困難な現実から逃げたり、負けを認めて敗走するなど“逃避”という言葉にはネガティブな意味合いがあるが、意外なことにメンタルに好影響を及ぼすポジティブな現実逃避があるという。
周囲の環境に秘められた意味に気づき、主体的に世界を探索できるオープンワールド系ビデオゲームをプレイすることは、束の間のポジティブな現実逃避であることが最新の研究で報告されている。
ゲームプレイの認知的現実逃避でメンタルが改善
まさに“第二の人生”を送ることができるジャンルのビデオゲームがオープンワールド(Open world)系のゲームで、その代表的なタイトルである『マインクラフト』や『ゼルダの伝説』、『グランド・セフト・オート』などは世界中で多くのファンを獲得している。
最新の研究では広大なゲーム世界とプレイヤーの自律性で知られるオープンワールド系ビデオゲームは、プレイヤーが日常のストレスから解放され、気分を高める「認知的現実逃避(cognitive escapism)」をもたらしていることが報告されている。このジャンルのゲームがメンタルに良いポジティブな現実逃避を体験させてくれるというのである。
精神的に疲れていたり気分が落ち込んでいる時などには、娯楽として映画などの映像コンテンツを眺めて気分転換を図ることもあると思うが、この場合はコンテンツを選ぶことはできるものの、その内容については受動的に視聴するしかない。したがって場合によっては期待していた気分転換が遂げられないこともあるだろう。
その点、プレイヤーが主体的に関与できるオープンワールド系ビデオゲームは好みのタイトルであれば内容が期待外れになることはまずないように思える。そしてゲームへの没入感と自律性はストレスを軽減し、精神的健康を高めることが示唆されているのだ。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンと豪グラーツ大学の研究チームが2024年12月に「Journal of Medical Internet Research」で発表した研究では、オープンワールド系ビデオゲームは大学院生のリラクゼーションと精神的健康を大幅に改善できることが報告されている。
研究は混合手法アプローチで行われ、609人のプレイヤーの調査データと、32人の大学院生のプレイヤーの詳細なインタビューを組み合わせて行われた。
『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』や同シリーズの『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』などのオープンワールド系ビデオゲームのプレイヤー609人に対する調査では、 ゲームの認知的現実逃避、リラクゼーション、幸福感を測定するためにアンケートを使用してデータが収集された。
大学院生のプレイヤー32人への調査では、詳細なインタビューを通じて認知的現実逃避、リラクゼーション、精神的幸福感に関するデータが取得された。
データを分析した結果、オープンワールド系ビデオゲームはプレイヤーに自由と自律性の感覚を与え、これによってもたらされる認知的現実逃避は、ストレスレベルの軽減とメンタルヘルスの改善に密接に関連していることが突き止められたのだ。オープンワールド系ゲームをプレイすると、参加者のリラックスレベルが直接的に高まり、幸福度にプラスの影響を与えることが示されたのである。
アフォーダンスに導かれた主体的な行動
「オープンワールドゲームは、探索感覚、熟練度とスキルの開発と経験の機会、ポジティブな感覚、さらには人生の目的と意味さえも提供できます」と研究チームのインペリアル・カレッジ・ロンドンのアンドレアス・アイジンゲリッヒ氏はプレスリリースで述べている。
没入型のゲーム体験は、ストレス管理とメンタルヘルスの改善に役立つ可能性があり、今後の研究ではストレスと不安の解消のための長期的な治療法の開発の可能性を探ることが期待されている。
共に“現実逃避”の側面があるにせよ、映画などの映像コンテンツを受動的に楽しむのと、主体的に探索することができるオープンワールド系ゲームをアクティブに楽しむことの決定的な違いはどこにあるのか。
その鍵を握るのがアフォーダンス(affordance)という認知心理学用語である。
アフォーダンスはアメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが提唱した「与える」や「提供する」という意味のアフォード(afford)を名詞化した造語で、「情報は環境に存在し、人や動物はそこから意味や価値を見いだす」という概念である。
アフォーダンスは環境に無数に存在し、たとえば文明初期の人間の暮らしを想定してみれば、きれいな小川の水を“飲める”と認識し、木になっているリンゴやナシを“食べられる”と認識し、馬を見て“乗れる”と認識し、それぞれ実際に行動するのはおおおむね妥当なことであるだろう。そしてこのアフォーダンスに気づき行動することは、人間にとって生きる意味や目的に関わる行為であり、精神的充足をもたらすのである。
そしてオープンワールド系ゲームの環境にもアフォーダンスは溢れており、それらに導かれて行動することでメンタルヘルスに好影響をもたらすことが示唆されている。
たとえば『マインクラフト』のゲーム世界の中では土、木、石などすべてがブロックで構成されており、採掘した素材で道具を作り出したり、建物を建てたり、作った釣り竿で魚釣りをしたり、強い武器を作り上げてモンスターを倒したりすることなどができ、まさに“第二の人生”を送ることができる。
主体的に送ることができる“第二の人生”で自立心と自己コントロール感が高められ、メンタルヘルスの改善に繋がるとするならば、これらオープンワールド系ゲームは適切なプレイ時間を設定して大いに楽しむべきものでもあるのだろう。しかしその際にはくれぐれも“第一の人生”に代わる本物の現実逃避にならないようにしたいものだ。
※研究論文
https://www.jmir.org/2024/1/e63760
※参考記事
https://neurosciencenews.com/open-world-gaming-mental-health-28274/
文/仲田しんじ
退屈度が増すってホント?YouTubeを早送り視聴しないほうがいい理由
「時は金なり」というシンプルだが揺るぎない格言に則り、限られた時間をぜひとも有効に活用したいものだが、そこには無視できない“落し穴”もありそうだ。最新の研究によ...