
食品は生活に欠かせないもの。しかし、製品を生み出す中で大量の廃棄物が出てきてしまう。その廃棄物を新たな価値として使用できれば、ウェルビーイングなサーキュラーエコノミー(循環経済)社会に近づくことができる。
『Iyokan Saison』を開発したBetter life with upcycleとMOTTAINAI COCOLOFARM
創業100年の歴史を持つ株式会社栄屋製パン(神奈川・海老名)は、首都圏に向けて業務用パンを製造・配送しているベーカー。2021年に社内ベンチャー・Better life with upcycleを創設し、経済活動に付随した社会課題である食品ロス問題に取り組んでいる。パンの製造過程で出てしまうミミをモルトの一部として使用したサステナブル・クラフトビールを22年にリリース。24年には自社ブルワリーを設立し、アップサイクル事業に挑戦している。
イギリスの『トーストエール』をヒントに日本のベーカリーがブルワリーを設立
今回、有機JAS認証の伊予柑を栽培する株式会社MOTTAINAI COCOLOFARM(愛媛・松山)とともに、従来は捨てられるはずだった伊予柑の皮をアップサイクルした伊予柑エールビール『Iyokan Saison』(イヨカンセゾン)を開発。1月14日の「いよかんの日」に販売を開始した。
パンのミミと摘果伊予柑を使用した伊予柑エールビール『Iyokan Saison』
Better life with upcycleのブランド代表・吉岡謙一氏は、「ブランド自体がクラフトビールのブルワリーです。パンの製造現場から、製造活動と廃棄は密生なものだと感じています。毎日のように食品の廃棄が繰り返されるのを目の当たりにする中で、『社会になんとか返すことができないか』『素材自体の力を世の中に還元できないか』と考え、クラフトビールという手法をとることにチャレンジしました」と語る。
吉岡氏はアップサイクル製品としてビールを選んだ理由に、「実はパン文化のイギリスでは、廃棄されるはずのパンを使ってビールを作る『トーストエール』が先進例としてありました」と語る。ニュース記事などでその事例を知った吉岡氏は、パンのミミでクラフトビールを開発する道を選んだ。
Better life with upcycleのブランド代表・吉岡謙一氏
「使うパンの品質が一定でないと醸造には向きません。パンなら何でもいいかというとそうではなく、あんパンを入れたら台無しになってしまう。弊社の場合は、同一品種のパンの廃棄が大量に出ます。日本でパンからビールを作るとしたら、最適な事業者はBetter life with upcycleだと思っています」
まずは栄屋製パンの廃棄素材である食パンのミミを醸造したクラフトビール『American Wheat』『India Pale Ale』『Extra Special Bitter』を製造。さらに「製品を作る中で、同じような理念に共感していただける異業種の生産者の方と出会い、“活用できない廃棄素材”をお預かりしてビールにしていった」という。これまでにお茶の出がらしや、除外品のいちごなどを使用したビールを開発している。
土に落としておくだけった摘果伊予柑 有機伊予柑の生産でアップサイクルが可能に
今回はMOTTAINAI COCOLOFARMの有機無農薬の摘果された伊予柑とのコラボ。まだ青色の状態の摘果された伊予柑の皮を使用し、フレッシュな香りを閉じ込めた『Iyokan Saison』を開発した。摘果とは、柑橘栽培において果実がつきすぎることを防ぎ、品質を安定させるために間引く作業のこと。これまで摘果された柑橘は、残留農薬を含むため廃棄されてきた。しかしMOTTAINAI COCOLOFARMは、時間をかけて病害虫や雑草対策を丁寧に行うことで、有機農法での伊予柑の生産を実現。化学肥料や化学農薬を使用して栽培された伊予柑とは異なり、摘果した果物の皮まで廃棄せず使用できるようになった。吉岡氏は「珍しい素材で希少価値もある」と語る。
MOTTAINAI COCOLOFARMは、柑橘栽培を始めて5年目。代表の松田龍治氏は、伊予柑生産を行っていく中で規格外品や廃棄される伊予柑を目にし、「フードロスを何とかできないか」と思い立った。共同代表の高岡二郎氏とMOTTAINAI COCOLOFARMを22年12月に設立し、「持続可能な日本の農業の未来を切り開く」「お客さまにとって価値のある製品やサービスを提供する」「安心・自然本来の味わいの製品をお届けしたい」「農業に関するロスを減らしていく」「持続可能な農業を通じて地方を活性化させる」というビジョンを掲げている。
その考えのもと、プロジェクト『IMI(いみ)』も始動。松田氏は、「持続可能な日本の農業を作るプロジェクトとして、食品ロスを減らしたい。“地球や地域・コミュニティにとってIMI(意味)のある製品を皆さまにおいしく楽しんでいただきたい”という思いから立ち上げました」と語る。これまでに有機JAS認証の伊予柑を100%使ったストレートジュースや、伊予柑を丸ごと使用した『伊予柑おはぎ』などを作っている。
フレッシュで青い香りと苦みも感じる『Iyokan Saison』
摘果伊予柑を使用した『Iyokan Saison』について松田氏は、「柑橘栽培では6~8月にかけて摘果作業があります。一般的な柑橘栽培では、残留農薬の関係で摘果は使用できず、本来であれば捨てられてしまうものです。その捨てられてしまうものをアップサイクルすることによって、お客様に価値のある製品として提供することができました。今回の取り組みで、有機農法の良さや価値を少しでも世の中に知ってもらいたい」と語る。
「持続可能な日本の農業の未来を切り開く」というビジョンを持つ
MOTTAINAI COCOLOFARMの有機栽培の農園地は約20R。『Iyokan Saison』作りに提供している摘果伊予柑は約140キロ。皮向きをすると使用できる部分は約10パーセントだといい、約14キロの伊予柑の皮を使って醸造している。通常の栽培では残留農薬の関係上、摘果後は土に落としておくしかないという。
「有機認証の伊予柑は生産量0.09%とかなり希少なもの。農薬もかけていないので皮まで安心して使っていただける。まだ青い状態で若々しく、青い爽やかな香りのビールに使えないかなと思い活用しました」
協業することで『お金をかけても破棄したいもの』が『貴重な素材』に生まれ変わる
MOTTAINAI COCOLOFARMとコラボした吉岡氏は、「その地方の“良い産品”を、熱意を持って高めている新しい世代の方が増えています。そういった人たちのモノづくりに対しての情熱は、私たちメーカーもすごく共感するところ。その共感を形にして、世の中の人たちに『こういう人がこんな思いで作っている』と、一緒に届けられたら」と語る。「生産していく中で、その背景には大きなストーリーがある」といい、「単なる“消費していく価値観”よりも、その物語に共感して参加していくニーズが、今の世の中に増えていると思います。ストーリーも一緒に製品にのせて、世の中の人たちに見せていくことも重要です」と生産の“背景”にも注目する。
伊予柑の風味をまとった薫り高い『Iyokan Saison』
一方で、「自社で問題となる課題を解決するために、自社内でリソースを全て用意してコストも含めて競争力のあるものにするのは、かなり厳しい」と課題も明かす。「アップサイクルというスキームを通して、きちんと経営が成り立ち、収益が出ていく形にしなければいけません。理念だけ先行して収益が出ないと、継続しない。サステナブルを啓蒙しているのに、企業がサステナブルではなくなってしまいます。経済も両立していくことが重要な要素です」と語る。
それでも「反響はものすごくある」といい、「きちんと知名度というか、ブランドの認知度が上がっていけば、成立するだろうなという見込みがあります。まだ1年経っていないですが、非常に好感触です」と明かす。
「今回のMOTTAINAI COCOLOFARMさんのように、“協業”の形をとっていくことで、他社にとっては『お金をかけても破棄したいもの』が、こちらでは『貴重な素材』として“価値のあるもの”になります。地方を活性化するためには、その地域製品の産業が活発ではないといけません。そういった部分にも一助になることができたらと思います」
企業が協力することで、これまで“負の遺産”として考えられていたモノが、価値のあるものに生まれ変わる。循環型の経済を生み出し、よりウェルビーイングな社会を構築するには、こうした新たなコラボレーションや視点が必要になってくるのかもしれない。
取材・文/コティマム