
eKYC(オンライン上でデジタル機器を使って行う本人確認)にはいくつかの方式が存在し、現在主流の方式は「ホ方式」である。
申請者の顔写真と身分証明書の券面をスマホで写真撮影するホ方式は、しかしながら複数の問題を抱えている。その身分証明書は果たして本物なのか、そして申請者は本当に人間なのか?
ホ方式のeKYCは、そうした偽装を完全には見抜けないという。しかし、そんなホ方式に代わるマイナンバーカードを活用した「ワ方式」が徐々にではあるが各金融機関や通信会社のeKYCに実装されている。
AIの進化で「他人のなりすまし」が簡単にできるように
AIは、今や我々の生活に絶大な影響を与えている。
それは良い面もあれば、悪い面もある。ここで敢えて悪い面を挙げると、特定の人物の姿や声をAIが生成し、まるで本人であるかのように振る舞うようになってしまった。
たとえば、アメリカのドナルド・トランプ大統領が「日本車に対する25%の関税を明日から導入する」と発言したら、日本経済は盆をひっくり返したような事態に陥るだろう。日経平均株価も大幅に下落するに違いない。しかし、トランプ大統領がそう発言したという映像自体がAIによる生成画像だったらどうか?
もっとも、トランプ大統領ほどの世界的影響力を持つ人物であれば、フェイク動画が配信されたとしても即座にそれをフェイクと見抜いて「こんな悪質な動画が拡散されていますよ」と発表できるだろう。が、どこにでもいるような名もなき個人にそんなことはできない。
その名もなき個人の顔を生成し、ホ方式のeKYCの顔写真撮影の際に悪用する……ということが実際に起きているという。
マイナンバーカードのICチップの偽造は不可能!
ホ方式には「身分証明書の写真撮影」というプロセスもあるが、その場合は尚更偽装・偽造が行われやすい。
日本の運転免許証やマイナンバーカードは、その中にICチップが内蔵されている。これをコピーするのはほぼ不可能と言ってもよく、犯罪者による偽造の阻止に大きく貢献している。ところが、ホ方式ではICチップ認証は一切求められない。
身分証明書の券面の写真撮影だけで済むのだから、粗悪な出来の偽装身分証でも本人確認をパスしてしまうことがあるのだ。
以上の理由から、今後の日本でのeKYCはマイナンバーカードのICチップ認証が必須のワ方式に順次置き換わる予定だ。これは国が明確な方針を示していることでもある。
NTTドコモ「ahamo」「irumo」がワ方式を導入
この「eKYCの方式の転換」にあるのは、今や低価格帯のスマホでもNFC認証機能が搭載されるようになったという背景だ。
たとえば、筆者が今現在所有しているスマホはiPhone SE2。5年前の旧型機種であるが、マイナンバーカードの読み取りに対応している。先日はこのiPhone SE2で確定申告を実施した。スマホはカードリーダーの役割も果たしてくれる。
スマホの普及が「紙からデジタル」への転換を後押しし、結果として犯罪者の思惑通りにはさせない安全な環境を構築している……と表現すべきだろう。
3月3日、NTTドコモはオンライン限定プランahamoとirumoに「マイナンバーカードを用いた公的個人認証サービス(JPKI)」を活用するeKYC、即ちワ方式を順次導入すると発表した。その上で、2025年夏からは「IC チップの読み取りに対応したeKYC(容貌画像+ICチップ情報)による本人確認を追加する予定」としている。これはI写真付き本人確認書類のICチップ認証の他、ホ方式にもあった顔写真撮影を行う「ヘ方式」だ。
ホ方式では「いつの間にか自分の口座が作られている」可能性も
こうした仕組みの整備がさらに進めば、「いつの間にか自分の銀行口座が開設され、それが特殊詐欺に利用されていた」というような事態は大きく減るか、もしかしたらゼロになる可能性もある。
AIが生成したフェイク画像を必ずしも見破ることができないホ方式では、筆者澤田真一が全く関知していないところで澤田真一名義の銀行口座や電話回線が作られている……ということが起こり得るのだ。自分が犯罪の片棒を担がされている、或いは犯罪者のスケープゴートにされているという最悪のパターンである。
ワ方式では、マイナンバーカードの現物とパスワードが同時に、それも本人が気づかないまま流出しない限りそのようなことは起こり得ない。だからこそ、高齢者にありがちな「マイナンバーカードとパスワードの書かれた紙を同時に持ち歩く」というのはかなりのリスクを伴う行為なのだが、それでもホ方式と比較した場合のワ方式の堅牢性に変わりはない。
即座にワ方式を導入できない事情
ただし、そのような背景があるからといって日本の全ての金融機関や通信会社が即座にワ方式やヘ方式を取り入れられるのかといえば、必ずしもそうではないようだ。「今後の日本でのeKYCはマイナンバーカードのICチップ認証が必須のワ方式に順次置き換わる予定だ」と上述したが、一方で最近ようやくホ方式を取り入れたばかりであり、ワ方式についてはまだ準備が整っていないとする金融機関もある。
金融機関とは官公庁や自治体と同じく、年度単位で厳密な計画を立てた上で運営される。国が音頭を取っているからといって、その年度のうちに方針を変えることは不可能に近いのだ。
そうした歯がゆい事情も内包しているeKYC分野には、今後も注目するべきである。
【参考】
マイナンバーカードの「安全・便利なオンライン取引」構想を進めるために-デジタル庁
「ahamo」、「irumo」の本人確認にマイナンバーカードを利用した 公的個人認証サービスおよびeKYC(容貌画像+ ICチップ情報)を追加-NTTドコモ
文/澤田真一
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