
感情労働はまだ耳慣れない言葉で、よくわからない方も多いのではないでしょうか。感情のコントロールが必要な業務であり、ストレスの蓄積やバーンアウトのリスクが問題とされています。本記事では、感情労働の意味や必要とされる職種、企業に求められる対策を解説します。
目次
感情労働とは?
感情労働とは、仕事をするうえで常に感情をコントロールすることが求められる労働のことです。これまで、労働は「肉体労働」「頭脳労働」の2種類でしたが、感情労働は、それに加わる第3の労働として注目されています。
ここでは、感情労働の特徴や注目される背景をご紹介します。
■感情のコントロールが求められる業務
感情労働は、米国の社会学者であるA・R・ホックシールド教授が提唱した概念です。
感情労働では、常に笑顔で「楽しい」「うれしい」というプラスの感情を表現することを求められます。一方で、相手にとって好ましくない怒りや悲しみなどマイナスの感情は抑えなければなりません。
感情労働に従事する従業員はメンタルヘルスの問題が発生しやすく、企業はメンタルヘルスケアへの取り組みが必要とされています。
■感情労働の特徴
ホックシールド教授によれば、感情労働には次の3つの特徴があります。
- 対面あるいは声による接客がある
- 自身の感情を抑制し、相手の感情を変化させるための対応をする
- 雇用主は従業員の感情についてある程度コントロールする
感情労働は、顧客と接し、対話を行いながら満足感を与える労働であり、サービス業をはじめ、多くの業種が該当します。
■感情労働が注目される背景
感情労働が注目される背景には、市場競争の激化があげられます。市場には多くの商品・サービスが溢れ、他者との差別化が難しくなっている状況があります。消費者から選ばれ、市場で生き残るためには、他社よりも良い商品・サービスを開発し、付加価値を提供しなければなりません。
他社との差別化に欠かせないのが、付加価値としての「コミュニケーション」です。企業ブランドに興味・関心を持ち、自社の商品・サービスを選んでもらうためには、消費者のニーズを正確に把握し、顧客とのコミュニケーションを積極的に進める必要があります。そのために大きな役割を担うのが、顧客とコミュニケーションを行う感情労働です。
感情労働が必要な職種
感情労働が必要な職種には、主に次の4つがあげられます。
- サービス業
- 営業職
- 医療従事者
- カスタマーサービス
それぞれの特徴をみていきましょう。
■サービス業
感情労働が求められる職種の中でも代表的なのが、サービス業です。飲食店の従業員や店舗の販売員、客室乗務員、受付、ホテルの案内など、さまざまなサービス業がありますが、どれも顧客とのコミュニケーションが不可欠な感情労働です。
サービス業が行うメイン業務は接客であり、常に感情のコントロールが求められます。業務では顧客を満足させる態度や表情、感情表現が求められており、感情労働の割合が非常に高い業務です。
■営業職
営業職も、感情のコントロールが必要な感情労働です。顧客のニーズに合った商品・サービスを提案し、購入を検討してもらうために感情労働が求められます。
営業職では、商品・サービスが他社よりも優れ、魅力的であることを説明できなければなりません。自分の感情を抑え、顧客の感情を変化させるための対話力・提案力のスキルが必要です。
■医療従事者
医療従事者は医師や看護師のほか、保健師、介護士、ヘルパー、技師、医療事務、薬剤師、助産師など幅広く、どの職種でも患者と接触します。医療技術を提供するだけでなく、患者のサポートをしなければなりません。
患者が抱える病気への不安や悩みと向き合い、気持ちを安定させるための支援が必要です。患者の不安に巻き込まれず対応していくためには感情のコントロールが必要であり、感情労働の割合が高い仕事といえます。
■カスタマーサービス
日々お客様と対応するカスタマーサービスも、感情労働の代表格です。カスタマーサービスに従事するオペレーターは自身の感情を抑えながら、さまざまな顧客からの問い合わせや質問、要望に応えなければなりません。
オペレーターは基本的に電話による声でコミュニケーションを図るため、相手の声から感情を読み取るスキルが必要です。さらに、カスタマーサービスに求められる感情表現を身につけなければなりません。
クレームへの対応も必要であり、理不尽な要求をしてくる場合もあります。強い感情のコントロールが求められるでしょう。
感情労働が抱えるリスク
感情労働では感情を無理にコントロールするため、精神的な消耗が大きく、ストレスの蓄積やモチベーションの低下といったリスクを抱えています。
ここでは、感情労働が抱えるリスクについて解説します。
■ストレスの蓄積
感情労働は、感情を抑えるためにストレスが溜まりやすいというリスクがあります。肉体労働や頭脳労働は体や脳を休めることでリフレッシュできますが、第三者が関わる感情労働はストレスの解消が難しいのが実情です。
常に感情の抑制とコントロールが求められる感情労働は、雇用側が積極的なメンタルケアを講じる必要があります。
■モチベーションの低下
感情労働では顧客からのクレームなどネガティブな感情を受けることもあり、仕事へのモチベーションを低下させるリスクがあります。モチベーションの低下は生産性を下げ、最終的には離職につながる可能性があります。
モチベーションを維持するためには、報酬をアップしたり賞賛する制度を設けたりするなど、業務に報いるための積極的な対策が必要です。
■バーンアウト(燃え尽き症候群)
感情労働でストレスが蓄積していくと、バーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクもあります。バーンアウトとは、慢性的なストレスにより、仕事への情熱や意欲が急激に失われる状態のことです。それまで高いモチベーションを保っていても、突然やる気をなくしてしまいます。
特に、これまで前向きで真面目に取り組んでいた人ほど、エネルギーを使いすぎてバーンアウトを起こすリスクがあります。
企業に求められる対策
感情労働はストレスが溜まりやすく、ほかの労働と比較して回復が難しいという問題があります。モチベーション低下やバーンアウトに陥るリスクがあり、そのような事態になる前に、企業は対策を講じることが必要です。
ここでは、感情労働に対して企業に求められる対策を解説します。
■定期的な面談やコミュニケーションを行う
感情労働では感情を抑えながら仕事をするため、そのままではストレスが溜まる一方です。ありのままの感情を解放できる場を企業側が設ける必要があります。
対策として、1on1ミーティングなどの定期的な面談やコミュニケーションを行う機会を設け、従業員が本音を話せる環境を作ることが効果的です。
相談窓口の開設やカウンセラーの設置なども、従業員のメンタルケアに役立つでしょう。
社内イベントの開催など、従業員同士のコミュニケーションを活性化させるための施策を積極的に行うこともおすすめです。
上司との面談や同僚とのコミュニケーションを通じて、従業員は業務で抑えていた感情を解放し、ストレス軽減につなげられるでしょう。
■セルフケア研修の実施
感情労働では、従業員が知らないうちにストレスを溜めてしまうことも少なくありません。従業員自身が自らをケアできるよう、ストレスについての知識を持つことが大切です。
そのために役立つのが、セルフケア研修です。セルフケア研修では、従業員が自らの心身の健康を管理し、ストレスに対処するために必要なスキルを学びます。セルフケア研修を受けることで、従業員はストレスの要因や反応に気づけ、ストレスが溜まるのを予防できます。
ストレスを溜めないスキルを身につけるためには、アンガーマネジメント研修を導入するのもおすすめです。アンガーマネジメントとは、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニングです。アンガーマネジメントのスキルを身につけることで、価値観の多様性に対して寛容になれ、怒りの感情をうまくコントロールできるようになります。
■メンタルケアの環境を整備
メンタルケアの環境を整備するため、ストレスチェック制度を設けるという対策もあります。ストレスチェック制度は、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防止するため、2015年12月に労働安全衛生法により創設された制度です。
心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)と、その結果に基づく面接指導の実施等を内容としています。ストレスチェックの実施により、企業は従業員のストレス状況について把握でき、問題があれば速やかに対処できます。従業員自身にもストレス状況についての気づきを促し、感情労働が抱えるストレスの蓄積などのリスクを軽減できるのがメリットです。
常時50人以上の従業員が働く会社はストレスチェック制度を実施する義務があり、50人未満の会社は努力義務とされています。
また、メンタルケアの環境整備には、産業医との連携も必要です。感情労働はストレスが溜まるとメンタルヘルスの問題を発症する可能性が高まるため、産業医との連携のもと、従業員のメンタルヘルス状態を把握し、必要な場合は適切な対処ができるように環境を整えておく必要があります。
感情労働はリスク回避の対策が必要
顧客とのコミュニケーションを図るため、サービス業の仕事は今後もさらに多様化し、広がりをみせていくでしょう。感情労働の活躍が期待されると同時に、リスク回避の対策もますます必要になっていきます。
企業はセルフケア研修の実施やストレスチェック制度の導入など、感情労働のケアに向けた対策の積極的な実施が求められるでしょう。
構成/須田 望