMAという格闘技の4つの柱を立てて、それぞれのファンが流入してくることを狙ってスタートしました。
現状はあちこちの団体のかけらとして選手が集まっていますが、その団体のお客様を引っ張ってこられるわけではない。なので、それを逆手にとって、いろいろな団体から集まってきた選手と、いろいろなジャンルのプロレスが見られるのがGLEAT、と打ち出した形です。
これまで、若手でファンがついていない選手が多かったので、最初は新日本プロレスさんなどのビッグネームを呼んで、GLEATの名前を光らせるということをやってきましたが、それはそれで「どこの団体を見ているんだ」という話になります。
また、今年に入り、選手たちも「自分たちのリングにしたい」と言い出しているので、自分たちの団体の選手が主体でどれだけやれるのか、期待しているところです。
今は4つの柱のうち、通常の(男性の)プロレス大会が大半を占めていて、女子選手も一人になってしまっています。それでも選手は発展するように力をつくしている状況です。
――今、GLEATのプロレスを初めて見るなら、選手が自分たちの団体を自分たちのだけの力で盛り上げていくんだという気概を見せているところが注目ポイントになりそうですね。
鈴木:まだ設立5年目だと、どうしても元ドラゴンゲートの〇〇とか、元レッスルワンの△△という枕詞がついてきます。おそらく10年経てば、それが払しょくされて「GLEATの〇〇」というのが成立するのではと思っています。
――前団体のイメージを払しょくするのに10年もかかるんですか?
鈴木:なくなった団体から来た選手はいいとして、現存している団体から出てきた選手は、本人たちはファンを裏切った気持ちはないにしても、ファンからするとそう簡単ではないんだろうと思うんです。
うちはまだ、団体から人が出ていくことがあまりなく、集まるだけの状態が続いているので、他の団体からすれば、選手を育てる投資をせずに、GLEATだけが得しているように見えているでしょうね。自分が同じような状況だったら、そう思うはずです。
このイメージをクリーニングしていけるかどうかが、これからGLEATできるかできないか(※)のポイントになると考えています。
※GLEATは「GLEATしようぜ」というキャッチフレーズを掲げている
一方で、その裏を返すと、GLEATはいろいろな団体から選手が集まっているので、いろんな団体がまとめて見られるというメリットにも繋がっています。
日本のプロレスの主流である新日本プロレスを経験した田中稔、プロレスリング・ノアと全日本プロレスを経験した鈴木鼓太郎、ドラゴンゲートを経験したCIMAがおり、ベルトの記録保持者もいます。
左から、CIMA選手、田中稔選手、鈴木鼓太郎選手
そんな彼らが育てる選手というのは、色々な団体の要素が入るので、楽しみでしかないんですよ。
日本のトップのファイターが形成される土壌があるので、GLEATの教育プログラムやGLEATのあの選手らしさ、みたいなものが打ち出せるようになると、もっとファンからもわかりやすい団体になるんじゃないかな。
先日、元ドラゴンゲートのT-Hawkと、元プロレスリング・ノアの中嶋勝彦が試合をやったら、やっぱり他では見られないような闘いとなった。そういう、いい分子からいい化学反応が生まれていくのも、これからのGLEATの特徴となっていくかもしれません。
左から、T-Hawk選手、中嶋勝彦選手
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プロレス界の「ベンチャー団体」を掲げ、新しさやオリジナリティの創出に邁進する令和のプロレス団体・GLEAT。プロレス団体は歴史の長い団体が多いが、GLEATはまだ5年目。
プロレスを観たことがない人や、プロレスから離れていた人も、今ならプロレス団体の立ち上げから成長していく過渡期を一緒に見守っていくことができる。未完成ならではの、これからどこへ向かうかわからないワクワク感と、成長過程にある選手のエネルギーを感じてみてはいかがだろう。
GLEATの試合は、会場へ足を運ぶ以外にも、現在は公式YouTubeチャンネルのメンバーシップ配信で観ることができる。2024年までの試合は、無料配信されているので、そこからチェックしてみるのもおススメだ。
■直近のGLEATの試合日程
【大阪】プロレス杮落し!! G PROWRESTLING Ver.88
日時:2025年4月19日 (土)開場 16:10 開始17:00
会場:扇町ミュージアムキューブ CUBE01
【京都】GLEAT HOUSE SHOW in KYOTO / 四月
日時:2025年4月20日 (日)開場 11:35 開始12:00
会場:ヒューリックホール京都
【東京】G PROWRESTLING Ver.89 春の最強決定トーナメント『G-CLASS 2025』開催決定!!
日時:2025年4月26日 (土)開場 13:00 開始14:00
会場:CITY HALL & GALLERY GOTANDA
今後のスケジュール:https://ent.lidet.co.jp/event/
チケット購入:ローソンチケット チケットぴあ e+ イープラス
取材協力/GLEAT
公式HP:https://ent.lidet.co.jp/
公式Youtube 公式X
撮影/篠原宏明 取材・文/annen