北海道で本当の野生動物との共生を目指し、猛禽類医学研究所で傷ついたオジロワシやシマフクロウといった猛禽類の治療を続けている、獣医師の齊藤慶輔先生。最近、その活動が小学校の道徳の教科書などで紹介され、話題になっている。先生が考える新しい野生動物との共生について、聞いてみた。
国内でも珍しい猛禽類のための研究所
――最初に先生が開設された、日本で唯一野生の猛禽類を保護・治療している「猛禽類医学研究所」について教えてください。
齊藤先生 「猛禽類医学研究所」は環境省の施設である「釧路湿原野生生物保護センター」を拠点に活動している野生動物専門の動物病院(獣医療研究機関)です。センターは1993年に希少な野生動物保護のために設立されました。
センターの敷地内には環境省の事務所のほか、我々が活動している研究室や診察・治療室、手術室など、さらに屋外入院ケージやリハビリケージなどがあり、シマフクロウやオオワシ、オジロワシといった絶滅危惧種の保全活動を行っています。私はセンターに着任して30年、研究所を立ち上げてから約20年、こちらで環境省から委託された保護活動や、傷病鳥の救護活動などを行ってきました。
この度、活動についてまとめた本「僕は猛禽類のお医者さん」(KADOKAWA発刊、定価1600円+税)を発刊しました。写真をたくさん入れて、リアルな日常を紹介しています。
――傷病鳥の救護活動はどのように行われるのでしょうか?
齊藤先生 まず傷病鳥の収容ですが、環境省を介した通報がほとんどです。すでに発見されているわけなので収容時は道路脇など目立つ場所にいることが多いですが(個体は動けず)、傷病鳥は隠れるので、通報から時間が経っている場合は探さなければならない場合もあります。
搬送前に重要感染症の検査後、搬送します。傷病鳥の状態によって対応はいろいろありますが、流れとしては、ドクターカーで応急処置をした後、研究室で診察をし、手術、入院、そしてリハビリを行った後、自然へ放鳥します。
オオワシ、オジロワシ、シマフクロウを中心に、年間約100羽の猛禽類が運び込まれています。タンチョウを含めると100羽を超える数になるでしょう。私たちはこうした傷ついた動物を「治す」だけではなく、動物たちが持っている「治ろうとする力を引き出す」ことを目指しています。
生態系の健全性を一つの健康と捉える保全医学
齊藤先生 猛禽類のケガや病気、死亡の原因のほとんどが、人間が関係したものです。我々が治療して野生に帰しても、根本的な原因を取り除かなければ、同じことを繰り返してしまいます。
獣医師として動物を治療するだけでなく、人間も動物も安心して暮らせる環境を作ることが大切だというワンヘルス、すなわち人間、動物、自然環境(生態系)の健全性を一つの健康として考えるという観点から、猛禽類医学研究所では「保全医学」の活動をしています。
――保全医学を検索すると、「人間の健康、動物の健康及び生態系の健康にかかわる領域を連携させるもの」とあります。猛禽類の保護が環境保全だけでなく、人間にも影響を与えるということですね?
齊藤先生 みなさん、小学校で「生態系ピラミッド」を学んだと思います。食物連鎖の頂点にいる動物が生きるためには、下位の豊富な生物と広い場所が必要です。猛禽類に焦点をあてて健全な生息環境を保護することは、生態系全体を傘下に置くように保護することにつながるので、よく傘にたとえてアンブレラ種と呼ぶことがあります。
アンブレラ種は環境変化の影響を真っ先に受けるので、彼らの状況がわかれば生態系に起きていることを把握でき、人間と動物と環境を連携して守る対策が可能になってくるのです。
ジビエを食べる私たちにも及ぶ鉛被害の危険性
――猛禽類を保護する大切さが理解できました。新刊書では猛禽類が多くの人間に関わる事故で傷ついている様子が紹介され、心が痛みます。
齊藤先生 猛禽類医学研究所に運び込まれた猛禽類の疾病や死亡原因のほとんどが人間との軋轢に関わっていました。オオワシとオジロワシでは列車事故と鉛中毒、風車衝突、シマフクロウでは交通事故、感電、漁網や防鹿網に絡まる絡網(らくもう)などがあります。
私は長年、猛禽類の鉛中毒の問題に取り組んでいますが、鉛弾で射止めたエゾジカなどの残滓を食べた猛禽類が中毒死してしまう事例はたいへん多く、問題になっていました。世界中で水鳥の狩猟で鉛散弾が使われ、射止められなかった鉛の散弾が地面や水中にばらまかれて、水鳥が消化を助けるために飲み込む小石と間違えて鉛散弾を飲み込むことが問題になっています。
鉛は猛禽類に被害を与えるだけでなく、野生の鹿などジビエを食べる人間にも影響を与えます。ジビエはこれから学校給食で子供たちが食べる機会が増えてくると予想されている食べ物です。子供と妊婦が特に危険です。
幸い、日本でも2025年からは鉛弾の全国規制が始まります。「銅やスチール弾は鉛弾より機能が劣る」と言われてきましたが、実際に確かめたハンターによると、鉛は獲物に当たった後、砕けて減りながら入り込むので、皮下脂肪の多いヒグマなどでは急所を逸れやすいそうです。
銅弾はライフル弾や大型獣猟用の散弾(サボット・スラッグ弾)の代替弾ですが、獲物にあたっても砕けないので、スピードを保ったまま確実に急所を貫くことがきます。スチール弾は水鳥猟用散弾の無毒弾で、野生生物が飲み込んでも無害で、破片が散らばることもありません。
日本は2021年度には世界に先駆けて、「2030年から野生鳥類の鉛中毒が発生しない国にする」と宣言しています。多くの関係者の皆さんの努力の結果で、成功すれば日本の取り組みがモデルケースとして、世界中に広がる可能性も期待できます。