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「ドン」はなぜ生まれるのか?人類学者と一緒に考えてみた

2025.03.07

フジテレビ問題、旧ジャニーズ事務所問題、幾多の政治闘争…さまざまな社会問題の背景として、たびたび注目されるのが「ドン」。ときに批判が集中するが、実は特別な存在ではなく、会社や学校、地域など、どんな集団にもドンと呼べるような権力者はうまれる。

果たしてドンのいない社会はあるのか、そしてなぜドンは生まれるのか。狩猟採集民「プナン」を長年研究してきた人類学者・奥野克巳先生と一緒に考えてみた。

奥野克巳(人類学者・立教大学教授)
1962年生まれ。北・中米から東南・南・西・北アジア,メラネシア,ヨーロッパを旅し,東南アジア・ボルネオ島で、焼畑稲作民カリスと狩猟民プナンのフィールドワークに従事。主な著書に、『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?』(吉田尚記との共著, 2025年), 『ひっくり返す人類学 ――生きづらさの「そもそも」を問う』(ちくまプリマー新書, 2024年) ,『はじめての人類学』(講談社現代新書, 2023年), 『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』(亜紀書房,2020年),『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房,2018年、のちに新潮文庫,2023年),主な訳書にティム・インゴルド『人類学とは何か』(共訳,亜紀書房,2020年)など。

権力はなぜ巧妙に隠されるのか?

筆者:ドンは絶対的な権力者です。しかも、表舞台で活躍するリーダーではなく、隠然たる存在だというニュアンスがあります。「影の支配者」「ラスボス」「裏番長」のような存在を、イメージしています。

奥野先生:権力は往々にして隠れるものです。長年、芸能事務所の社長を務めた男性が、所属する男性アイドルに性加害を行っていたことが、大きな社会問題になりましたね。

明確な人権侵害が行われていたわけですが、外国メディアが報道するまで、国内では問題が表面化しませんでした。大きな原因のひとつが、加害者の「市場価値」が高かったことです。

彼を排除すれば、その影響下にいる人たちが不利益を被る。こうなると、権力はとても見えにくくなります。関係者はもちろん、メディアを含めて、見て見ぬふりをしていた可能性も指摘されているでしょう。

筆者:どんなに力があっても、大っぴらに不正はできませんからね。見えないからこそ、権力はルールや規範を逸脱するほど、増長できるのかもしれません。

奥野先生:「なぜドンがうまれるのか?」を考えるために、ドンのいない社会を見てみましょう。東南アジアのボルネオ島(マレーシア領)に暮らす狩猟採集民で、私が20年にわたりフィールドワークを続けているプナンです。

「ありがとう」も「ごめんなさい」もない、プナンの社会

奥野先生:プナンは、森でシカやヒゲイノシシをとったり、川で魚をとったりして、暮らしています。彼らに限らないのですが、狩猟採集社会は平等主義が鉄則で、身分や格差がありません。

筆者:歴史の授業でならった記憶があります。狩猟採集社会には支配/被支配の関係がない。農耕がはじまると生産力が上がって、蓄財できるようになる。生産に直接携わらない人が出て、身分の別や貧富の差がうまれるーー。

奥野先生:そのとおりです。狩猟採集民であるプナン人にとって、「平等は最も重要な原理」です。

個人所有の概念がなく、モノや食糧はすべて共有するもの。その場にあるものは、みんなで均等に分けます。いわば完全な「シェアリング・エコノミー」なんです。

例えば、はじめてプナンを訪れたとき、私が持ち込んだ食糧を私がいないときに、全部食べてしまっていたのには驚きました。

筆者:え? 盗まれたということですよね?? さすがにそれは、どんな社会でもダメなんじゃ…

奥野先生:いいえ、彼らにまったく悪気はありません。人のものを勝手に食べても、罰せられたり、非難されることもない。それどころか、「ありがとう」も「ごめんなさい」も言わない。

というより、プナンには「ありがとう」に相当することばがないんです。感謝を表明すると、モノに価値がうまれ、そのまま放っておくと相手が上位に置かれてしまいます。すると、最も重要な平等が崩れてしまう。

彼らは非常に淡々と、モノをあげたりもらったりします。

あるとき、お世話になっているプナンの男性に頼まれて、腕時計を買って行ったことがありました。すると、その場にいた彼の親戚が、表情も変えずに、買ったばかりの時計を「ちょうだい」と言って、もっていってしまいました。さらに驚くべきことに、その親戚も他の人に同じように言われて、同じく表情も変えずに、時計をあげてしまいました。

その後、時計は人から人へわたって、ついに行方不明になります。しばらくして、私がいたところとは離れたキャンプで、知らない人が付けているのを発見しました。

筆者:頭がこんがらがってきました…。何かを所有したい、独占したい、という欲はまったくないのですか?

奥野先生:いえ、プナンの人たちにも独占欲はありますよ。私が幼児にアメ玉をあげると、母親が他の子どもたちと分けるよう、しつけていました。幼児は自分のものだと主張し、独り占めしたがっていました。親が欲望をコントロールしたのです。

平等はある人種や民族に元々備わっているものではなく、狩猟採集の社会を持続させるための知恵なんです。

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