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もしも動物の鳴き声をAIで解析・翻訳できるイヤホン型デバイス「アニマルコード」があったら?

2025.01.18

未来を予見するSFの世界を描く「パラレルミライ20XX」は、現代社会における技術進化と人間性の融合や衝突をテーマにした連載小説です。シリーズでは、テクノロジーによる新たな現実や、デジタルとアナログが交錯する世界観を通して、私たちが直面するかもしれない未来の姿を描き出します。

イヤホン型デバイス「アニマルコード」

序章:(5月10日午後3時)予兆

 AI研究者の狐塚涼(こつか・りょう)は、自宅のベランダに置いた小さなデッキチェアに寝転び、まどろみの中にいた。大学院の頃から夢中で追いかけてきた研究テーマ「動物の声を聞き取るAI」の開発が、ようやく一段落し、ここ数日の彼は貫徹続きの疲労を癒やすように寝だめをする日々を送っていた。

 しかし、その最中、どこからか小さな声が聞こえてくる。誰かがしゃべっている。人間の声、ではない。もっと高い音域。かすれたような、しかし確かに意味のある「言葉」……。

「おい、もうちょっと寝かせてくれないか。俺たちには昼寝って文化があるんだよ」

 涼ははっとして上体を起こした。ベランダの手すりに、スズメが一羽ちょこんと止まっている。

そのスズメは、涼を睨むような目つきでじっと見据え、まるで人間のように口を開閉しているように見えた。

「どうした、黙るなよ。俺の声、聞こえてるんだろ?」

 声の主はまぎれもなくスズメだった。涼は思わず息を呑む。そして思い至る。――自分が首にぶら下げていたイヤホン型デバイスに搭載した「アニマルコード」が原因だ。

これは、動物の鳴き声をAIが解析・翻訳して人間の耳に届けるためのもの。

だが、まさかこんなに自然に動物と会話が成立するなんて……。

「ど、どうやってこれを使ってるんだ?」

 涼は驚きのあまり椅子から飛び上がるように立ち上がった。アニマルコードは自分しか持っていないはず。動物側にそんな装置が付いているわけでもない。

「どうやって、って……お前ら人間が勝手に作ったんだろ? 俺たちがこうして話せるようにするって宣伝してたじゃないか」

 スズメは首をかしげるようにして、まるで「当然だ」とでも言いたげな態度。涼は思わず冷や汗をかいた。

「確かに宣伝はしたが……それはもっと先の量産型の話で、試作品はまだ僕だけが……」

このアニマルコードは、人間の言葉を動物の鳴き声に変換し、逆に動物の声も人間の言葉へと訳せる“双方向翻訳システム”を備えており、涼はその機能をまったく意識していなかっただけに、いっそう驚いた。

 スズメは羽をばたつかせて言う。「ま、いいだろ。細かい話はどうでも。お前、なんだか顔が疲れてるな。昨日もまともに寝てないんじゃないのか? そんなんで大丈夫かよ」

このスズメ、どこまで人間くさい口を利くんだ……。

「そういう君こそ、何の用なんだ? この時間に俺のベランダで昼寝って、どういう……」

 涼が問いかけると、スズメは素っ気なく答えた。「俺たちスズメの昼寝の場所を探してただけだ。人間が作った建物も、こうしてみると案外使えるところがあるんだよ。ま、研究者だろ? ちっとは休めよ」

 その言葉を残し、スズメはひらりと飛び去っていった。

 その日、狐塚涼の心には妙な高揚感と不安が同時に広がっていた。それは「研究が完成しつつある」という喜びと、「俺はとんでもないものを作ってしまったのかもしれない」という疑念の入り混じった感覚だった。

第一章:(翌朝・5月11日午前)動物の声が響く朝

 翌朝、いつものように目覚まし時計が鳴るより早く、涼は外の騒がしさで飛び起きた。

 ドタバタ、ガサガサ、チュンチュン、ガーガー、ニャーニャー……窓の外が妙にうるさい。ベランダのカーテンを開けると、そこには異様な光景が広がっていた。

 手すり、隣家の屋根、果てはフェンスの上まで――スズメ、カラス、猫、犬、さらにはどこからやってきたのかタヌキまで揃っている。まるで小さな動物園が誕生したかのようだった。

「おい、涼!」

 昨日のスズメが群れの最前列に出てきて、彼を呼ぶ。

「お前、昨日言ってたよな? 人間が動物にもっと発言権を与えるとかどうとか。あれ、本当なのか?」

 涼は頭をかきながら思い出す。確かに昨日のスズメと少し会話はした。しかし自分は「動物と人間のコミュニケーションが可能になるかもしれない」といった程度の話しかしていないはずだ。

「いや、そんなに大げさなことは言ってないと思うんだが……」

「大げさ? 俺たちからすれば、切実な問題なんだよ!」

 すると後ろからカラスが威圧的な声を出した。「そうだ。人間はもっとゴミ収集のシステムを見直せ。俺たちが食うもんが減っちまって困ってるんだ!」

 それを聞いたスズメがすかさず反論する。「お前らカラスが荒らすから人間がゴミ袋を厳重に縛るようになったんじゃないか!」

 犬は犬で「ワンワン!」と吠えながら尻尾を振り、猫は「あくびしながら静かに頷いている」ように見える。タヌキは所在なさげに体を震わせながらフェンスの隅に固まっている。

 涼はうんざりした様子で両手を挙げ、「待ってくれ、みんな。僕はただ、動物の声を翻訳する技術を開発しただけで……」と弁解を試みる。

 すると、フェンスの裏から小さな野良猫が顔を出した。痩せて毛並みがボサボサの、目つきの鋭い猫だ。

「でも、それによって私たちも意見を伝えられるようになったの。あなたが扉を開いたんでしょ?」

 猫の静かな声は、周りの動物たちのワイワイガヤガヤを一瞬だけしんとさせた。

 涼は言葉に詰まる。確かに、このアニマルコードを使えば動物の考えを直接翻訳できる。それが広まれば、動物側の声を無視できなくなるのも道理だろう。

「……分かった。少し時間をくれ。動物と人間の関係について、きちんと考えてみるよ」

 しかしその言葉を聞いたカラスは鼻で笑う。「人間は時間をかけて、結局自分の都合のいい答えを出すんじゃないのか?」

 スズメが「まあ落ち着けよ」と割って入り、「俺たちも今まで行動する機会がなかっただけだ。涼がひとりで決める必要はないだろう?」と口にする。

 涼は深いため息をついて、部屋の奥へ下がった。アニマルコードの試作機を手に取りながら、自分は何をすべきなのか――それを考えるだけで頭が痛くなった。研究者としては成功だが、その先に待っているのは意外に大きな波紋かもしれない。

第二章:(5月12日午後)動物議会のはじまり

 翌日、涼が玄関を開けるとさらに多くの動物が集まっていた。どうやら昨夜の話が周囲の動物たちに伝わったらしい。自宅の庭には小鳥やカラス、猫、犬、ウサギ、タヌキなど、まるで“動物の集会”だ。

「ちょっと、こんなに来られても困るよ……」

 涼が戸惑っていると、スズメが勝手に家の中に入ってきた。「おい、ここを会場にしてくれ。俺たち、話し合いをしたいんだ。どうせお前の技術が発端だろ?」

「な……なんて図々しい……」と涼は思うが、押し寄せる動物たちを追い返すこともできず、渋々庭を“臨時議会場”として提供することに決めた。

 庭には涼が急遽取り出した段ボールや植木鉢を並べ、動物たちが座ったり伏せたりできるようにした。ホワイトボードを用意し、人間側の記録係として涼が書き込む。一方、スズメが「俺が議長だ!」と宣言すると、カラスが「誰が決めた!」とすぐに噛みつく。

「うるせえ、カラスども! お前らはいつも横取りばかりするくせに!」とスズメが挑発する。

「それは俺たちの正当な権利だ!」カラスが威圧的に羽を広げて応じる。

 あっという間に口論が白熱して議会は大荒れ。犬が興奮して吠え始め、ウサギは怯えて草むらに隠れようとする。猫は毛づくろいをしながら冷ややかに「ほら、こうなると思ってたわ」とつぶやく。

「静かに!」

 涼はホワイトボードを叩いて注意を引いた。「まずはルールを決めよう。発言するときは挙手代わりに一声(鳴き声)を入れること。持ち時間は30秒以内。守れなかったら強制終了。いいね?」

 嫌々ながら動物たちも頷き、ようやく落ち着きを取り戻す。

議題1:縄張り問題

 スズメが素早く口を開く。「カラスが電線を占領してるせいで、俺たちが止まりづらいんだよ! あれはそもそも人間のインフラなんだから、平等に使わせろ!」

 カラスは反論。「占領? ふざけるな。あそこは俺たちが先に見つけた。お前らは細い枝にも止まれるんだから他を探せばいいだろ」

 再び口論になりかけたが、猫が「落ち着いて。具体的な解決案を出してほしいわ」とクールな声を響かせる。スズメとカラスは一瞬睨み合うが、続けて発言を始める。

議題2:ゴミ収集システム

 カラスが待ってましたとばかりに言う。「まず、人間にゴミ袋を厳重に縛るのをやめさせろ。俺たちはあれを漁(あさ)らないと生きていけないんだ!」

 スズメが即座に反論。「お前らがゴミを散らかすせいで、どれだけ人間が困ってると思ってるんだ?」

「黙れスズメ! お前ごときが偉そうに言うな!」とカラス。

 再び騒然となり、涼はまた頭を抱える。「ここで誰も譲らないなら、人間側に伝える意味がない。要望をまとめられないと役所に掛け合うこともできないんだ!」

 ふと、ウサギが小さな声で、「公園にもっと草や隠れ場所が欲しいんです……」と訴える。涼はそれをホワイトボードに書き込む。「なるほど。小動物には安心して隠れる場所が必要なのか……」

 猫が涼の足元に寄ってきて、低い声でつぶやく。「夜の街灯は明るすぎるわ。私たちが狩りをするのに邪魔なの」

 続いて犬が「ワン!」と吠えた後、「僕たちだって、夜に散歩してると目がチカチカするんだ。あれは問題だよ!」と話す。

 こうしてカオスな“動物議会”が延々と続き、涼はホワイトボードとにらめっこしながら動物たちの要望をまとめる作業をしていた。スズメがキーボードをめちゃくちゃに叩いてデータを修正しては、カラスがインクをこぼし、猫が「フォントがダサいわね」と冷静に批評する。

 涼は半泣きになりながら書類を完成させ、市役所へ提出する決意を固めた。

第三章:(5月17日午前)壁にぶつかる人間社会

 数日後、涼は書類を携えて市役所を訪れた。アニマルコードの概要と、動物たちから寄せられた様々な要望、具体的な改善案――それらをすべてまとめた書類は数十ページにもなった。

 しかし、窓口で対応した職員たちはあからさまに困惑しながら言う。

「動物の声を聞いてシステムを変える? そんなのあり得ません。前例がないですし、私たちには対応しかねますよ」

 上司と思しき人に回されたが反応は同じ。「冗談はよしてください。市の予算を割くわけにはいきません」と匙を投げられてしまう。

 落胆した涼が帰宅すると、庭には動物たちが再び集まっていた。

「……だめだったか?」スズメが開口一番に尋ねる。

 涼は肩を落として頷く。「全く相手にされなかったよ。まだ社会は動物の声を真剣に取り合ってくれないみたいだ」

「まあ、人間なんてそんなものさ。お前がやろうとしたことは、俺たちも分かってる」スズメはやけに冷静だった。ウサギが「あまり気を落とさないでください」と小さな声で労わり、猫も「諦めるには早いわ」と涼の脚元をすり抜けていく。

 その夜、涼は研究室で悶々としていた。アニマルコードの開発者として「動物の声」を可視化するのが夢だった。しかし、社会に受け入れてもらえずに尻すぼみになるのだろうか――。そんな諦念が頭をもたげてくる。

 そこへ、窓のサッシの隙間からスズメが姿を現した。「おい、腐ってる場合じゃねえぞ」と囁くように言う。

「でも、どうすればいい? 役所がダメなら何も変わらないじゃないか……」

 スズメは不敵に笑う。「市役所や政治家が聞かないなら、直接市民の目に触れる形で見せてやればいいんだよ。ついて来い。面白いものを見せてやる」

第四章:(5月17日夕方)動物たちのネットワーク

 スズメに導かれるまま、涼は夕暮れの街を歩いた。公園を抜け、廃工場や倉庫の並ぶ寂れた一角へ向かう。街灯もまばらで、ガランとした薄暗い道を進むと、やがて古びた倉庫の扉の前にたどり着いた。

「ここに入るのか?」と涼が問うと、スズメは翼で合図し、扉を押し開ける。

 中は電源の取れないはずの廃倉庫とは思えないほど、煌々(こうこう)と複数のスクリーンが輝いていた。壁一面に並んだモニターには、街の様々な場所が映し出されている。ビルの屋上や電線の上から猫の姿やカラスの群れが映り、森の中や公園の植え込みにはウサギやタヌキが潜んでいる様子がライブ中継されていた。

 さらに端の方ではネズミがキーボードを叩き、データらしきものを整理している。

「これは……どういうこと……?」

 涼は呆然と立ち尽くす。

「お前が作ったアニマルコードのおかげで、俺たちは情報を共有できるようになったんだ」

 スズメは得意げに胸を張る。「アニマルコードがひとつだけでも、そこで作られた翻訳データはすぐに広まるんだ。お前の研究データをもとに、俺たち動物でも分かる形に変換されてるからな。それに、人間が張り巡らせたネット回線や機械は便利だろ?カラスは空から街を見渡して配線を探せるし、ネズミは細い隙間を通って機械をいじれる。

猫は夜の暗がりでも自由に動ける。そうやってアニマルコードの翻訳情報を使いながら、人間のインフラを横から利用して、ここにいろんなデータを集めてるのさ」もちろん、動物たちが突然、生物として進化したわけではない。アニマルコードによる翻訳と情報共有の仕組みが、彼らの社会的知能を一気に引き上げたのだ。今まで独立して動いていたスズメやカラス、ネズミたちが互いの知見を素早く交換し合い、まるでひとつの大きな組織のように行動し始める。

それはさながら、彼らが別種の進化を遂げたかのようにも見える変化だった。
涼は大きく目を見開きながら、その光景に圧倒される。廃倉庫とは思えないほど整然としたシステム。動物たちは自分たちなりに人間社会のテクノロジーを取り込み、既に独自のネットワークを築き上げていたのだ。

 倉庫の一角では、別のネズミが映像データを解析し、不法投棄や違法伐採などの現場を押さえた映像が次々とモニターに映し出される。

「これを見ると、確かに人間の社会には問題が山積みだ……」涼はスクリーンを見ながら唸るように言う。環境破壊、ゴミ処理の不備……。

「もちろん、お前が提案してくれたように、俺たちも話し合いたいんだよ。でも、人間がそれを認めないなら、俺たちは俺たちで行動するしかないだろ?」

 スズメがしんみりした口調で言う。その目にはどこか覚悟めいた光が宿っていた。

「俺たちは、この大量の映像とデータをSNSとかに流す手筈を整えてる。ゴミがどうなっているのか、実際の町の裏側を人間に突きつけるんだ。そうすれば、少しは役所だって動かざるを得なくなるだろ?」

 涼ははっとする。確かに、“社会を動かす”には広い世論を味方につけるのが最も効果的だ。ここにいる動物たちは、もはや単なる被害者ではなく、自分たちの意思でものごとを変えようとしているんだ。

「分かった……僕も協力するよ。情報をまとめて、人間向けにプレゼンテーションを作ろう」

 そう言うと、スズメは大喜びで「お前、やっぱり話がわかるな!」と翼をばさばささせた。

第五章:(5月24日午前)波紋の拡大

 それから1週間後。

 市内のメインストリートの一角にある大型モニターに、突然「動物たちの視点から撮影された映像」が映し出された。夜のゴミ捨て場を荒らすネズミ、捨て猫や捨て犬たちが漂流する河川敷、野良のカラスが過密化した都市部で餌に苦しむ姿……。そして同時に「まだ人間には知られていない不法投棄の場所」や「山奥で進行中の開発」の現場も映し出される。SNS上で爆発的な話題になり、人々の間に衝撃が走る。

「何これ? 動物が撮影したって本当?」

「嘘だろ、CGじゃないの?」

 最初は半信半疑だったが、「カラスが街でケーブルを伝って撮影した映像を挙げるアカウント」や「猫が夜の工事現場を記録して投稿した映像」などが次々と正体不明のアカウントからアップロードされ、メディアも無視できなくなっていった。

 あるテレビ局が特集番組を組み、そこへ狐塚涼がゲストとして招かれた。

「この動画、本当に動物が撮影し、あなたの開発したAIで人間に声を届けているのですか?」

 キャスターの問いかけに、涼はうなずく。「ええ、私が研究しているアニマルコードは、動物の鳴き声をデータに変換し、逆に動物同士でも情報を共有できるようにした技術なんです。もともとは生態研究目的でしたが、いまや動物自身がこれを使って、社会へメッセージを発信しています」

 スタジオの空気が一気に張り詰める。キャスターは続けざまに問いかける。「では、動物が人間社会に対して何か要求を突きつけている……ということなんでしょうか?」

「そうだと思います。……ですが、彼らは一方的に人間を攻撃したいわけではありません。共存の道を探しているんです。問題は、それを人間側がどう受け止めるか……」

 涼の言葉は全国に放送され、視聴者たちは嫌でも考えさせられることになった。そして市役所や行政にも、市民からの問い合わせや要望が殺到する。

「動物の声を無視するな!」

「新しい共存計画を立ち上げるべきだ!」

 当初はまったく取り合わなかった役所も、次第に重い腰を上げざるを得なくなり、「動物問題特別委員会」の設置を発表した。

第六章:(5月31日)過激化する動物たちの行動

 ところが、状況は意外な方向へ進んでいく。

 特別委員会が発足こそしたものの、議論は遅々として進まない。根強い反対意見や予算問題で、動物たちの要求を具体的にどう実現するのか誰もが及び腰。市議会の一部議員からは「そもそも動物に権利など認めるべきではない」という強硬意見まで出始めた。

 そんな中、動物たちのフラストレーションは再び高まる。すると、カラスやネズミの一部グループが、ついに“直接行動”に乗り出したのだ。

 彼らはまず主要な通信ケーブルを狙って断線を引き起こす。夜中にカラスが一斉に電線に降り立ち、ネズミがその付近の制御装置をかじってショートさせる。その結果、市内のある区画が停電となり、混乱に陥った。

 次いで、ネズミやタヌキがゴミ収集車のルートを封鎖し、ゴミ捨て場を混乱させる。街中にはあふれたゴミ袋が散乱し、衛生上の不安が広がった。

 ニュースは連日「動物テロ」とまで騒ぎ立て、世間はパニック状態に。SNSは「動物なんか皆駆除してしまえ」という過激な声と、「これは人間が招いた自業自得だ。今こそルールを変えるべき」という擁護派で真っ二つに割れる。

 その惨状を見た狐塚涼は内心で恐怖を覚えつつ、動物たちのところへ駆けつけた。

「こんなことをして何になるんだ? 暴力を振るったら、余計に人間社会の反発を招くだけだろう!」

 スズメが涼をまっすぐ見て答える。「俺たちは暴力をしたいんじゃない。だけど、人間が動かなければ、こんな方法しかないんだ。カラスやネズミのグループも、もう我慢の限界に達してる」

「スズメ……」

 涼が眉をひそめてスズメを見ると、スズメは静かに目を伏せる。「俺だって本当は嫌なんだよ。お前に借りを作ったこともあるし、人間と分かり合いたい気持ちもある。でも、カラスやネズミたちの言い分も分かるんだ。『言葉』を手に入れた今こそ、行動しなきゃって」

 そう言うスズメの表情は複雑だった。涼は心の中で何かが軋むのを感じながら、かすれた声で言った。

「分かった。もう一度人間社会に働きかけてみるよ。だから、無闇に騒ぎを大きくしないでくれ」

 スズメはしばらく黙っていたが、やがて「約束はできない。けど、お前のことは信じたい」と言い残し、暗い空へと飛び立っていった。

第七章:(6月4日)建設される「動物都市」

 しかし、その後も対立は容易に収束しなかった。動物の過激派グループと、動物に権利を与えるなど論外だとする人間側の強硬派が、それぞれ声を大きくしていく。

 一部の動物たちは街中での生活を諦め、廃工場や使われなくなった倉庫などを「動物の拠点」として改修し始めた。カラスは高所監視を担当し、猫は敷地内の治安維持を任され、ネズミたちは電気配線を巧みに操作して最低限のインフラを確保。タヌキは外界との物資調達を行い、イタチやキツネの仲間も加わって、徐々に“動物だけの社会”が形作られていった。

 それはもはや単なる隠れ家ではない。一部エリアには廃材を使った発電装置が設置され、ソーラーパネルや風力発電を導入して独自のエネルギーを確保。ゴミを利用した資源リサイクルの仕組みも作り、動物たち独自の「都市計画」とも言える運営が進められる。

 外部から見るとその区域はフェンスや鉄条網で守られ、人間は立ち入れない“結界”のようになっていた。メディアは「動物たちによる自治区」と呼ぶようになり、人々の関心はさらに高まる。

 狐塚涼はこの動向を複雑な思いで見つめていた。自分が開発したアニマルコードが、動物たちに自立の道を与えていることは喜ばしくもあるが、その結果、人間と動物がバラバラに暮らす分断を生み出しているのではないか――そんな危惧が拭えない。

「共存って、いったいなんなんだろう……」

 研究室の机に向かいながら、涼は自問する。動物たちが自由を獲得するのは望ましい。しかし彼らが暴力や分断へ走れば、ますます溝が深まるだけではないのか、と。

第八章:(6月14日)決定的な衝突と新たな可能性

 やがて決定的な衝突が訪れる。

 市議会が強硬策に乗り出したのだ。過激化した動物たちを制圧するため、一部の保守系議員や関連企業が「動物エリアへの立ち入りと強制撤去」を検討し始めた。警察や害獣駆除の専門家を動員して、大規模な作戦を行うというのだ。

 この計画を知ったスズメやカラスたちは、当然「抵抗する」と宣言する。さらにネズミやタヌキ、イタチなどが地下道や下水路を利用し、守備ラインを強化。もはや一触即発の様相を呈していた。

 そのことを知った涼は居ても立ってもいられず、再び動物たちの拠点へ向かった。フェンスの前には猫の見張りが立ちはだかるが、涼の姿を確認すると、すぐに警戒を解いて中へ案内した。

 内部ではスズメとカラス、そして猫のリーダー格が一堂に会して作戦会議をしていた。テーブル代わりの巨大な木の板の上には、市街地の地図やケーブル網の図が広げられている。

「おい、涼。よく来たな」スズメが振り返る。「人間が仕掛けてくるらしいじゃないか。どうする? お前は人間側の人間だろう?」

 涼は苦い顔をしながら、まっすぐスズメを見返す。「お願いだ、抵抗しないでほしい。下手すれば、本当に大量の動物が犠牲になる。そんなことを望んでるわけじゃないだろ?」

 カラスが低い声で言う。「だが、何もしなければ蹂躙されるだけだ」

「そもそも人間が追い詰めたんだ。俺たちはただ、生きる場所を確保したかっただけなのに……」タヌキがうつむくように呟く。

 そこへ猫が静かに口を開く。「私は戦うためにここにいるわけじゃないの。でも、ここで黙っているだけでは守れないものがある。それが動物たちの自由と誇りよ」

 動物たちの熱のこもった言葉に、涼は胸が苦しくなる。彼らもまた懸命に生きている。もはや誰かに使役される存在ではなく、一つの社会を築く主体として活動しているのだ。

「……分かった。僕に一つ、案がある。人間と動物の全面対決を避けるために、交渉の場を作ってほしい。そこには必ずメディアも呼ぶし、僕が身を呈してでも止める。だから、直接戦う前に、最後の対話のチャンスを作ってくれないか」

 スズメとカラスはしばし沈黙し、猫が涼の顔をじっと覗き込む。

「あなた、覚悟はあるの?」と猫が尋ねる。

「ある。僕はこの技術を作った責任を負わないといけない。動物と人間が衝突するのを放置できない」

 その言葉を聞いて、スズメは翼を小さく震わせた。「いいだろう。もしそれで人間に裏切られたら……次こそ本当に戦うぞ」

 涼は力強く頷いた。「それまでに、僕がなんとかする」

第九章:(6月17日午前)対話のための会合

 そして運命の日。

 市の郊外にある広い公園が、メディアや市議会関係者、動物の代表たちの会合の場として使われることになった。涼はスズメや猫たちと共に会場設営に取りかかる。自然保護団体のメンバーも協力して、最低限のステージやマイクを用意し、手作り感満載の小さなイベントのようになっていた。

 当日、テレビ局のカメラが公園に入ると、そこにスズメやカラス、猫、ウサギ、タヌキ、ネズミといった無数の動物たちが散らばり、その中心に狐塚涼が立っていた。対する人間側は市役所の特別委員や市議会の議員たち、環境保護団体の関係者が横一列に座る。

 涼がマイクを持って口を開く。「本日はお集まりいただきありがとうございます。私はアニマルコードを開発した狐塚涼と申します。動物側の主張と人間側の意見をできるだけ対等に交わし、平和的な解決策を模索するための場にしたいと思っています。そこで、アニマルコードを組み込んだ特別マイクを用意しました。人間が話せば動物たちに、動物たちが鳴けば人間に、それぞれ自動的に伝わる仕組みです。 お互いを尊重しながら、ぜひ建設的な意見交換をお願いいたします」

 動物たちを代表して、まずスズメが飛び立ち、ステージ上のスタンドマイクに止まった(その姿を目にした議員たちは唖然とする)。

「俺たちは人間を敵視したくてこうなったわけじゃない。だけど、今まで何を言っても届かなかったんだ。俺たちの生存権を少しは尊重してほしい。ゴミを荒らすのだって仕方のないときがあるし、電線を拠点にするのだって、居場所がないからだ。俺たちだって安全に暮らしたいんだよ」

 その後、カラスが「ゴミ収集システムの見直しを」という訴えを行い、ウサギは「隠れられる草地を増やしてほしい」と声を震わせて主張する。猫は「夜間の街灯が明るすぎる。もっと自然に近い暮らしをしてみたい」と率直に語った。

 一方、人間側の議員たちはまだ動揺を隠せない様子。だが、涼が丁寧にマイクを回していくことで、少しずつ意見が出始める。「市民生活に支障が出るのも事実だ」「しかし、共存を模索するのは大事だ」など、賛否入り乱れた議論が交わされた。

 途中、保守強硬派の議員が「動物に権利などありえない!」と大声を上げ、会合が白熱しかけたが、猫が「私たちは権利が欲しいのではないわ。生きるための最低限の尊厳を認めてほしいだけ」と静かに言い返す。その声は冷静で、むしろ議員の方が過激に見えるほどだった。

 何時間にも及ぶ話し合いの末、最終的に合意が成立したわけではない。けれど、「互いの立場を知り、今後も話し合いを継続する」ことだけは確認された。主要なメディアがそのやり取りを生中継し、SNSやネットニュースでは「あのカラスは理路整然としていた」「スズメの演説は泣ける」などと大きな反響が起こった。

第十章:(7月7日昼)運命を分けた出来事

 この公園での対話集会からしばらくして、ある“大事件”が起きる。

 夏の日差しが容赦なく照りつけ始める頃、近郊の山地で大規模な土砂崩れが発生し、麓の住宅街が土砂に飲み込まれたのだ。人間側も消防団や警察、自治体が総出で救助にあたったが、二次災害の恐れから足場が悪く、一時作業が難航した。そこへ真っ先に駆け付けたのがカラスの群れと、タヌキやネズミたちだった。

 カラスは上空から被災状況を確認して、人間の救助隊に「どこに生存者がいるか」をアニマルコードを通じて知らせた。タヌキは地盤の緩んだ箇所を先回りして掘り進み、下敷きになっていた人間を奇跡的に救い出す。ネズミは細い隙間をすり抜けて奥に閉じ込められたペットや子どもを探し、位置情報を共有した。

 そのおかげで多くの人命が助かったことが、後に報道された。人間は初めて大きく意識を変えた。「動物たちと協力する」という発想が、単なる理想論ではなく、現実味を伴った可能性として認識され始めたのだ。

 大災害の発生は悲劇ではあったが、その後、人間側と動物側の対話は一気に進展した。市議会は動物都市との“共存協定”の検討を本格的に始め、空き地や廃棄施設を動物が利用できるように行政が斡旋する案が浮上。動物都市では緊張が続く過激派と、共存路線を探るグループが議論を重ね、最終的に「対話を続ける」という方向で意見がまとまった。

第十一章:数年後の光景

 さらに数年が経過し、その間に紆余曲折はあったが、動物都市は静かに発展を続けていた。高層ビル群のただ中にある廃工場跡や倉庫街が、今では動物たちの拠点として機能し、独自のエネルギーシステムや情報ネットワークを維持している。

 人間社会もまた、動物たちを単なる「家畜」や「害獣」としてではなく、一種の“新たな住民”として受け入れる仕組みを少しずつ整備し始めた。ゴミ収集については一部地域でルールが見直され、夜間照明の省エネ化も進む。子どもたちが「猫の巡回隊」を見かけては元気よく手を振る姿が、街のあちこちで見られるようになった。

 夕暮れ時、狐塚涼は高台から街を見下ろす。薄橙の空の下、いくつかのビルの上にはカラスが舞い、倉庫街には動物たちの灯りがともる。それはかつての闇雲な暴走とは違い、互いに折り合いを探りながら進む新しい光だ。

 スズメがひらりと舞い降りて、涼の肩にとまる。二人(?)はしばし無言のまま、街の風景を眺めた。

「なあ、涼。お前はまだ答えを探してるのか?」

 スズメがぽつりと問いかける。

 涼は苦笑しながら首を振る。「正直、分からないことばかりだよ。だけど、僕は君たちが選んだ道を見守りたい。……それでいいんだろ?」

 スズメは満足げに微笑むように、翼をふわりと広げて一言だけ返す。「ああ、それでいいんだよ。」

終章:それぞれの未来へ

 そのままスズメは夕暮れの空へ羽ばたいていく。

 狐塚涼の胸には、一つの確信が宿っていた。それは、「共存は簡単な道ではないが、動物たちと人間が同じ未来に向かって歩み始めた」という実感だ。アニマルコードは単なるツールだった。しかし、そのツールによって動物たちは声を得て、自らの意思で社会と向き合う道を選んだ。

 猫は都市の夜を優雅に巡回し、カラスは高所から街を見守り、スズメやウサギは人間の公園を借りながらも独自の縄張りを守っている。タヌキやネズミ、イタチたちは廃棄物のリサイクルを研究し、新たなエコシステムを都市に根付かせようと奮闘している。

 動物たちはそこに暮らし、人間はそれを見守り、時には衝突しながらも協力の術を探っていく――。もはや、それは誰にも止められない大きな流れだった。

 夕闇がじわじわと街を包みこみ始めたころ、 高層ビルの合間で明かりが灯りだし、しんとした空気とともに動物都市からも小さな光が見え始めていた。その光を、涼は静かに見つめている。

まだ完全には落ちきらない、どこか赤みを残した空の向こうから、スズメの高らかな鳴き声が響いてくる。

まるで 「今日という一日を共に締めくくろう」とでも言っているかのように、スズメは夕暮れの街角へ元気に声を上げていた。

 狐塚涼は微笑む。彼の研究はつまずきも多かったが、その先に生まれたものは単なる技術革新ではなかった。動物たちが自分たちの意思で立ち上がり、人間の社会に問いを投げかけ、そして共に新しい世界を創り始めた――。

 これから先、どんな困難が待ち受けているのかは分からない。しかし、今はただ、動物たちが紡ぐ言葉と意思を尊重したい。涼はそう強く胸に誓いながら、アニマルコードの端末を握りしめ、ゆっくりと研究室への道を歩き出した。

 これが、人間と動物が交錯する新たな時代の序章になるとは、まだ誰も知らない。

 ――人間もまた、自然の一部。動物もまた、知性の担い手。互いの違いを認め合う道を歩み始めるとき、そこには今までにない「世界」が生まれるのだろう。

 そう、スズメの鳴き声がどこからともなく響いている。

 まるで「同じ空を、自由に飛ぼうじゃないか」と誘うように。

<完>

文/鈴森太郎(作家)

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2024年12月16日(月) 発売

DIME最新号は、「大谷翔平研究!」。今年を象徴するDIMEトレンド大賞の発表や、Aぇ!group、こっちのけんと他豪華インタビューも満載!

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