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コロナ禍を経て定着しつつある、リモートワーク。新しい働き方から、2拠点生活や移住を始めた人も少なくない。「どこにいても仕事ができる」という環境は、生活拠点の選択肢を増やすきっかけとなった。長野の軽井沢や栃木の那須、その他さまざまな地方エリアが2拠点生活や移住先として選ばれている。
年間250日の海外生活を経て2019年に2拠点生活をスタート「新しい発想が生まれ、ブレークスルーがある」
そんな中、東京と静岡県熱海市で2拠点生活を送っている経営者がいる。株式会社インテグレートの代表取締役CEO・藤田康人氏だ。藤田氏は慶應義塾大学を卒業後、味の素株式会社に入社。1992年にフィンランド人の社長と2人でザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)を設立。1997年にキシリトールを日本に初めて導入し、素材メーカーの立場からキシリトール・ブームを仕掛けた。今や歯科業界だけでなく一般家庭でも当たり前のものとなっているキシリトール。藤田氏はガムを中心とするキシリトール製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。
その後も20年以上に渡り、ヘルスケア食品・飲料だけでなくトイレタリーや車、空調など、“人びとの生活を豊かにする商品”の事業・マーケティング戦略に携わっている。2007年5月に、日本企業のヘルスケアやウェルビーイングマーケティングに寄与するべく、IMC(Integrated Marketing Communication:統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー・インテグレートを設立した。こうした経験をもとに、ウェルビーイング視点からの事業創造など、ウェルビーイングビジネスについての講演も多数行っている。
そんな藤田氏は、ビジネスだけでなく自身の生活でもウェルビーイングを意識し、心身共に“より良い状態”でいられる環境を整えている。それが、東京と熱海の2拠点生活だ。熱海は静岡県にありながら、東京駅から電車で約1時間45分。新幹線では約40分と、短時間で移動することができる。温暖な気候と豊富な温泉で知られる、人気の観光都市だ。市内には源泉が豊富に湧き出て、多くの旅館やホテル、日帰り温泉施設で楽しむことができる。
また、相模湾に面していることから、美しい海岸線が続く。熱海サンビーチや長浜海水浴場などが人気で、海水浴やマリンスポーツはもちろん、海岸沿いの散策や海を眺めながら食事を楽しむこともできる。海の幸が豊富で、新鮮な魚介類を使った海鮮丼や、干物や練り物なども名物。熱海プリンや温泉まんじゅうなどのスイーツも人気がある
さらに、熱海城、来宮神社、MOA美術館、梅園など、歴史的な建造物や美術館、博物館など、さまざまな観光スポットもある。熱海海上花火大会は年間を通して複数回開催され、夏の風物詩となっている。藤田氏は東京の自宅とは別に、2019年に熱海に温泉付きのマンションを購入。東京と熱海の2拠点を行き来しながら、“ウェルビーイングな生活”を実現している。
DIME WELLBEING(以下、D):藤田さんが2拠点生活を選ぶことになったきっかけを教えてください。
藤田康人氏(以下、藤田):僕は新卒で味の素で6年間働き、その後15年間は外資の会社にいました。その時は、アジア、アメリカ、ヨーロッパの国を渡り歩き、多い年は年間の250日くらい海外にいるという生活でした。1年のうち半分以上世界中を飛び回る生活を15年間していたので、長い間ひとつのところに腰を据えるという生き方をしてなかったんですね。
2007年にインテグレートを設立して10年以上、会社のフェーズや中身は変わっても、比較的ずっと同じ生活をしてきました。海外出張も以前よりはずいぶん減りましたし、昔と比べて「日常が続いてしまう」というのが初めての経験でした。適度に非日常が織り込まれたり、目線が変わったりしないと、飽きてしまうというか。自分の中で刺激がない。そこに少し閉塞感があったので「変えてみよう」と思い、2019年に2拠点生活をスタートしました。ちょうどその後に、コロナという大きな変化があったので、コロナ禍でも熱海というもう1つの場所があってよかったです。
D:2拠点生活は旅行に行くのとはまた違う感覚なのでしょうか。
藤田:旅行でいろんな場所へ行くのもいいですが、毎回ホテルの予約をしてチェックイン、チェックアウト、そこから移動がある。それらは、煩わしいところでもあります。2拠点生活だったら、チェックインもチェックアウトもないし、いつでも好きな時に来られて、いたいだけいられるし、自宅に私物を置くこともできる。大きな荷物を準備して持って移動することがなく、軽やかに動くことができる。すごくストレスフリーに、モードやスイッチを切り変えることができます。
D:手軽に移動や滞在ができて、気持ちを入れ替えることができるのですね。
藤田:都会の中で生きていると、なかなかモードが切り替わらないところがあると思います。僕は熱海に来ることで非日常のモードに気分が替わります。海を見ながら街の中を歩いていると、新しい発想が生まれ、自分自身の中で何か行き詰っていたりしていてもブレークスルーがあるんです。
また、僕は2頭のワンコ(トイプードル)と一緒に暮らしているので、熱海に来るとこの子たちも旅行気分というか、みんながすごくワクワクしてくれる。転地効果じゃないですけど、非日常感もあると思います。熱海の街が持っている雰囲気なのか、空気なのか、オーラなのか。何か魅力があって、この街にいてこの風を感じるだけでも、ものすごく幸せな気分を感じられます。それは僕自身も、妻も、ワンコたちも。本当に楽しそうです。
どうしても単調な毎日が続きがちな中で、非日常が定期的に入って来ることで、生活にアクセントも出る。常に新しい視野や刺激がもらえるのが大きい気がします。
遠くの田舎ではなく「熱海」がいい理由「通勤が苦にならない距離」「日本のコートダジュールになれる」
D:コロナ禍でリモートワークが導入されるようになってから、2拠点生活や他拠点生活、移住などが増えています。東京から離れた地方を選ぶ方もいますが、熱海を「もう1つの拠点」に選んだ理由を教えてください。
藤田:僕の場合は、出身も東京なので基本的には都会は大好きなんです。でも、都会だけだと辛い。主戦場はやっぱり東京なんですね。例えば、大事なビジネスパートナーと19時に麻布十番で待ち合わせして、美味しいご飯を食べていろいろな話をしたとします。22時まで都内にいてみんなと過ごしても、その足で最終の新幹線で熱海に戻り、温泉に入り、朝起きてリモートワークをすることができるのです。
インテグレートは、現在は原則週3出社以上のハイブリットの勤務形態なのですが、熱海なら出社が特に苦にならない距離です。これは大きかったです。2拠点生活を始めた2019年の頃には、リモートという働き方は想定していませんでしたが、コロナでリモートが自分の生活の中に入って来たことによって、さらにここでの暮らしの意味がすごく出てきたと思います。すごくラッキーだったのかもしれませんね。
熱海は新幹線も電車もありますし、街中ではタクシーがアプリでもつかまえられるのですごく便利です。朝は梅園や来宮神社、街中を散歩して、美味しいご飯を食べ、昭和な雰囲気が漂うレトロなスナックでお酒を飲む。そうして22時頃まで熱海で過ごしても、その日のうちに東京に帰ることもできます。ビジネスパートナーや友人も、泊まりはもちろん日帰りで招待することができます。
D:東京での仕事を続けながらウェルビーイングな生活をするのに、熱海はちょうど良い距離なのですね。
藤田氏:そうですね。とはいえ、熱海では完結出来ない事もあります。「生活」ということを考えると、お店は少ないですし、24時間スポーツジムなどもありません。でも、熱海、函南、三島、湯河原、小田原、沼津などまで、車移動を含めて一帯の生活圏と考えると、ロードサイドにいろいろなお店がある相模原に住んでいるような感じです。広く見ると、十分に生活できます。
D:熱海で2拠点生活をするようになってから、地元の方の声を聞く機会はありますか。
藤田氏:なじみのバーやスナックで一緒に飲んだりするので、地元の方とお話する機会はよくあります。それぞれの立場にもよりますが、観光業をやっている方なら「もっとお客さんが来てほしい」。でも一方で、「若い人は日帰りで来るけど、泊まってくれない。タクシーに乗ってくれない。スイーツや海鮮丼は食べてくれるけど、夜ご飯は食べてくれない(宿泊してくれない)」という課題を持っていたりする。でも、ずっと古くから熱海に住んでいる人の中には、「人が増えてわちゃわちゃしてほしくない」と思う人もいる。
熱海は栄光と挫折を繰り返してきた街だと思います。スナックやラーメン屋にふらっと入ると、谷崎潤一郎や高倉健のサインが飾ってあったりして歴史を感じる。バブルの象徴で、日本の新婚旅行先のトップとして栄えた栄光時代の熱海と、バブルがはじけて社員旅行や新婚旅行に来る人が減り、廃墟のような飲食店ビルもまだ残っています。そこに対して、新しい風が吹いて、いろんな人たちが他の街から移住してきて新しいお店を作っている。いろいろな時代の熱海があって、そこにどんな関わり方をしていたか。熱海に対する感じ方も違います。そういう意味では、多様性のある街なのかもしれません。
D:熱海と一緒にやっていきたいことはありますか。
藤田氏:いつも集まると、熱海好きの仲間とそんな話をしています。個人としての側面では、熱海に人がたくさん集まってくれて、熱海が賑わうと、楽しい。面白い人がいて、美味しいお店が増えて、盛り上がって楽しめる。熱海がもっと盛り上がってほしいです。
リモートワークというバリエーションができたことによって、今までとは全然違う旅圏ができました。各土地のいろんなやり方があると思います。熱海は人が住まなくても、東京組が熱海にコミットして来訪頻度を高くしてくれればいいんです。日帰りでもショートステイでもワーケションにはもってこいのロケーションです。これが、もう少し離れた距離の地域だと、移住してもらわないといけなくなる。そういう意味では、熱海は比較的条件のいい距離にあります。
我々は半分職業病みたいなもので、どんなビジネス戦略やマーケティング戦略によって熱海が更に盛り上がるかを常に考えています。僕は仕事柄、カンヌやニース、モナコなど、コートダジュールにコロナ禍以前はよく行っていて、大好きな街です。本気で熱海は日本のコートダジュールになれそうだと思っています(笑)。そんなプロデュースに関われたら楽しいですよね。熱海はすごくポテンシャルがあるので、ライフワークとして、この街に関わる者としてはやってみたいです。