
これまで、サイズや性能で差別化した4機種展開が定着していたiPhoneに、新たな1台が加わった。それが「iPhone 16e」だ。
このモデルは、iPhone 16シリーズの中の廉価版に位置づけられており、カメラやディスプレイなどの仕様をダウングレードしている代わりに、価格は9万9800円からに抑えている。iPhone 16シリーズで最安だったiPhone 16よりも、2万5000円安い。
廉価版のiPhoneというと、iPhone SEを思い出す向きもあるはずだ。同モデルは、コンパクトなボディや安価な価格設定が受け、第3世代までモデルチェンジを繰り返してきた。過去モデルの仕様を一部流用しながら、発売時点で最新のチップセットを搭載しているという点は、iPhone 16eも共通している。一方で、iPhone 16eはベースのボディがiPhone 14に近く、コンパクトさは失われている。この機種をiPhone SEの後継と見なしていいのか。ここでは、iPhone SE(第3世代)と比較しつつ、iPhone SEとの違いに迫った。
高い処理能力にシングルカメラはSEとの共通点、3年での進化も
iPhone 16eは、その性能が限りなくiPhone 16に近い。コア数などの違いはあるが、処理能力に関しては他のiPhone 16よりやや低い程度。CPU、GPU、NPUともに、高い数値を出しており、操作感もいい。価格的に“ミッドレンジモデル”と評されることもあるが、そのパフォーマンスの高さはハイエンドモデルそのもの。ベンチマークアプリのスコアも、それを裏づける。
「Geekbench 6」で計測したCPU、GPUのスコア。iPhone 16シリーズに並ぶ数値を叩き出している
これに対し、iPhone SE(第3世代)もチップセットには「A15 Bionic」を採用している。同チップは、21年に発売されたiPhone 13と同じもの。3世代ぶんのモデルチェンジを経て、性能的にはiPhone 16eより劣るものの、発売時点では最高峰の性能だった。ここは、iPhone 16eがiPhone SE(第3世代)を受け継いでいる点と言えるかもしれない。
仕様的に、iPhone 16eとiPhone SEで共通している部分もある。カメラは、その代表例だ。どちらも他のナンバリングiPhoneと異なり、広角カメラを1つだけ搭載しており、画角を切り替えることはできない。搭載されているセンサーも、詳細仕様は明かされていないが、iPhone 16などより小さい。以下に掲載した作例のように、夜景などを撮ると、ややノイズが目立つこともある。
シングルカメラで、レンズの切り替えができない点はiPhone 16eとiPhone SEの共通点だ
ただし、約3年が経っていることもあり、同じシングルカメラでも仕様的には進化を遂げている。iPhone SE(第3世代)は画素数が1200万画素だったのに対し、iPhone 16eは4800万画素と4倍に向上。複数のピクセルを束ねて受光感度を向上させるピクセルビニングを利用することで、暗所でよりきれいな撮影が可能になっている。同じシーンをiPhone SEと撮り比べてみると、違いが分かりやすい。
上の作例と同じ被写体をiPhone SE(第3世代)で撮影したが、画質はiPhone 16eの方が高い
また、4800万画素という画素の多さを生かし、一部を切り出すことで劣化のほぼない2倍ズームとして利用することが可能だ。こうした特徴は、iPhone 16シリーズと同じ。テーブルの上に置かれた料理や、オークションに出品するような物を撮る際に、少し離れた位置から被写体を狙えるため、撮影者や端末の影が写りにくい。カメラはiPhone SE的な仕様だが、iPhone 16シリーズの良さも取り入れている。カメラという観点では、iPhone SEからの機種変候補になりうる1台と言える。
失われたコンパクトさとホームボタン、代わりに採用されたアクションボタン
価格に対して高い処理能力や、シンプルなカメラ機能はSE的と言える部分だが、2機種を比べてみると、明らかにサイズが大きくなっている。特に持ち心地に影響するのが横幅だ。iPhone SE(第3世代)は幅が67.3mmに抑えられているのに対し、iPhone 16eのそれは71.5mmと4.2mmもサイズが増しているため、手のひらへのフィット感は低下している。
iPhone SE(第3世代)は、横幅が67.3mmと小さく、手にしっかりフィットする
また、縦の長さもiPhone SE(第3世代)は138.4mmだったのに対し、iPhone 16eは146.7mmにまで拡大した。結果として、片手で持った際に、指が画面の上部に届きにくくなっている。持ったときの印象は、iPhone 16などのノーマルモデルに近い。歴代のiPhone SEは、過去の筐体設計を流用することでコンパクトさを打ち出していたが、iPhone 16eでは、この売りがなくなってしまった格好だ。
縦の長さもiPhone SE(第3世代)の方が短いため、片手で持ったときに親指が画面上部に届きやすい
率直に言うと、片手操作重視の人にはiPhone SE(第3世代)の方がお勧めしやすい。ただし、これはディスプレイサイズとのトレードオフにもなる。本体が大きくなったぶん、iPhone 16eのディスプレイサイズは6.1インチにまで拡大している。さらに、ホームボタンがなくなり、額縁が狭くなったことも画面の大型化に貢献する。
ホームボタンを搭載するスペースを圧縮し、そのぶんだけ縦に長くなったことで、1画面に表示できるコンテンツの情報量は大きく増している。@DIMEのトップページを開くと、その違いは一目瞭然。iPhone SE(第3世代)では見えていなかった部分まで、きっちり表示されている。一覧性が高いことに加え、スクロール操作を減らせるのはiPhone 16eのメリット。コンパクトさと引き替えに、画面の見やすさは高まった格好だ。
iPhone SEとiPhone 16eの比較。1画面の情報量は、下のiPhone 16eの方が多い
このホームボタンの有無も、iPhone 16eがSEではない理由の1つと言える。押しただけでホーム画面に戻れるホームボタンは、確かに直感的。スマホを初めて使う人にも、分かりやすいユーザーインターフェイスだ。ただし、iPhone 16eのUIも、画面下からフリックするだけ。慣れると、ホームボタンより素早く操作できるため一長一短と言えるかもしれない。
ホームボタンが搭載されているのも、iPhone SEの特徴だった
対するiPhone 16eに「アクションボタン」が搭載されている点が見逃せない。このボタンは、iPhone SE(第3世代)になかった要素。ここに割り当てた機能は、ボタンを長押しするだけで起動することが可能だ。標準では、「消音」が設定されている。
アクションボタンには、「ショートカット」アプリで作成したショートカットも割り当てることが可能。これを活用すると、お気に入りのアプリを一発で起動させたり、設定を一発で切り替えたりということができるようになる。裏技的だが、ここにホーム画面に戻るショートカットを割り当てれば、簡易的なホームボタン代わりにもなる。
“スマホの基本”が変化したことを反映か? Apple Intelligence対応も期待
また、iPhone 16eはFace IDを採用していることで、画面ロックの解除が簡単になった。設定を有効にしていれば、本体を持ち上げると自動的に画面が点灯し、顔の認識が始まる。そのため、指を置くといった意識をする必要なく、自然とロックが解除される。ホームボタンに指を置くTouch IDより、所作として自然だ。
もっとも、顔を認識できる範囲が限られており、Touch IDより意識しなくていいぶん、ロック解除に失敗することもある。この不確実性が、Face IDの難点。特に、Apple Pay利用時には、顔をしっかりとらえられず、認証に失敗してしまうことがままある。コンパクトさほどの決定的な差ではないかもしれないが、iPhone SE(第3世代)を手放せない理由の1つになりうると感じた。
iPhone 16eは、iPhone 16シリーズの他モデルと同様、Face IDを採用する。ただし、その形状はiPhone 14のそれに近い
コンパクトさや指紋認証による確実さといった取り回しやすさは失われてしまったiPhone 16eだが、代わりに、多数の機能が搭載されている。「衛星経由の緊急SOS」は、その1つ。携帯電話の電波が届かない場所で、衛星と直接通信することで、SOSのメッセージを送受信できるというもので、iPhone SE(第3世代)にはなかった機能だ。安全を守る機能としては、衝突事故検知にも対応する。
もう1つ大きいのが、Apple Intelligenceだろう。本稿執筆時点では日本語版には未対応だが、iPhone 16eは4月のアップデートでこれに対応する予定。先に述べたように、これはiPhone 16シリーズと同じ「A18」を採用しており、メモリ(RAM)の容量も増加しているためだ。
Apple Intelligenceでは、送られてきた複数のメールを要約できたり、「作文ツール」でメールの文体を変えたりといったことができるようになる。また、ChatGPTと連携することで、メール本文そのものを簡単な指示で作成可能。キーボードがなく、文字入力のしやすさに限界があるスマホとは、特に相性がいい機能だ。イラスト生成を行う「Image Playground」にも対応する。
こうした点を踏まえると、iPhone 16eはSEそのままではなく、SEのエッセンスを受け継ぎつつ、それを今風にアップデートした端末と捉えることができる。スマホのエッセンシャルが、コンパクトさやホームボタンではなく、AIやそれを動作せる処理能力になったというわけだ。円安を受け、iPhone 16との価格差が小さいのは残念だが、シンプルでかつApple Intelligenceが動くiPhoneがほしい人には、評価できる1台と言える。
逆に、コンパクトでホームボタンのあるiPhone SE(第3世代)がほしい人は、今がラストチャンスだ。アップルでの販売は終了しているが、キャリアでの取り扱いは継続している。レビューはソフトバンク版で行ったが、サブブランドのワイモバイルではまだ在庫が残っている。SEそのものは今後出ないことが予想されるため、販売が終了してしまう前に動いておいた方がよさそうだ。
取材・文/石野純也
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。