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当事者の声から生まれたコクヨの「HOWS DESIGN」が実現するウェルビーイングな職場とは?
普段何気なく使用しているモノやサービスも、ある人からすると使い辛さや不便を感じていることがある。その課題や困りごとを解決することで、よりウェルビーイングにつなが...
当たり前のように使っているハサミやイスも、別の視点で見ると改善の余地がある。ある人が感じる“使い辛さ”や不便を解決することで、多くの人にとっても快適な商品やサービス、価値を思いつくかもしれない。
文房具やオフィス家具を製造・販売するコクヨ株式会社は、 “社内外のWell-beingを向上”を掲げ、「インクルーシブデザインの商品開発」を行っている。高齢者や障がい者、性的マイノリティ、海外の方など、多様な人々が利用しやすい製品やサービスを設計するインクルーシブデザインは、デザイナーが想像して課題点を考えるのではなく、ユーザー(当事者)が開発初期段階から意見を出し、積極的に反映する。
ハサミやイス、電源コンセント―当事者と共に開発した商品で暮らしがより便利に
『HOWS DESIGN』やサステナビリティについて語るコクヨのメンバー
コクヨは、コクヨ流のインクルーシブデザインのプロセスを『HOWS DESIGN(ハウズデザイン)』と名づけ、2023年から本格的に推進してきた。大阪に、社員と障がいのある社員が対話できる『HOWS PARK』というラボを設立。“インクルーシブデザインの実験ラボ”として、一緒に対話しながらインクルーシブデザインを開発する。24年のコクヨグループの新製品のうち、20%を『HOWS DESIGN』のプロセスを経て開発するという目標を定め、新シリーズ上市率(※商品開発の成功率)が28%に達し、目標を超えた。
『HOWS DESIGN』のハサミ『サクサ』と『持ちやすいバンド付きIDカードホルダー』
『HOWS DESIGN』から誕生した事例として、ステーショナリー事業では、上肢障がいのある方や左利きユーザーでも使いやすいハサミ『サクサ』、ファニチャー事業では幅広い年齢層や障がい者が使いやすいイス『Hemming』、上肢に障がいのある方と開発した電源コンセント『Energy Line』などがある。
また通販事業のカウネットからは、『持ちやすいバンド付きIDカードホルダー』や、オフィス備品や消耗費の『取り出しやすいシリーズ』『視認しやすいシリーズ』などがある。
今回は、開発関係者の同社グローバルステーショナリー事業本部・開発本部技術開発センターの藤木武史さん、ワークプレイス事業本部・ものづくり開発本部シーティング開発部の林友彦さん、株式会社カウネットのMD本部MD3部の本澤真悠子さんが、『HOWS DESIGN』の商品について解説した。
左利きユーザーや上肢障がい者の意見を取り入れたハサミ『サクサ』や最大5口まで差しこめる電源コンセント『Energy Line』
サクサは2010年から販売しているコクヨの基幹商品。その開発は『HOWS DESIGN』が始まる前から取り組まれていた。開発当事者が左利きだったことから、当初は「左利きでも使いやすいハサミを作ろう」という思いがきっかけとなっている。その後、『HOWS DESIGN』がスタートし、上肢障がいの方の意見も取り入れた開発に至った。
担当の藤木さんは「サクサのポイントは“手”。普段何気なく使っているハサミは、ほとんどが右手用に設計されています。ハサミは上の刃と下の刃をすり合わせるようにして切りますが、その設計は“右手の親指と中指を使うこと”ですり合うようになっているのです」とハサミの構造を説明。「逆を言うと、左利きの方が使うと刃が離れてしまってとても切り辛い。日本で約1200万人が左利きといわれる中で、ほとんどの左利きの方が、右手用のハサミを(利き腕ではない)右手で使っています」と問題点を明かした。
サクサと通常のハサミで切り比べすると切りやすさの違いが分かる
「サクサはそれを解消するため、ハンドル部分と刃を少し傾斜させました。そうすると右手でも左手でも、自然と刃がすり合う状態になる。どちらの手で使っても切りやすいハサミが出来上がりました。『HOWS PARK』で上肢障がいの方やマヒがある方、普段ハサミが使い辛い方に試していただいて、『非常に使いやすい』と高い評価を得ました。これまでに7種類以上の角度を調整した試作品を作り、最終角度の刃を作りました」
さらに注目すべき点は、サクサのパッケージを24年からすべて紙パックに変更したこと。藤木さんは、「以前までは透明な紙で挟むタイプで、そこにシールを貼っていろいろな情報をたくさん載せていました。紙パックにすると写真がほとんどなので、“必要な情報”が限られてしまいます」と、紙パッケージにすることでのデメリットを説明。しかし「視覚障がいの方や高齢者と一緒に売り場に行って、『買う時にどこの情報を見るのか』を観察しました。そうすることで、“必要最低限の情報”でもお客様に迷わず買っていただける、シンプルな新デザインのパッケージを作りました」と、『HOWS PARK』の視点を取り入れたという。
この紙パッケージには、文房具業界初のアクセシブルコードを搭載。スマートフォンで読み込むと、その場で商品の説明画面が映し出され、再生ボタンを押すと商品の説明を始める。藤木さんは、「視覚障がいの方だけでなく、“小さな文字での説明書が読めない人”にも安心して使っていただいています」と語る。アクセシブルコードは日・中・韓・英の4か国語に対応している。
「インバウンドのお客様も多いので、ハサミを買っていただいた時に、使い方や使用上の注意をその国の言葉で音声として聞くことができます。“手”の障がい、“目”の障がいを、ユーザーと一緒に調査・観察しながら出来上がったのがサクサです」
ファニチャー事業の『Hemming』は、下肢障がいなど「イスが使いにくい」と感じている人々と開発に取り組んだ。林さんは「『イスに座ること』は簡単なことと思いきや、障がいを持った方の行動を観察すると、イスに座るという行為は複雑なタスクをしていることが分かります」と語る。「座るためにイスを引いて、身体をまわして座る。その後、位置を微調整する。立つ時にはまたイスを引かなければいけない。すごく複雑なことをやっています」とイスに座るための一連の動作を説明し、「行動観察を繰り返すことで、『どこに違和感を持っているか』をチェックし、ひとつひとつ丁寧にプロダクトとしてデザインします」と語った。
『Hemming』の特徴は、背もたれの上部。「片手でも引きやすいハンドルデザインにして、身体を横に向けやすく、立ちやすい座面形状にしています。イスの脚の先も、引いた時に音が鳴りにくいように細かい工夫を積み重ねています。下肢障がいをお持ちの方だけでなく、障がいを持っていない人にとっても使いやすくなっています」とポイントを語った。
また、机の上などで使用する電源コンセント『Energy Line』は、上肢障がい者と一緒に開発。「当たり前に抜き差ししているコンセントも、上肢に障がいのある方には複雑なタスクです。細かいところに正確に差しこまないと差さりません」と、設計を変更した。電源の口数に制限がなく、使用人数が増えても使用できるのが特徴。一般的な家電プラグであれば最大5口まで差しこみできる。林さんは、「『オフィス家具はこういうもの』『当たり前』というものを、特性を持ったユーザーと共に開発することで、どんどん変えていきたいです」と語った。
取り出しやすさの前に「開けやすさ」―ユーザーの意見で根本に立ち返った『取り出しやすいシリーズ』
プライベートブランドの商品企画を担当する本澤さんは、『持ちやすいバンド付きIDカードホルダー』について、「ステーショナリー、ファニチャー、通販の3事業が合同で行ったワークショップから生まれた商品です」と紹介。「『HOWS DESIGN』の原点である『HOWS PARK』が、本当に使いやすいオフィスなのかを検証するワークショップを合同で行いました。上肢障がいの方がカードリーダーにタッチする時に、“平面から平面へタッチする作業”が難しいということが分かりました」と振り返った。
その課題解決から生まれたのが『持ちやすいバンド付きIDカードホルダー』。本澤さんは「後ろ側にバンドがついていて、“手を通す・掴む”など好きな持ち方をして、平面と平面がタッチしやすい形状になっています」と説明。「上肢障がいの方の“持ちやすさ”の解決だけでなく、例えばたくさん荷物を持って移動する人でカードリーダーにタッチする人なども、このカードホルダーを手にはめておけば、大きいに荷物を持ったままかざすことができます」と、幅広い人が使えるという。「お客様のアンケートによると、カードホルダーの一番の不満点は、『使っていない時にカバンの中で(紐部分が)絡まってしまう』こと。これは(紐が)バンドで留められる機能をつけたので、使いやすいです」と語った。
その他にも、BtoB向けの通販商品では共有の消耗品を扱っているため、インクルーシブのメリットを最大限取り入れている。
「もともと主力のシリーズで『取り出しやすいシリーズ』を展開していましたが、そこをインクルーシブデザインにリニューアルしていくことを去年から進めていました。蛍光マーカーや乾電池など、『取り出しやすいのはいいけど、取り出しやすさの前に、実は開け辛い』という声もいただいていました。多様なジッパーの太さや強度などにこだわり、開けやすく、最後の1枚まで取り出しやすい形状にしました」
また「視認しやすいシリーズ」は、共有備品の「見やすさ」「視認のしやすさ」が求められる。「S、M、Lのサイズを大きく表記する、シンプルにする、というだけでなく、色の名前をモノに入れてみたり、コントラストが出るようなデザインにしてみたりと、新商品や既存品をリニューアルしました」と語る。
ステーショナリー、ファニチャー、通販と、すべての事業で「困ったを解決するデザイン」の開発に取り組んでいるコクヨ。その結果、困っている当事者だけではなく、広く一般の人にとっても使いやすい商品が生まれた。当たり前を見直し、“〇〇し辛い”という視点から改善することで、よりウェルビーイングにつながる商品や価値が生まれるのだろう。
取材・文/コティマム