
話題となっている「178万円の壁」について、導入された際のメリットやデメリット、私たちの生活や経済に与える影響を解説する。
目次
近年、「178万円の壁」という言葉が、ニュースや経済記事を賑わせている。パートやアルバイトで働く人たちや会社員、または企業経営にも深く関わる税制上の重要なテーマだ。
本記事では、「178万円の壁」の仕組みから、その導入が私たちの生活や経済にどのような影響を与えるのかを詳しく解説する。「178万円の壁」の全体像を把握したい人は、ぜひ参考にしてほしい。
178万円の壁とは?仕組みと背景
「178万円の壁」を理解するために知っておきたい年収の壁について、また導入が検討されている背景や導入時期などについて解説する。
■そもそも年収の壁とは
年収の壁とは、所得に対する税金や社会保険料の負担額が変化する年収のボーダーラインを指す。年収が一定額を超えると、税金や社会保険料が発生し、納税金額が増えるため、手取りが減少する。
しかし、基準額を超えないように年収を調整すれば、税金や社会保険料の増加を抑え、手取り額を維持することが可能なため「壁」と表現される。ちなみに年収の壁には、税制と社会保険の2つの側面があり、それぞれ異なる基準額が設定されている。
税制上の年収の壁(所得税や住民税):
100万円、103万円、150万円、201万円
社会保険上の年収の壁:
106万円、130万円
■178万円への引き上げの背景
「178万円の壁」は、国民民主党が提唱する所得税の非課税対象となる年収の上限額。従来の「103万円の壁」は、基礎控除と給与所得控除の合計に基づいていたが、国民民主党は基礎控除額を大幅に引き上げ、非課税となる年収を178万円にすることを提案した。
178万円への引き上げが議論されている背景には、大きく分けて三つの理由が存在する。一つは、所得減税による消費喚起と経済成長の促進。国民民主党は、所得税の課税基準を引き上げることで、国民の可処分所得を増やし、消費を活性化させる狙いがある。
二つ目は、税制のインフレ対応。長年据え置かれてきた税制上の控除額を、物価上昇や賃金上昇に合わせて見直すことで、実質的な税負担の増加を抑制する。
三つ目は、働き控えへの対応だ。年収の壁を意識して労働時間を調整する動きを緩和し、労働力不足の解消や女性の社会進出を促進し、より多くの人が能力を活かして働ける社会の実現を目的としている。これらの理由から、178万円への引き上げは、現代の日本社会が抱えるさまざまな課題に対する解決策の一つとして議論されている。
■なぜ「178万円」なのか?
178万円の金額設定の背景には、1995年の「103万円の壁」設定以降に最低賃金が上昇したことが挙げられる。現在の最低賃金は当時の約1.73倍となっており、この上昇率を考慮して103万円を1.73倍した結果が178万円という数字となる。
参照:厚生労働省 平成14年度から令和6年度までの地域別最低賃金改定状況
■いつから178万円に引き上げられる?
178万円の壁への引き上げ時期は、現時点で明確に決定していない。2025年からは、まず「103万円の壁」が「123万円の壁」へと引き上げられる。これは、2024年12月に自民・公明両党が税制改正大綱に明記したものだ。
国民民主党が提唱する178万円への引き上げについては、引き続き関係者間で協議が進められる予定。税収減少などの財政的な課題もあり、段階的な導入も検討されている。
178万円の壁、誰にどのような影響がある?
178万円への引き上げによって生じる影響を、3つの異なる立場別に見ていこう。
■パート・アルバイト勤務の人
178万円の壁への引き上げは、パートやアルバイトで働く人々にとって、働き方の柔軟性を高め、収入増加の機会を広げる可能性がある。103万円の壁では、それを超えると税負担が増え、手取りが減少するため、労働時間の調整が必要だった。
しかし、178万円の壁になると、繁忙期や、学生であれば長期休暇中に集中して働け、収入アップが可能だ。また、基礎控除の拡大により、現在の課税対象者であっても課税所得が減少し、減税効果が期待できる。
■給与所得者・自営業者
フルタイムで働く給与所得者や自営業者にも、所得税の減税というかたちで恩恵がもたらされる。大和総研の試算では、年収に応じた減税額が、例えば年収200万円の人で年間約8万円、年収800万円の人では年間約22万円と試算されており、所得が高いほど減税額も大きくなる傾向にある。
参照:大和総研 課税最低限「103 万円の壁」引上げによる家計と財政への影響試算(第 3 版)
■企業・事業主
年収の壁が178万円に引き上げられることで、企業は人材を確保しやすくなる。労働者の働き控えが減るからだ。特に、年末などの繁忙期に労働力が不足しがちな企業にとっては、働き控えの解消は大きなメリットとなる。
労働力確保の面でメリットをもたらす一方で、労働時間の増加に伴い、企業が支払う給与総額が増加する。
企業は、人件費の増加に見合うだけの生産性向上や売上増加を実現するために、人材配置の最適化や業務効率化などの対策を講じる必要があるだろう。
178万円の壁のメリット
178万円の引き上げによるメリットを解説する。
■働き方の広がり
178万円の壁への引き上げにより、これまで労働時間の調整に悩んでいた人は、より自由に、積極的に働けるようになる。
例えば、繁忙期や単発のアルバイトで短期間に集中して収入を得る働き方や、フルタイムに近い労働時間のパートやアルバイトで安定した収入を得る働き方など、自身のライフスタイルやニーズに合わせた柔軟な働き方が可能となるだろう。
■経済の活性化
178万円の壁への引き上げは、日本経済に広範囲な活性化効果をもたらす可能性が示唆されている。
具体的には、103万円から178万円までの収入が非課税となることで、個人の可処分所得が増加し、消費活動が活発となることが期待される。さらに、企業の売上増加や経済の好循環となる可能性がある。
178万円の壁のデメリット
178万円の壁導入のメリットを見てきたが、検討すべきデメリットも存在する。以下で見ていこう。
■税収減となる
178万円の壁への引き上げは、税収減少といった大きな課題を伴う。政府の試算によると、この改正により年間7.6兆円もの税収減が見込まれており、国の財政に大きな影響を与える可能性がある。
税収減による財政悪化を防ぎつつ、178万円の壁引き上げによる経済活性化の効果を最大限に引き出すため、関連制度の整備と合わせて慎重な検討と計画が求められる。
参照:日本経済新聞 「年収の壁」178万円なら、国・地方7.6兆円税収減
■社会保険料への影響
178万円の壁への引き上げが行われたとしても、社会保険料の負担は依然として考慮すべき重要な点だ。
年収が130万円を超えると社会保険への加入が義務付けられ、保険料の支払いが必要なため、手取り収入の増加は限定的になる可能性がある。
政府により、2023年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」が開始され、社会保険料の負担による手取り減少を緩和する対策が取られているが、この措置は2年間の期間限定なため、今後の継続的な制度設計が求められる。
※情報は万全を期していますが、4月1日現在のもので正確性を保証するものではありません。
文/編集部