コロナ禍の中国で知った紙ストローの惨状
そのような次世代ストローの旗手である上官さんだが、学生時代、環境問題への興味は「まったくなかった」というから意外だ。SDGsに関心を抱いたのはコロナ禍がきっかけだった。
中国人男性と結婚し、夫の故郷で出産した上官さん。義理の両親に孫の顔を見せ終えたら帰国しようと考えていた矢先、世界をコロナ禍が襲った。すでに帰国の手続きも済ませていたにもかかわらず日本へ戻ることが許されず、中国に滞在し義理の父が営む製紙会社を手伝うことに。そこで大量の紙ストローを目撃したのである。
「てっきりこれから発送するのかと思いきや、すべて返品でした。紙ストローは私も苦手でしたから返品される理由もわかるのですが、さすがにもったいないと思いましたね。そして『もっと丈夫にするためにプラスチックコーティングする』という話になり、地球のために紙にしたのに、これでは本末転倒だと、怒りに近い感情が湧いたんです」
なんとかしたい、と突き動かされた。そして上官さんは中国の米を使ってストローの試作をはじめる。タピオカ粉でストローを製造する工場から機械を借り、最終的には新たな機械を特注するまでに至った。
「始めの頃の米ストローは乾燥すると曲がってしまい、割れやすかった。米とでんぷんの配合比率に悩みましたね。これまで商品開発をやった経験がなかったので、テストに約2年かかりました。ただ、長く時間を費やしたぶん、米ストローへの愛着もいっそう深まったんです」
「農家の方に怒られるんじゃないか」と不安だった
ついに試作品に自信がもてた上官さんは日本領事館に頼み込み、米ストロー製造機とともに2021年に帰国。いよいよ国産米ストローの製造・販売に着手する。
「当初は農家の方から『お米をストローにするなんて』と怒られるのではないか不安でした。ところが、粒が小さかったり形が悪かったりするだけで店頭に並ぶことなく廃棄されていたお米が商品になるんだと、とても喜んでくださったのです。『農家の光になってほしい』『九州から世界へ発信して』とまでおっしゃられ、さらに奮起しました。もしも農家から反対されていたら、きっと続けられなかったですね」
そうして米ストローの噂はじわじわと広まり、「うちの地元の米でノベルティのストローを作ってほしい」「当社の天然水とコラボしてほしい」などの依頼が続々とくるようになった。現在、製造の半数がOEMだという。
それにしても、環境問題への関心も開発経験も皆無だった上官さんが、製造機をオーダーメイドしてまで米ストローにのめりこむとは。その情熱の理由はいったいなんだろう。
「母親になった経験が大きいですね。子どもたちの50年後・100年後を考えて、300年も同じ形のまま残ってしまうプラスチックを別の素材に代替してゆく、それは今の大人たちの義務じゃないかと思ったんです」
現在、UPayの米ストローはリッツカールトン福岡、長崎マリオットホテル、和歌山のアドベンチャーワールドなどで導入されている。また、福岡県の水族館「マリンワールド海の中」では同館の公式グッズとしても販売を始めた。話題の新商品「ツシマヤマネコ米ストロー」はECサイトから購入が可能だ。
米国ではストローをプラスチック製に戻す動きが始まったが、お米の国である日本は、やはりひと味違うのだ。
取材・文/吉村智樹