成功者に共通する資質を子供の頃から育てる『Five Keys』の代表・井上顕滋氏によれば、子どもと接する際、親が感情をコントロールできる状態であることが非常に大切だといいます。そこで、感情をコントロールする5つの方法を、井上顕滋氏の著書『子育てママに知ってほしい ホンモノの自己肯定感』から抜粋して紹介します。
親の感情が子どもの心にブレーキをつくる
親がどのような感情で子どもに物事を伝えるかは非常に重要です。言葉と感情なら、子どもはどちらをより強く受け取るかといえば感情です。いくらネガティブなことを言っても、親が笑顔で言っていれば、子どもはさほど傷つきません。ですので、親が感情をコントロールできる状態であることが非常に大切なのです。ここからは感情をコントロールする5つの方法をお伝えしていきます。
具体的な説明を読む前に、子どもに対してイライラしたり、不満を感じたりする状況を3つ思い浮かべておきます。具体的な例を挙げるのではなく、大体このパターンのときに腹が立つというようなことで構いません。子どもに対するイライラや不満を過剰に感じるのは、子どもに悪影響があるのはもちろんですが、親自身の心身にとっても良くないことです。不満を感じると、副腎からコルチゾールというストレスホルモンが分泌されます。
これは本来、体に必要なホルモンなのですが、過剰に分泌されると非常に害があります。代表的なものとしては、脳細胞にダメージを与えるということがあります。特に記憶をつかさどり、感情を暴走させないブレーキとしても働いている海馬の神経細胞が萎縮することが分かっています。そのダメージによって感情の抑制が利かなくなり、さらに不満が増大するという悪循環に陥ります。親自身の健康のためにも、不満を減らしておくに越したことはありません。
感情コントロール(1)~瞑想で脳を変えることで反応を変える~
感情をコントロールするための1つ目の方法は、瞑想と運動をすることで自分自身の反応を変えることです。まずは瞑想についてです。瞑想は名だたる経営者や超一流のスポーツ選手も取り入れており、近年ではマインドフルネスというスタイルで導入している会社もあります。瞑想すると脳に変化がおきるということはさまざまな研究によって明らかにされてきました。
理解力、集中力、記憶力、判断力、発想力などが高まることが分かっています。さらに他人を思いやる力が高まるほか、ストレス耐性の強化、睡眠の質の向上により免疫力が高まることも分かっています。企業での瞑想を普及させた立役者はGoogleです。Googleで開発されたマインドフルネスというプログラムはさまざまな企業で導入されました。このプログラムに沿って8週間のトレーニングをすると、不安レベルがはっきりと下がるという結果が出ています。
また瞑想をすることで灰白質が増加して神経細胞の領域が増えるという研究もあります。灰白質とは神経細胞が集まっている脳の一部で、運動神経、反射神経、感覚神経をはじめ、記憶、思考力などの機能をつかさどるニューロンがあるといわれています。特に前頭葉や前頭前野と呼ばれる部分の灰白質は、主に感情のコントロールをする上で重要な役割を担っています。
ハーバード大学とマサチューセッツ大学医学部の研究者がマインドフルネス瞑想は脳にどんな影響を与えるのかを調べたところ、マインドフルネスをベースとした8週間のプログラムに参加した人々は、海馬の灰白質の密度が上がっていたといいます。海馬というのは脳の中でも記憶と関連していることがよく知られていますが、前述したとおり、感情の調整にも関わっています。そのため、海馬の灰白質の密度が上がれば、ストレスが抑制されやすくなり、感情が安定しやすくなります。
また、脳の扁桃核にも影響をおよぼします。人類はもともと外敵から身を守るために、瞬時に逃げるのか立ち向かうのかを判断しなければなりませんでした。そのため、人間の脳は緊急事態には視覚情報を大脳が正確に処理する前に、扁桃核が逃げるか戦うかの判断を下します。人間は恐怖を感じる場面で、顔から血の気が引きます。このとき、血液が両脚などに向かうのは全力で危険から逃げ出すためです。また、怒りを感じたときには頭に血が上ります。同時にアドレナリンが急増し、戦いに備えます。このメカニズムは、文明が発達して外敵の恐怖から解放された今も変わっていません。
人間はストレスを感じると、ストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールの分泌が促されて、心身に影響を与えます。そんなときに瞑想をすると、呼吸が深くなり、脈拍が落ち着いて心が穏やかになるのを感じられます。また、瞑想することでネガティブな情報に鈍感になり、ポジティブなことに敏感になることも分かっています。
このように瞑想すると良いことばかりだという話をすると、子どもにもやらせてみようと考える人がいますが、子どもにとっておとなしくじっと座って瞑想するというのは罰ゲームのようなものです。本人がやりたがっているなら話は別ですが、あくまでも親の感情のコントロールに活用するにとどめたほうがよいと思います。
運動で脳を変えることで反応を変える
もう一つ、脳を変えるのが運動です。これも多くの機関で研究されていますが、運動すると脳全体の働きが向上するということが分かっています。運動によって側頭葉や前頭葉などの部位の連携が強化され、全体の働きが上がります。それによってストレスや不安が緩和されるとされています。運動量にもよりますが、きちんと運動すると抗不安剤を飲むのと同じレベルで不安が緩和されるという報告もあります。判断力も上がりますし、セルフコントロール能力も上がるとされています。また、学習能力が向上することも分かっています。思考のスピードが速くなり、集中力も高まります。
なぜそんな効果が出るかというと、トレーニングを継続することで海馬細胞が増加するからです。記憶をつかさどり、感情の抑制にも関係する海馬の細胞が増えると、イライラすることが減ってきます。さらには、ストレスホルモンであるコルチゾールの血中濃度が下がり、脳の老化も抑制します。また、運動によって前頭葉の細胞も増えます。特に前頭葉の大部分を占める前頭前野はセルフコントロールをつかさどっているところで、人間性の領域ともいわれています。子どもは感情の中枢である扁桃体、そして快感や報酬を求める行動や意欲に影響を与える側坐核のほうが先に発達します。
それに対して前頭前野が十分に成熟するのは25歳前後であるといわれています。その時間的な差によって、思春期の子どもは特に理由もなくイライラしやすくなります。子どもが大人のように自分を制御できないのは、基本的に脳の発達の面から見れば普通のことだと知っておくだけで、子どもに対して必要以上にいら立つことも減ります。
子どもに運動系の習い事をさせている家庭は多いと思いますが、このように運動系の習い事にはただその競技が上手になるというメリット以上のものがあります。瞑想と運動で脳を変え、目の前で起きる出来事への反応の仕方を変えることで、感情をコントロールすることができるのです。
しかしながら多くの親たちは子どもの幸せをいちばんに願いながらも、子どもが成長するにしたがって、どんどん欲張りになっていきます。周りの子どもと我が子を比べては、学校で良い成績をとってほしいとか、サッカーや野球などのスポーツやピアノなど芸術系の習い事で成果を出してほしいというように、目先のことにとらわれて必死になってしまう人も少なくありません。子どもたちはお父さんやお母さんのことが大好きなので、一生懸命に親の期待に応えて喜ばせようとします。
しかし、親の期待どおりに活躍できる子もいれば、うまくできずに大きなストレスを抱えてしまい、能力を伸ばし自己肯定感を高めるどころかかえって自信を失い萎縮してしまう子どももいます。親が良かれと思って始めた習い事がかえって裏目に出る場合もあるので要注意です。
感情コントロール(2)~(5)は、次回以降紹介していきたいと思います。
文/井上顕滋
いのうえ・けんじ。1970年生まれ。2004年 Result Design株式会社を設立。最先端の心理学および脳科学を学び、それらを融合させることで人それぞれの持つ能力を最大限に引き出す、独自の能力開発メソッドを確立。3000社以上の企業で経営者・経営幹部への指導や研修を行なう。2011年に未来の成功者を育てるため、小学生を対象とする日本初の非認知能力専門塾Five Keysを設立。2015年には非営利型一般財団法人日本リーダー育成推進協会 (JLDA)を創設し代表理事に就任。現在は特別顧問。講座などを通じてこれまで指導した小学生の保護者は4万人を超える。近著『子育てママに知ってほしい ホンモノの自己肯定感』も好評発売中。
学力だけで子どもは幸せになれるのか?「切りひらく力」を育む世界標準のSEL教育のすすめ
現在、教育移住先として注目を集めているシンガポールの学校で、必修化されているのがSEL(Social Emotional Learning:社会性と情動の学び)である。子ども達が自分自身で生きる道を切り開く力を身に付けることができる、社会性と感情のスキルを伸ばす教育アプローチだ。次世代の教育として世界的に注目されている。このSELについて、家庭での実践方法を具体的に紹介した初めての書籍、「世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣(下向依梨著、小学館発刊、定価1,760円・税込み)」が話題だ。
著者の下向依梨(しもむかい えり)さんは一般社団法人・日本SEL推進協会の代表理事として全国100校以上の学校改革に携わってきた。書籍では家庭でも簡単にできるSEL教育を提唱し、発売前から大注目となっている。今回は書籍をもっと深く読み、理解するためのヒントを紹介しながら、SEL教育への理解を深めて行こう。
なぜSELが今、注目されているのか
最初になぜSELが注目されているのか。これについて著者の下向さんは「学力だけで幸せになれるのか、この命題に、私たちは向き合うべき時期に来ているのだと思います」と新刊書に書いている。
学力という、たったひとつの物差しで優劣を決めてきた、学歴社会。大企業に入社して安定したキャリアを歩む生き方は、すでに古いものになりつつある。
下向さんはSELが注目されるようになった大きな理由のひとつとして、「人間力」が評価される社会に変化してきた点をあげている。学力や運動能力などは数値化しやすいが、コミュニケーション能力や問題解決能力といった数値化できない「人間力」の方が、急速に変化する社会を生き抜くために必要な力となっている。
また、子どもたちの心を育てる教育の必要性が高まってきている点からも、SELに対する期待の声が高まっている。
子どもに与えるストレスは、学習に影響を与えるだけでなく、心の成長にも大きく関わってくる問題である。特に日本では不登校児童生徒数が8年連続で増加し、自殺した児童生徒数は過去最多(令和2年、文部科学省調査結果)と、深刻な社会問題となっている。
下向さんは「子ども達には、これからの社会を生きていくために必要な力を身に付けるべきで、この必要な力とは、子ども達が自分自身で道を切りひらいていく力です」と述べている。自分が生きたい世界を、自分でつくっていく力を身に付ける教育が、SELだった。
SELは言葉の通り1)Socialと2)Emotionalの2つの学び(Learning)である。1)は人と良好な関係を築くための社会的能力で、一般的にソーシャルスキルと呼ばれているもの。2)は自分自身の感情や考えに気づき、また、他者の状態を理解してそれに適切に対応する能力のこと。SELはこの二つの能力を伸ばすことが目的となっている。
5つの力を育むSEL
1)自己理解力:自分への気づきを深める力
自分がどんな時にどのような感情や考えを持つのかを理解すること。また、自分が何を望んでいるのか、何を目指したいのかなど、これから向かっていきたい方向に自覚的になる力も含む。
2)感情抑制力:自分の感情をうまく付き合う力
自分の気持ちや状態に気づき、その感情や思考とうまく付き合うための能力のこと。最近ではアンガーマネジメントという言葉が知られるようになってきた。ストレスマネジメントや自らを律する力、多様性に対する深い理解、他者を尊重する力などのこと。
3)共感力:他者への気づきを深める力
4)社会性・社会スキル:他者と良好な関係を築く対人関係力
相手の背景も含めて傾聴し、対話する力のこと。他者との間に生じた課題を解決し、ときには他者の不適切な言動を注意する力も含まれる。対立した際の交渉力や、必要に応じて他者を助ける力、チームワークも該当する。
5)意思決定力:責任ある意思決定ができる力
責任をもって意思決定する力のこと。適切な選択をする力や、自らの行動が招いた結果に対して責任を的確にとらえる力のこと。
これら5つの力を育み、発揮していくことが、必要な学びに向かい、環境によって生じる心の課題を解決していくことに繋がっていくと、著者の下向さんは解説してくれた。
SELが効果的な3つのポイント
さらに、SELが効果的なのは、1)実践的で年齢を問わず、始めやすいこと。2)子どもの5大悩み(挑戦しない、自分で決められない、自分の意見を言えない、やるべきことをやらない、友達と上手く付き合えない)を解決できること、3)親子の関係改善にも効果的、という3点にある。
これらの問題解決のために、何をすべきか。この本では具体的な事例が詳しく掲載されていて、実践しやすい。例えば自分で決められないのが悩みの子どもには、降水確率40%の日に傘を持っていくかどうかを決めてもらおう。それによって、「選択の自由と責任」を体験するといった、実践方法が掲載されている。
たいていの親は子どもがずぶぬれで帰ってくるのを心配して、「今日は傘を持っていきなさい」と指示してしまう。しかし、傘を持たずに学校へ行き、ずぶぬれになって帰って来た体験をもたなければ、自ら傘を持っていこうという気持ちにならないのは、当然なのである。
傘を持っていくかどうか、自分で決めて、その結果、起きた出来事に責任を負う。こうした具体的な実践事例がたくさん掲載されているのもこの本の特徴の一つだ。さらにSELの観点からの“処方箋”や、“今日からできるSELワーク”も掲載されている。
さらに、親子の社会性と感情スキルが成長し、より良い関係を築けるのもSELの良いところだと、下向さんは解説している。SELを親子の日常にして、共に成長する喜びを実感できる一冊。あなたもぜひ実際に、SELワークを体験してみて!
対談動画はこちら