日本には「スナック」という形態の飲食店が存在する。
スナックは多くの場合、「ママ」と呼ばれる女性がカウンター越しに接客する酒類提供店で、これは海外ではあまり見ないスタイルでもある。それ故に、最近では外国人旅行者が日本のスナックに押し寄せるようになったそうだ。スナックは日本でしかできない体験ができる観光スポット、ということだ。
そんなスナックにも、最先端テクノロジーの波が押し寄せている。
スナックのママが開店前に配信活動を行い、集客や副収入を得られるようにする目的のプロジェクトが始まっているのだ。
ライブ配信で月20万円!?
株式会社A Inc.が運営するライブ配信プラットフォーム『ふわっち』は、全日本スナック連盟との協業プロジェクト『のぞけるスナック』を実施している。現時点で全国30以上の店舗が参加し、それぞれのママがふわっちでの配信活動を行っている。
ふわっち「のぞけるスナック」公式HPより引用
ふわっちでの配信は、YouTubeで言うところのスーパーチャットのようなアイテム課金によって配信者を応援する機能がある。視聴者がアイテムで配信を応援することができ、配信の盛り上がりによって運営から配信者にポイントが付与される。それが配信者にとっての収益になる仕組みだ。
「私は視聴者様がふわっちのアイテムで応援してくださったおかげで、月20万円ほどの副収入を得たことがあります」
そう語るのは、JR渋谷駅からほど近い場所にあるスナック『アデージョ』の愛子ママ。開店前に配信活動を行い、これを課金アイテムの獲得だけでなく集客にもつなげているという。
筆者自身、YouTubeでの配信活動を行っているが、ライブ配信のスーパーチャットは頻繁に来るものではない。1時間ほどの配信で、誰かから100円ほどもらえれば万々歳……という具合である。ましてや、月20万円となるとYouTubeでは最低数万のチャンネル登録者数を抱える必要があるはずだ。
「これからライブ配信を行います」
ということで、愛子ママはカウンター上のスタンドにスマホを設置。そこから間もなく、筆者の目の前で本当にライブ配信が始まった。
高額アイテムをくれる人も
この時点で、愛子ママのふわっちでのアカウントは3,800人のフォロワーを抱えている。偶然にも、筆者のYouTubeチャンネルの登録者も3,800人弱だ。ほぼ同数だから、ライブ配信の視聴者がどのくらいの数に及ぶかも大体想像がつく。どうやら、愛子ママの配信は横型(スマホを横にした場合にスクリーン表示される形式)らしい。それならば同時接続数はせいぜい10人弱……と思いきや、配信が始まって間もなく40人、50人、60人、そして100人と同接数が伸びていくではないか!
筆者は我が目を疑ったが、同接数と同時にコメント欄がどんどん自動スクロールしていくのを確認して、これは現実の光景だと思い知らされた。上述のアイテムを投げてくる人も多い。
YouTubeの比ではない!!
配信の途中、どういう話の流れか筆者も画面に映ることに。ライターの仕事も筆者は実名顔出しでやっているから特に抵抗はないが、照れや恥ずかしさを全く感じなかったと言えばそれも嘘になる。
「あ、どうもライターの澤田です」
とりあえずそう挨拶をしてみると、
「さわちゃん、よろしく!」
「さわちゃん、身体デカいね!?」
「さわちゃんは格闘家なの? 納得!」
という具合に反応してくれた視聴者が。さ、さわちゃん……。何だか照れくさいなっ!?
直後、175cm97kgの筆者が腰を抜かすほどとんでもない出来事が。筆者の登場に呼応して、高額のアイテムを投げてくれた視聴者が現れたのだ。あっ、ありがとうございます!!
スナックは「日本独自の文化」
「ふわっちの視聴者は、その8割が30~50代です。同接数の平均が10人ということも考慮して、前々から“スナックみたいじゃないか”という声がありました」
そう説明するのは、jig.jp代表取締役社長CEO川股将氏である。
「他の動画配信サービスというのは、ティーンエイジャーから20代までの利用を想定しています。言い換えると、ふわっちは極めて独特のユーザー層を形成しているのです」
だからこそ、スナックのママのライブ配信はふわっちと相性が良い……と書けば簡単だが、『のぞけるスナック』には「日本独自の文化を下支えする」という使命も組み込まれているようだ。
「スナックの集客というのは、本来決して簡単ではありません。しかし、ふわっちのライブ配信を各店舗の集客につなげ、日本独自のスナック文化が永続的に発展するようにしたいと考えています。ふわっちとママさん、両者ウィンウィンの関係を築いていきつつ、全国津々浦々のスナックが参加できるプロジェクトを目指しています」
その国独自の酒類提供飲食店を、今後も維持できるのか。これは日本に限らず、世界各国で同様に発生している問題でもある。
イギリス・ロンドンのパブがまさにそうだ。客の階級に応じた出入口が2つある古典的なブリティッシュパブは、この国がヨーロッパの片隅から地球上の大半を支配する帝国になる過程を表した歴史遺産でもある。何と、ヘンリー8世が存命だった16世紀中葉から営業している店舗も存在する。
そこからエリザベス1世の君臨と彼女の死後の動乱、清教徒革命、王政復古、アン女王戦争、アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、ビクトリア女王時代、2つの世界大戦を見続けてきて今現在に至るのだが、残念ながら長い歴史はこれからの店の存続を必ずしも保証しない。故に、パブの保護問題がダウニング街10番地(首相官邸の所在地)の悩みの種になることもある。
「伝統的酒場の存続問題」は、その国の文化の維持継承に関する話と言えるだろう。
新テクノロジーの受容
スナックのママさんが配信活動を行い、正統的な収益を得ると同時に新しい客も呼び込む。パンデミック以後の飲食店の経営スタイルを、ふわっちはある意味で我々に提示しているようだ。
地元の人でもその存在に気づいていないような、地方都市の片隅にある小さなスナックに全国各地から人がやって来る。そうしたことができる時代、つまるところそれが21世紀なのだ。「そんなことが簡単に起こるわけない」と言われそうだが、18世紀の人類に「ジェームズ・ワットという発明家が作った蒸気機関が世界を変える」と言っても誰も信じてくれなかったはずだ。それと同様の現象が起こりつつある。
その上で、新テクノロジーの一般浸透は我々が考えている以上に早いという事実を今一度振り返るべきだろう。
世界初の映像作品は、1895年にルイ・リュミエールの手によって撮影・制作された『工場の出口』と言われている。これはルイとその兄のオーギュストが経営していた写真材料メーカーのリュミエール社の正門を撮影したものだが、それから10年もしないうちに物語性のある映画が次々と作られるようになった。「今は何でも進化が早い。昔気質の私にはついていけない」とぼやく人を時たま見かけるが、21世紀だろうと19世紀だろうと革新的なテクノロジーはあっという間に受容されていくものなのだ。
そのような「新しいものの広がり」が、街角のスナックから起きようとしている。
【参考】のぞけるスナック-ふわっち
取材・文/澤田真一