
別府、由布院をはじめ、有名温泉地がひしめく大分県。そのなかで、数少ない“温泉のない”自治体である豊後大野市は2021年、突如「サウナのまち」を宣言した。今でこそ、ブームとなったサウナだが、当時はまだまだ愛好家の趣味といった位置づけ。町ぐるみの取り組みに発展した裏には、出会いと偶然がつながる不思議なストーリーがあった。
サウナが人を巻き込んでいく
「過去の経営実績をみると赤字続き。素人目にも、とてもやっていけないと思った」と語るのは、宿泊施設「LAMP豊後大野」の高橋ケンさん。はじめて、豊後大野に足を踏み入れたのは2017年のこと。
東京のWeb制作会社で編集者として活躍していた高橋さんは、地方創生事業の一環で大分を訪れ、ひょんなことから宿の経営に携わることになった。のちに、「サウナのまち」構想を発案し、市長に直訴して実現へ導いた人物だ。
髙橋ケン
LAMP豊後大野/REBUILD SAUNA 支配人/アウトドアサウナ協議会「おんせん県いいサウナ研究所」所長
大学卒業後、テレビ誌の出版社で媒体編集に従事。同社インターネット媒体の編集長を経て、2015年、株式会社LIG入社。Web編集者としてWebメディアの編集を担当。2017年4月に大分県豊後大野市へ移住しLAMP豊後大野をオープンさせる。2018年Webメディア「豊後大野カンケイ協会」を立ち上げる。2020年6月セルフビルドで廃材を使った本格フィンランド式サウナ「REBUILD SAUNA(リビルドサウナ)」をオープン。2020年12月からサウナイベント「サウナ万博」を主催。フィンランド政府観光局公認サウナアンバサダー。
高橋さん自身、生粋のサウナーだったわけではない。きっかけは、同僚に連れられて、福岡の名店「ウェルビー福岡」で手ほどきを受けたこと。そのときは“ととのう”(サウナ→冷水浴→休憩で得られる快感)といった言葉も感覚もわからなかったが、不思議と興味を持ち、ひとりでもサウナ体験を重ねることで、徐々に覚醒していった。
「サウナで豊後大野に人が呼べるのではないか?」そんな発想がうまれたのは、2018年の冬のこと。冬場は宿泊客がほとんど訪れないので、宿はクローズ中。だが、夏にはたくさんの地元民、観光客が水遊びを楽しむ奥岳川を見てひらめいた。
「冬の渓流に人が入っていたら、面白いビジュアルになりそう!」
ここは、メディアで活躍したクリエイターらしい発想。極寒の川に入るにはどうすればよい?→体を温めてからなら可能なはず→大好きなサウナで実現できる!と考えた。
早速、奥岳川沿いのカフェ「パラム」オーナーの小野光治さんに相談すると、「実は、僕もサウナ好きなんだ」と、偶然にも意見が一致。春まで待って、テントサウナを借り、奥岳川での水風呂を試してみると…想像以上に素晴らしい体験だった!
ここからの高橋さんの動きははやかった。
まず、「パラム」の向かいにある宿泊施設「ロッジきよかわ」の社長・江副雄貴さん、ついで市内の観光施設「稲積水中鍾乳洞」の支配人・青松善輔さんを勧誘。半ば強引にテントサウナを体験させて、彼らをサウナーに変えてしまう。
特に、自然の水中鍾乳洞を水風呂にする大胆なアイデアは、実現すれば唯一無二の体験を提供できる。一般の観光客との共存など課題はあったが、青松さんは高橋さんの提案に強く賛同し、テントサウナを設置した。「稲積水中鍾乳洞」は、のちに「サウナのまち」の知名度UPに大きく貢献する。
こうしてできた仲間とともに、2019年7月には奥岳川ではじめてのサウナイベントを開催。近隣の住民や県職員など、豊後大野にサウナの輪を広げていく。
同年末には、オープン直前だった「犬飼リバーパーク」も含めて、アウトドアサウナ協議会「いいサウナ研究会」を立ち上げた。ちょうどそのころ、恒例行事で「LAMP」を訪れた市長に対し、その場で「サウナのまち」構想をプレゼンし、「応援する」との言質をとる。2021年7月、市長が公式に「サウナのまち」を宣言するに至った。
市長を動かしたプレゼンテーション
豊後大野市が正式に発表した「サウナのまち」宣言とは以下のようなものだ。
近年、開放的な空間や、豊かな自然を求めてアウトドアを楽しむ人が増えています。
豊後大野市は、九州で唯一、「ユネスコ・エコパーク」と「日本ジオパーク」の両方に認定された素晴らしい自然と雄大で美しい大地を有しており、こうした自然や大地を体感できるアウトドア・サウナは、「おんせん県」を標榜する大分県にあって温泉資源のない本地域の新たな魅力や活力を生み出す原動力となっています。
豊後大野市は、このアウトドア・サウナを観光資源として活用し、地域と連携して自然と共生した持続可能な豊後大野市づくりに取り組むため、ここに『サウナのまち』を宣言します。
令和3年7月18日 豊後大野市長 川野 文敏
地域の自然と文化を活かし、関係人口を創出するエンジンとしてのサウナ。「周辺県には有名なサウナ施設があるので、「LAMP」だけで魅力的なサウナを作っても集客に苦労する。仲間を集めることで『面』で勝つ戦略をとりました」と高橋さんは、狙いを語る。豊後大野に来れば、大自然のなかで趣の異なる5つのサウナを楽しめる。さらに市内約40軒の飲食店がサウナ飯を提供するなど、地域ぐるみの取り組みに育てた。
宣言がメディアで取り上げられたこともあり、「LAMP」は客数を伸ばし、冬場もオープンできるようになった。しかし、自分たちの事業だけにとどまらない構想が、ここにはある。高橋さんは、2019年末に市長にプレゼンしたときのことを、こう振り返る。
「サウナで町おこししようと提案しても、前例のないものを行政は受け入れてくれません。そこで、豊後大野の教育と福祉を充実させるための手段として、サウナを提案したんです」
教育と福祉の水準が高い国といえば、北欧のフィンランド。有名なサウナ王国でもある。高橋さんは、フィンランドとつながり、学ぶためのプロセスとして「サウナのまち」宣言を市長に提案した。突飛なようだが、幸いにも豊後大野では、「石風呂」という原始的な蒸し風呂が、県の有形文化財として保存されていた。
古くからの蒸し風呂文化に、現代的なサウナをクロスオーバーさせ、たくさんの人を集め、滞在してもらう。観光から関係人口を増やし、税収を増やしている間に、フィンランドとのつながりを深め教育と福祉を充実させれば、市民の幸福度が高まり、移住者も増える。企業の誘致なども可能になり、地域の産業が活性化し、少子化、過疎化など地方の問題は解決される。もう「消滅可能性都市」なんて言われることはなくなるはずだ。
高橋さんは市長を前に、そんな青写真を描いてみせた。そして、すぐにフィンランド大使館にコンタクトをとり、およそ1年後には政府観光局公認のサウナアンバサダーに就任してしまう。これを受けて、市長はじめ市が本格的に動き出した、という流れだ。
「サウナのまち」づくりは「編集」
こうしてみると、離れていた点と点がつながるようにして、大きな構想が動いたことがわかる。ちょうど良いタイミングで、サウナブームに火が付いた幸運もあったろう。ただ、うまくトレンドに乗ったことも含め、高橋さんが編集者であったことが、大きく作用したようにみえる。
「編集者はオーケストラの指揮者のような存在です。構想を打ち出し、さまざまな人と人をつなげ、時にはバランスをとり、時にはコンテンツを尖らせる。メディアから町づくりへ場は変わりましたが、「サウナのまち」でやっていることは編集です。編集者は地方を変えてゆく、良い仕事ができると思います」(高橋さん)。
2025年度は、いよいよフィンランドの提携都市を探し始めるという。サウナを中心にどのようなつながりがうまれ、地域が編集されていくのか。サウナーならずとも興味をそそられる壮大なプロジェクトだ。
「LAMP豊後大野」
取材・文/ソルバ!