
若者の間でフィルムカメラが流行している。
その理由は、現代のデジタルカメラのシャープな画像に慣れているからだと筆者は考えている。あまりに写実的な写真を物心ついた時から見てきた現代の若者は、フィルムカメラ独特の画質や描写に特別な価値を見出す。それは単に「エモい」という言葉に留めることはできない。フィルムカメラという名の複雑で精緻なメカを自らの手で操り、想定内と想定外の要素も含めて最高の1枚を追い求める。それは自分自身の技量を発揮する最高の瞬間だ。
しかし、そこにも容赦なく物価高の津波が押し寄せる。
フィルムの価格はすっかり高くなり、可処分所得に恵まれているわけではない若者を大いに悩ませるようになった。が、そこに現れたのはケントメア・フォトグラフィックという、写真愛好家以外には聞き慣れないメーカーの製品である。
富士フイルムもコダックも高くなった!
写真用フィルムは、35mmであれブローニーであれ1,000円以内で買えるものではなくなってしまった。
たとえば、富士フイルムのカラーネガフィルム『FUJICOLOR 100 135-36枚撮』をヨドバシカメラの公式通販サイトで検索してみると、その価格は1,540円。540円ではない。今や1,500円も出さないと、日本メーカーのフィルムを入手することすらできないのだ。
白黒フィルムも同様に、価格高騰が激しい。ベトナム戦争では地獄の光景を記録し続けたコダックのトライX400も、ヨドバシカメラでの価格は2,460円。う~ん、やっぱり高い!
しかし、その中において価格の安さで異彩を放つ製品も存在する。それがケントメアの白黒フィルムだ。
そもそもケントメアというメーカー自体、ラインナップが白黒フィルムに特化している。故に「ケントメアの白黒フィルム」というのはいささか二重表現気味だが、ともかくこの製品はフィルムカメラに熱中する若者たちの希望になりつつあるのだ。
75年前のカメラで遊ぼう!
ケントメアの『KentmerePAN400 35mm 36枚撮り』の価格は、ヨドバシカメラでは1,030円。ブローニーフィルムの『Kentmere 400 120』は何と860円である。
今時、1,000円程度で買える35mmは貴重という他ない。逆に言えば、富士フイルムやコダックはすっかり高嶺の花になってしまったということだが……。
というわけで、今回はこのケントメアのフィルムで遊んでみよう。
使用するカメラは、Agfa Isolette Ⅴ。1950年に発売された西ドイツの製品である。ブローニーフィルムを使う蛇腹カメラなのだが、いかんせん戦後すぐの物資のない時代の製品のため、いろいろとチープかつ単純な作りである。が、蛇腹の表部分は紙でできている。したがって、特に折り目の角が疲労しやすい。そこは筆者が革で補修した。
これにKentmere 400 120を装填して、静岡市街地を撮影してみた。
「何でも手動」のカメラで静岡市を撮影
さて、筆者のIsolette Ⅴだが、蛇腹部分からの光漏れもなく撮影するには問題ないパフォーマンスを2025年の今でも発揮してくれる。
ところが1ヶ所、ピント合わせの部分がどうもおかしい。このカメラはレンズを回してピントを合わせたい対象までの距離(メートル法表記)を設定するという昔ながらの仕組みなのだが、どういうわけか3m以上の目盛りにはレンズが回らない。そういう仕様なのか? と思えるほど3mから先はガッチリ固まっている。4m、6m、10m、無制限と目盛り自体はあるのだが……。
というわけで、このIsolette Ⅴはマクロから3mまでしかピントを合わせることができない。
そんな理由から、遠景写真を撮ろうとするとこのようなピンボケ写真になってしまう。それはそれでいいのかもしれないが、何か手近な対象物を選んで撮影すればよかったかなぁ……。
う~ん、恥ずかしいまでにピンボケ!
だが、近所の写真材料店で830で購入したKentmere 400 120の性格や持ち味はよく表れていると思う。なお、昔の中判カメラはフィルムのコマ送りも手動でやらなければならないため、油断するとそれを忘れて多重露光のコマを撮る羽目に。
ただ、これを逆手に取った表現もあり、そのへんも現代の若者の心を捉えている要素である。
ISO400は「気の利いた感度」
これらの写真を見てお分かりかもしれないが、この時の静岡市では雨が降っていた。そのため、日中でもかなり暗かった。だが、ISO感度が400もあれば曇天・雨天の日中でも明るい写真を撮ることができ、なおかつISO1600フィルムにありがちな粗い粒子は出てこない。
たとえば、週刊誌のカメラマンが深夜に配偶者ではない女性とホテルに入る有名人を撮影する際には必ずISO感度を上げる。そうしてできた写真はザラついていて芸術写真としては失格だが、写っている男性が「有名俳優のAさん」ということが分かればそれでいい。そのような写真、誰でも一度は見たことがあるはずだ。
400は超低速シャッターと三脚を使わない限り深夜の撮影には不向きではあるが、日中の室内や悪天候になら十分対応できる気の利いた感度なのだ。
いざという時のPhotoshop
その上で、今日びピンボケ写真は簡単に修正することができる。Photoshopの「アンシャープマスク」で、写真全体をピシッとさせる手段も。
いささか粗が目立ってはいるが、修正前よりもピントが定まった画像になっている。
もっとも、そのような文明の利器で修正を施さずとも「ピンボケを楽しむ」「敢えてピンボケした遠景写真を撮影する」というのがフィルムカメラの本来の醍醐味。写真には正答というものがなく、極端なことを言えば撮った本人が満足すればそれが正答という世界だ。
複雑かつ泥沼化する国際情勢を背景に、モノの価格は今も上がり続けている。4月は4,000品目以上の食品が値上げされる予定で、道楽に打ち込む環境はますます狭く苦しくなっている。そんな時代において、我々を「ファインダーの向こうの別世界」に導いてくれるケントメアの白黒フィルムは「趣味の救世主」となりつつあるのだ。
文/澤田真一
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