報道によれば、2025年1月15日にデンマークのフレデリクセン首相はアメリカのトランプ次期大統領と電話で会談。トランプ氏が獲得を表明したデンマーク自治領グリーンランドついて、売却を拒否する考えを伝えたという。
トランプ氏は、この他にも「カナダの併合」「パナマ運河の奪還」にも言及しており、その背景には大統領として2期目を迎えるトランプ氏なりの「老いる帝国」を救うための国家戦略が垣間見られる。
また、トランプ氏がその経済政策を実行に移す過程では、日米の相互補完・互恵関係は一層強まることが予想されるが、そうした「国策」には有望な投資機会を伴うことも少なくない。
今回も、そんなトランプ氏の言動と市場を巡る動きについて、三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏によるリポート第2弾が到着しているので、概要をお伝えする。
1:「老いる帝国」の逆襲
カナダの併合に加え、トランプ氏が「グリーンランドの割譲」や「パナマ運河の奪還」について言及する背景には、米国という「老いる帝国」に挑戦する新興勢力の台頭と、それを迎え撃つ米国の安全保障政策があるようだ。
前回の「衰退する帝国のトランプ PART1」で見たように、地球温暖化により北極海航路の往来が容易になり、カナダ北岸を抜ける「北西航路」の重要性がかつてなく高まっている。
グリーンランド南部最大の町、カコトック
この北西航路のカナダの対岸に位置するのがグリーンランドだ。北極海のロシアとカナダの間に位置するグリーンランドは地政学上の重要性から、かつては米国の海軍基地が設置され、現在は米国の空軍(宇宙)基地が置かれるとともに、米軍のミサイル防衛網の一端を担っている。
そうしたグリーンランドの経済的な重要性が、北極海の水温上昇と氷解により高まっている。
というのも、豊富な地下資源で知られるグリーンランドには、大規模なレアアースの鉱床があるからだ。その埋蔵量は米国地質調査所(USGS)によれば約1500千トンに達しており、現在確認されている未開発地域としては世界最大となっている(図表1)。
レアアースはEV用モーターや電池に不可欠とされており、中国が世界最大の鉱床を有するとともに、生産量(世界シェア約60%)と加工製品の出荷(同約85%)で圧倒的なシェアを有している。このため、中国は度々レアアースを戦略物資として外交カードに利用してきた過去がある。
例えば、2010年に沖縄県の尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が発生した際、中国政府は日本政府へ圧力をかけるためレアアースの輸出制限を行なった。また、最近でも、米国による対中半導体輸出規制への報復措置として、中国はレアアースの対米禁輸措置を実施している。
■先住民自治政府と中国の接近
そんな、戦略的な重要性が増すグリーンランドで近年積極的な動きを見せているのが、米国の覇権に挑戦する存在として台頭してきた中国だ。
グリーンランドの人口約6万人弱の約9割を先住民が占めているが、外交・防衛などを除き高度な自治が認められている。
そして、中国はグリーンランド自治政府に対して中国資本による空港整備、旧米海軍施設の買収、そしてレアアース・ウラン鉱山の開発などを積極的に働きかけており、自治政府もこうした中国からの投資受け入れに前向きとされている。
中国と自治政府の関係緊密化に危機感を強めた米国は、グリーンランドの領有権を持つデンマーク政府に働きかけ、一連の開発・買収案件に待ったをかけたとされている。
その一方で、グリーンランドでは先住民による独立運動が活発化しており、デンマーク政府によるコントロールが効きづらくなりつつあると言われている。
トランプ氏からすれば、米国の覇権を脅かしかねない中国の戦略的な動きを弱めるため、「米国の同盟国であり北大西洋条約機構(NATO)の一員であるデンマーク政府は、宗主国として中国がグリーンランドに侵入することを許すな。もしそれができないなら、グリーンランドは米国が管理する」といった正論を述べているだけかもしれない。
2:石油(オイル)帝国のトランプとパナマ運河
トランプ氏の主要政策の一つに、資源エネルギーについての規制緩和による開発加速と輸出促進がある。
米国による資源エネルギーの増産は、
(1)需給緩和・価格下落によるインフレ抑制の効果、
(2)輸出拡大による貿易赤字の削減効果、そして、
(3)石油・ガス収入に国家財政の多くを依存するロシアの国力を削ぐ効果がありそうだ。
まさに、戦略物資であるエネルギーを支配・コントロールする「石油(オイル)帝国」としての影響力を増すことが、米国という「老いる帝国」を救う最善策とトランプ氏は考えているのだろう。
今後の増産と輸出拡大が見込まれる米国の液化天然ガス(LNG)は、アラスカなどを除くと、その生産はテキサス州とルイジアナ州に集中している。
そして、LNGの一大消費地であるアジアへ既存の最短ルートで輸出する場合、船舶はパナマ運河を通過することとなる。締め上げられると命に関わる「国際物流のチョークポイント」ともいうべきパナマ運河にあって、グリーンランドと同様にその動きを活発化させているのが中国だ。
パナマ運河
中国とパナマの国交は2017年に始まった。約100年にわたるパナマと台湾の国交に終止符を打って新たに両国の関係が始まるにあたり、中国政府はパナマの地下鉄整備を支援し、パナマ最大の港であるマルガリータ島港を買収。さらに、パナマ運河をまたぐ橋梁建設を落札した。
そして、パナマを訪問した習近平国家主席は、「パナマの物流戦略は中国の一帯一路とリンクさせる」と宣言している。
安価なLNGをアジアへ輸出したい米国の国益を直接的に脅かしているのが、パナマ運河の通行料の値上げだ。パナマ政府は運河の通行料を2023年から段階的に引き上げると決定しているが、一例をあげると、米国産液化プロパンガス(LPG)を日本に輸送するLPG船の通行料は、2023年から2025年の3年間に約9割も引き上げられることになった。
パナマ運河は、今から約110年前に米国が当時最新の土木技術を駆使して、国家予算(約7億3,800万ドル)の半分に相当する約3億7500万ドルの巨費を投じ、実に10年の歳月を費やして建造したものだ。
そして、現在も通行量の7割以上(発地と着地を2重にカウントしたシェア)を米国の船舶が占めている。
そんなパナマ運河が中国の影響下に入り、更に米国が高い通行料を課されるような事態に至っては、トランプ氏でなくても理不尽に感じるのではないか。そう考えると、トランプ氏の「パナマ運河の返還を」という発言には、単なるブラフ以上の重さがあると考えておいた方がよさそうだ。
3:トランプ2.0で加速する日米の互恵関係と投資機会
19世紀の欧米列強が版図拡大を争った時代ならいざ知らず、人権意識も高まり一部の国・地域を除き世界中で民主化が進んだ現代社会において、トランプ氏の一連の発言・要求がそのまま通るとは、当のトランプ氏自身も考えていないだろう。
■敢えて「高めのビーンボール」を投げ込むワケ
トランプ氏の「カナダ」「グリーンランド」「パナマ運河」をめぐる一連の発言は、交渉のスタートにおいて「高めのビーンボール」で相手をのけ反らせることで、その後の交渉を有利に進めようとするアドバルーンのようなものと考えるとわかりやすいのではないか。
例えば、グリーンランド割譲を突き付けられたデンマークのフレデリクセン首相は、売却そのものは拒否しつつも、「米国と緊密な協力関係を強めるために何ができるか検討」し、さらに「グリーンランドの防衛強化」や「駐留米軍の規模拡大を話し合う」と米国側に伝えたことが報じられている。
さらに、トランプ流の発言がある種の「炎上」を起こすことで、中国やロシアの戦略的な動きに世界の耳目が集まり、結果として強い牽制効果が働く点も見逃せない。そう考えると、露悪的に振舞うトランプ氏は、興行としてのプロレスを盛り上げるヒール(悪役)の役割を買って出ているのかもしれない。
■加速する日米の互恵関係
こうして見ていくと、トランプ氏の一連の言動は「突拍子のないもの」でも「予測不能」でもなく、シビアで合理的なものであることに気づかされる。そして、我々にとって重要なのは、米国がその覇権を維持すべく合理的に振舞うほど、日米間の互恵関係が、さらに強まる可能性が高いことだ。
例えば、米国は資源エネルギーの開発とその輸出を積極化させつつありますが、一方の日本はエネルギーの約9割を輸入に頼る資源小国だ。そして、東日本大震災後の原発の稼働停止や世界的なエネルギー価格の高騰による鉱物性燃料への支払い増加が、昨今の貿易赤字の主因となっている。
つまり、安価な米国産エネルギーの輸入拡大は、日本にとっても交易条件の改善や調達先の多様化といったメリットが大きいため、双方にとって好ましい相互補完的・互恵関係にあることがわかる。
また、種々の思いを除いた政治的な考えで語るならば、日本による防衛支出の拡大は、米国の財政負担を軽減すると同時に、日本の防衛産業の振興や極東地域における日本の存在感を高める可能性がある。
もちろん、歴史的な経緯もあり日本の軍備拡張は国内外で様々な議論を巻き起こす可能性はあるが、米国による「外圧」を大義名分に、通常であれば躊躇するようなミサイル防衛網の構築だけでなく、衛星、AI、ドローンなどを活用した最先端の防衛装備の充実についても、大胆に予算を振り向けていく可能性が広がりそうだ。
そして、最も重要なことは、世界最大の債務国である米国に資金を供給しているのは、世界最大の債権国で約471兆円の対外純資産を有する日本に他ならない、という事実だ。
もし、米国が覇権国の地位から退き債務の履行に窮するようなら、債権者として最も損失を被るのは日本であり、米国の覇権維持は日本の国益と密接不可分なことは否定できないだろう。
■深化する日米関係と投資機会
日米のお互いの足らざるを補い合う「互恵関係」が深化していく過程では、「国策に売り無し」の格言が示す通り、巨額の投資や政策的な後押しが続くことで、有望な投資機会が長期にわたり生じる可能性がある。
先に見てきたとおり、今後米国が最も力を入れるのは、
(1)産業競争力の強化、
(2)貿易赤字の削減、
(3)防衛負担や支出削減による財政の健全化、
(4)米国に挑戦する新興勢力の弱体化、そして、
(5)米ドルの基軸通貨としての地位の確保、にある。
米国がこうした国益を追求する過程で日本は、
(1)米国産エネルギーの輸入拡大、
(2)防衛費増額と米国製兵器の購入増、
(3)経常黒字の還流による対米直接投資の拡大、
(4)米国と連携した中国に依存しないサプライチェーンの強化、
などに動くことで、日米の互恵関係が深化・発展していくこととなるだろう。
こうした一連の政策は、日本企業に大きな成長機会をもたらす可能性が高そうだ。
具体的には、
(1)自動車、電機、メガバンクといった米国事業を積極的に展開する日本企業、
(2)防衛費増額の恩恵を受ける重電、電機、素材といった防衛関連企業、そして、
(3)海運、総合商社、ガス会社といった米国からの資源輸入に関わる企業などが、
長期的に恩恵を受けることが期待できるだろう。
PART2のまとめとして
米大手ヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツ社の創業者で元共同CIOのレイ・ダリオ氏の言うように、現在の米国が覇権国としての衰退のプロセスにあるならば、トランプ氏の繰り出す一連の政策はそのセンセーショナルな響きとは裏腹に、「老いる帝国」を救う合理的なものと言えるかもしれない。
トランプ氏の政策が実行に移される過程では、日米の相互依存・互恵関係は一層深まる可能性がある。互いに足らざる所を補いながら深化する日米関係は、米国の覇権が続く限りにおいて、日本の国益や日本企業の利益と合致する可能性が高そうだ。
そして、「国策に売り無し」の格言が示すように、日米関係の深化がもたらす投資機会は、トランプ氏の政策と同じく「不確実」でも「予測不能」でもないように思われる。
構成/清水眞希
すべては米国の覇権維持のために!トンデモ発言の背景にあるトランプの一貫した国家戦略
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