私達が目指すべき野生動物との共生とは
――宣言は先進的な取り組みですね!鉛中毒で死んだ猛禽類は、私達にその危険性を教えてくれていたとも言えるでしょう。他にも列車事故で死んだエゾジカを二次被害防止のため猛禽類から隠すシートの開発や、プロペラ式風車からブレードのないマグナス式風車への切り替えなどのほか、感電事故を防ぐ感電事故防止器具の設置など、猛禽類を守る活動が行われています。都会に住むビジネスパーソンでもできる、野生動物の保護には何がありますか?
齊藤先生 野生猛禽類の現状と日々向き合っている私たちの率直な気持ちを表に表せば、多くの人たちは共感して行動に移してくれると思っています。ですから「私が伝えたことを、あなたも周りの人に伝えて欲しい。一人に伝えれば2倍になり、二人に伝えれば3倍になります。がんばって 10人に伝えてみませんか?」です。最近はSNSを活用しているので、ぜひ私たちのリアルな日常を感じてみてください。
自然環境や野生動物に興味を持つ人が、猛禽類をもっと近くで見てみたいと思うのは当然のことでしょう。しかし、繁殖行動を妨げる写真撮影や、餌付けは、彼らの生きる力を奪ってしまいます。彼らの生き方をリスペクトして、野生本来の生活を保つ、今風の付き合い方を真剣に考えるべきだと私は思います。
自分の行動を俯瞰的に見ることができる
齊藤先生 私自身、30年近く活動してきてわかってきたことがあります。一つは伝えることの大切さです。人間生活を豊かにするために行ってきた活動によって、私達は知らず知らずのうちに自然にダメージを与え、野生生物の生命を脅かしてきました。私たちが豊かな暮らしを目指してきた結果、絶滅危惧種になってしまった動物がいます。
自然の生態系を、人間の経済活動で破壊させてしまった。それを教えてくれているのが、傷病鳥獣です。そのことを一人でも多くの人に伝えるべきだと、私は思っています。この伝えるということがとても大事なのです。
環境や地球、野生生物に迷惑をかけてしまっていることを知れば、ゴミを捨てる時でも、ちょっと考える。野生動物に悪影響を与えたり、環境を悪化させないように、捨てるでしょう。
車の運転をしていても、野生動物との接触事故を防ぐためにスピードを抑えたりするかもしれません。自然や地球からの視点で、自分の行動を俯瞰的に見て、野生生物に迷惑をかけないような行動へと変えていくはずです。
――知れば、行動を変えることができますね?
齊藤先生 こういうことが起きているんだよ、ということを私はSNSなどで発信しています。リンクフリーで、転載も自由ですし、たくさんのひとに広めてもらって、「世界の常識」にしたいなと考えています。
環境にやさしいと言われている風力発電で、これまでどれだけ多くの鳥たちが命を落としてしまっているか、みなさんはやはり知りません。私は昨日も現場検証行きましたが、悲惨な状況です。
私のところでいくら先進医療を駆使して治療したとしても、30数%しか自然に帰れないのです。残りは死か、一生自然には帰れない。そうした現実を知って欲しい。知ってしまったら、解決に向けて動いてくれる人が出てくるかもしれない。「私も何かしたいな」と思い、感じてくれる人を一人でも増やしたいのです。
それぞれの立場の人が、自分たちのできることを、自分たちのできる範囲で環境治療に参加して欲しい。その人の得意分野から野生生物に目を向けて欲しいのです。
そうやって、何年か後、20年後かもしれないし、50年、もしくは100年後かもしれませんが、より良い野生生物との共生社会が実現すれば良い。私はそのために、細々と活動をしています。私の活動範囲は北海道だけですが、日本全国でそういう活動が増えて、それぞれができることをやって、合わせ技で共生社会を実現させたい。それを日本の常識にしたいです。野生生物に迷惑をかけた人間だからこそ、野生生物と一緒に生きていく自然環境を目指したい。
道徳の教科書にも取り上げられた活動
――最近、小学校の教科書に活動が取り上げられました。
齊藤先生 道徳の教科書や英語に翻訳されて、少しずつ世界に広まってきています。内容は「異業種との活動」です。私たちは感電事故の対策として、バードチェッカーを開発しましたが、勝手に電柱に取り付けることはできません。電力会社の協力が不可欠です。
電力会社は送電線の事故の影響を重要視しています。停電が起きれば日常生活に大きなダメージを与えてしまいます。ですから、私たちは「一緒に停電を防ぎませんか?」と呼びかけました。
猛禽類にとっても良いことですし、電力会社にとっても効果的な対策です。そうやって、反目し合うのではなく、違う立場の異業種であっても、同じ活動が可能になるように提案し、活動していく。そうすれば、環境にも人間にも野生生物にも、みんなに優しい環境が実現できる。冒頭に話したワンヘルスが実現できるわけです。
どうやったら一緒に活動できるのか、その道を探っていきたい。これが初等教育で常識になれば子供たちが大人になったときに、それが常識の社会になるでしょう。新しい世代の人に理解してもらうためには、やはり親御さんの教育も不可欠です。新しい世代に、野生生物とのより良い共生社会を一緒に作っていきませんか?と呼びかけ続けたいと思います。
――ありがとうございました。
齊藤 慶輔さん
1965年埼玉県生まれ。獣医師、日本野生動物医学会理事、環境省希少野生動植物種保存推進員、日本獣医生命科学大学客員教授。
1994年より環境省釧路湿原野生生物保護センター(環境省)で野生動物専門の獣医師として活動を開始。2005年に同センターを拠点に活動する猛禽類医学研究所を設立。傷病鳥の治療や野生復帰、環境保全を行う。近年は、傷病・死亡原因を究明、予防のための生息環境の改善(環境治療)を活動の主軸とする。1997年に鉛ライフル弾による猛禽類の鉛中毒を確認、2022年に高原病性鳥インフルエンザのオジロワシの治療に成功。著書に『野生動物のお医者さん』(講談社)、『野生の猛禽を診る』(北海道新聞社)などがある。
猛禽類医学研究所
猛禽類医学研究所 齊藤慶輔(@raptor_biomed)さん / X
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文/柿川鮎子