
VTuberグループ「にじさんじ」が誕生から今年で7周年を迎えます。1期生、月ノ美兎や樋口楓、静凛などが活動を開始したのが2018年2月8日。VTuber数は2024年10月末時点で166となり、日本を代表するVTuberグループの一つとなりました。
運営するANYCOLORは株式市場を沸かせたことでも有名。その成長スピードには目を見張るものがありました。
その業績の変遷を振り返ります。
上場してすぐにテレビ局の時価総額を超えたスター銘柄
ANYCOLORが上場したのは2022年6月8日。初値は公募価格の3.1倍となる4810円をつけました。その後も株価は上昇を続け、その年の9月に時価総額は3000億円を突破。TBSホールディングスや日本テレビホールディングス、フジ・メディア・ホールディングスなどの並み居るメディア企業の時価総額を軽々と飛び越える姿は、新たな時代の到来を予感させました。
ANYCOLORの株価上昇の背景には要因が2つありました。1つはコロナ禍による巣ごもり特需や、推し活がトレンドになっていたこと。つまり、この時期はVTuberが成長しやすい外部環境が整っていたのです。もう1つがANYCOLORの圧倒的な好業績でした。
そしてその業績は利益率が異様なほど高いこと、そして売上の伸びが著しいという注目すべきポイントが2つありました。
ANYCOLORの2022年6月期の営業利益は29.6%。利益率が高いのはコマース(グッズなどの販売)の売上比率が高いためで、当時は売上全体の5割程度を占めていました。なお、この比率は直近では7割程度まで高まっており、営業利益率は39.0%まで上昇しています。
「にじさんじ」は誕生日ボイスなどのデジタルグッズや、アクリルスタンドなど原価の安いものがよく売れているため、利益率を高めることができたのです。
「にじさんじ」はVTuberのライトファンが多くを占めており、受注生産するような複雑なグッズよりも手軽に入手できる商品が好まれました。推し活人気という時代背景もあり、ANYCOLORはその市場のど真ん中に鎮座していたのです。
ライトファンの開拓を進めるべくユニットと海外展開に注力
年度ごとに売上の推移を見ると、戦略を大きく変えている様子がわかります。
※決算短信より筆者作成
上場した2022年度の成長戦略は3つの柱で支えられていました。次世代VTuberの育成、ユニットプロデュース、海外展開の強化です。
特にユニットと海外展開は注目に値しました。「にじさんじ」は2021年10月に既存VTuberである加賀美ハヤト、剣持刀也、不破湊、甲斐田晴の4名で構成されるユニット「ROF-MAO」を結成。これが大ヒットします。
VTuber黎明期はキズナアイや電脳少女シロ、ミライアカリなど女性が中心であり、ファンの大半が男性でした。「にじさんじ」は女性ファンを開拓。2022年4月末時点のANYCOLOR IDにおける6割が女性でした。これがライト層を開拓できたゆえんで、ユニットの強化によって更なる業績拡大に期待ができたのです。
海外展開にも積極的でした。2021年にVTuberグループ「LazuLight」がデビュー。「Diamond City Lights」はiTunesアニメーションカテゴリーにおいて6か国で1位を獲得しています。
ANYCOLORの成長の一番のポイントは、VTuberのライトファン層を開拓できるかどうかにありました。その点において、海外ユーザーの取り込みは欠かすことのできない要素だったのです。
2022年度(2023年4月期)の売上高は前期の1.8倍となる253億円に急拡大しました。ANYCOLORは期初の通期売上高を上限で210億円と予想していましたが、計画を大幅に上回る着地となりました。
前期は海外展開の難しさが浮き彫りに
2023年度の売上高は前期のおよそ1.3倍となる320億円でした。期初予想は330億円。計画を10億円あまり下回って着地しています。高い成長性を維持していたものの、会社予想には届きませんでした。
やや苦戦を強いられていたのが、海外攻略の柱となっていた「NIJISANJI EN」。この事業の売上高は48億円で、前期の24.0%の減少でした。
田角陸CEOは2024年2月13日に謝罪動画を公開しました。これはANYCOLORが契約解除を発表したSelen Tatsukiに関するもの。このVTuberは「NIJISANJI EN」に所属をしていたものの、マネジメント体制の不備をSNSで発信するなど、ルール違反と見られる行動を重ねていました。一連の問題により、日本と海外のマネジメント体制への意識の違いや、コミュニケーションをとることの難しさが露呈していました。
ANYCOLORは引き続き海外展開は進めているものの、2024年度に入ってそのトーンを抑制し始めます。足元で特に注力しているのがVTuberあたりの収益の拡大です。主力のコマース展開の強化を図っているのです。
ぬいぐるみの流行に合わせて「にじぱぺっと」の販売を開始。チェキ風カード(300円)から本物のチェキカード(700円)へと変更するなど、商品がより複雑なものに変化しています。
これはライトファンの開拓から、育成フェーズへと入ったと見ることができるでしょう。アクリルグッズなどの購入が一巡すると、ファンはもっと高額で長く楽しめるものを求めるようになるのが一般的。ANYCOLORはファンのニーズを汲み取り、それに合わせたグッズの展開を行うようになりました。
コマースの売上比率が5割から7割に高まっているのは、正にそうした企業努力の結晶。短い期間で戦略を巧みに切り替え、難局を乗り切ってきました。
2024年度上半期の売上高は前年比12.0%増の173億円で、売上高は会社予想に届いていません。一部のグッズの発送に遅延が生じていることが主な要因で、商品が複雑化したことが経営課題の一つになっているようです。これをクリアできるかどうかが、今期最大の見せ場となるでしょう。
文/不破聡