今日の社会生活では屋外でも建物内でもすでに監視カメラや防犯カメラがいたるところに設置されているのだが、そうしたカメラがなんとなく気になるという者もいれば、まったく気にならないという無頓着な者もいるだろう。最新の研究ではたとえカメラの存在を無視していても、実は我々の脳はしっかりと気にしていることが報告されていて興味深い。
監視カメラという“他人の目”で検知能力が高まる
たとえば深夜や早朝の屋外で一見して誰もいなさそうな場所でも、人の気配には案外敏感に気づけるものだ。
人間は進化を通じて周囲にある他者の顔に素早く気づける能力を発達させてきており、この能力は生存戦略においても社会的交流においてもきわめて重要である。
隠密行動のプロフェッショナルである「忍者」が黒装束で顔まで覆っているのは、まさに顔こそが最も目立つボディパーツであることの証左でもあるだろう。
他者の顔に素早く気づける能力は、ある意味では当然だが誰もいない場所よりもすでに人がいる環境でもう一段階向上する。単に他者の顔に気づくだけでなく、顔の視線が向かう方向や、表情にあらわれる感情表現についても敏感に察知できるようになるのだ。そしてこの状況は自分もまた他者から見られているという自覚を伴う体験になる。つまり“他人の目”を感じている状況である。
ではこの“他人の目”の効果は監視カメラでも適用されるのだろうか。
豪シドニー工科大学の研究チームが2024年12月に「Neuroscience of Consciousness」で発表した研究では、監視カメラの存在を知ると、顔や視線の方向を検知するための脳の反応が速くなり、監視されていない者よりも、気づかないうちに他者の顔を約1秒早く検知できることを報告している。つまり監視カメラも“他人の目”として機能していることになる。しかもこれは無意識に起きている現象なのである。
論文主筆で神経科学および行動学の准教授であるキリー・シーモア氏は、これまでの研究で監視されていることがわかっている場合の意識的な行動への影響は明らかになっているが、今回の研究は監視されていることで不随意(無意識)な反応も起きているという初めての直接的な証拠を示したと述べている。
たとえば小売店舗内に監視カメラを設置すると万引きが減ることは実証されているのだが、今回の研究では万引きという意識的な行動だけでなく、無意識のレベルでの刺激反応能力もまた高まっていることが突き止められたのである。
54人の大学生が参加した実験で参加者は誰もいない個室のデスクに着席し、目の前のPCモニター上に現れたぼやけた画像を見せられた。画像のぼやけの程度が低くなり若干シャープになると人間の女性の“顔”であることがわかるものがあるのだが、“顔”であることがわかった時点で参加者はその“顔”が画面の左右どちらに表示されているのかを矢印キーを押してできるだけ早く回答することが求められた。
参加者は4つのグループに分けられ、タスク時の条件がそれぞれ異なっていたのだが、あるグループは個室の中に設置されたビデオカメラを向けられた状況でタスクに挑んだ。つまりカメラで監視されている状況で課題を行ったのである。
タスクを完了した全グループのデータを分析した結果、カメラで監視された参加者は、監視されなかったグループよりも約1秒早く“顔”を検知していることが判明したのである。
参加者の中には監視カメラの存在を気にしていないと申告する者もいたのだが、そうした自称無頓着な参加者においてもやはりカメラで監視された状況のほうが反応速度は早かったのだ。つまりカメラの存在は無意識のレベルで影響を及ぼしていることになる。
シーモア准教授は社会における監視レベルの高まりとプライバシー保護をめぐる継続的な議論を考えると、今回の研究結果は監視がメンタルヘルスと公衆衛生に与える影響をより詳しく調べる必要があると示唆する。
増えるばかりの“他人の目”の中で確認したいことは?
監視カメラという“他人の目”が張り巡らされた現代社会に生きる我々は、たとえ気にしないと無視を決め込んでいたとしても無意識レベルでストレスを受けている可能性はじゅうぶんにあることが今回で研究からも示唆されることになった。
監視カメラは増えこそすれ減ることはなさそうだが、リアルな“他人の目”もコロナ禍を経てより強く意識されるようになったといえるのかもしれない。
いわゆる“マスク警察”から因縁をつけられるのを避けるために、不本意ながらマスクを着けていたという向きも少なくないと思われるし、マスク装着時の人物は露出している目が余計に強調されることから、他者の目にさらに敏感になってしまうという望ましくない副作用があるのかもしれない。
ではどうすれば“他人の目”があまり気にならなくなるのか。
そこで重要なヒントとなるのが「スポットライト効果(Spotlight Effect)」である。スポットライト効果とは、周囲がいつも自分の外見、行動、行為に注目していると考えてしまう認知バイアスのことだ。あたかもステージ上のロックスターのように、自分には常にスポットライトが当たっていると考えてしまうというある意味で自意識過剰なバイアスがスポットライト効果である。
米コーネル大学の研究チームによる2000年に発表された研究では、純朴な和ませ系のキャラクターが大きくプリントされたTシャツを着て人前(大学の大教室)に出るとどれくらいの人間が気付くのかを実験を通じて検証しているのだが、当人が思っているよりもこのTシャツと着用している当人に注目が集まってはいないことが確かめられている。Tシャツを着た当人は人々の約半数(47%)が注目するだろうと予測していたのだが、実際に気づいた人はその半分の23.5%であった。
公共の場などの普通の状況において、居合わせた人々の大多数は基本的に自分に興味を持っていないのは当然であり、注目を浴びるはずもないのだ。
監視カメラを含めて増えるばかりの“他人の目”だが、たとえ無意識レベルでは気になっているにせよ、自分に“スポットライト”が当たっているわけでない単純な事実を時折確認し、肩の力を抜いて社会生活を送りたいものである。
※研究論文
https://academic.oup.com/nc/article/2024/1/niae039/7920510
※参考記事
https://www.uts.edu.au/news/health-science/psychological-implications-big-brothers-gaze
文/仲田しんじ