「マスでたくさん売る」から小さな市場へ 「開発の対象にもならなかった方」の意見を聞いてマスに戻していく
新商品では、対話の中で得た気づきから一番象徴的な“HOW”をデザインコンセプトにした。そのためこれまでの開発プロセスにも、「社会のバリアを見つける」「解決方法のアイデアを検討する」「試作品で検証する」「具体的な商品やサービスで検証する」の4つの視点を追加した。
「事業の開発メンバーからすると、仕事が増えてしまうことになります。普通は『仕事が増えるのは嫌だ』という議論になりますが、対話をしていくと『今までにはなかった気づきがあった。価値を作れそうだ。構想が増えてもやろう』という意識になりました」
井田氏は、追加した4つの視点の中でも特に大事なのは「1つ目(社会のバリアを見つける)と3つ目(試作品で検証する)」だと語る。
「最初の段階から当事者と話すこと。デザイナーの思い込みで、『こういう障がいがある方には、こういうモノが向いているだろう』とアプローチをするのは、不正解ではないけれど、今までのユニバーサルデザインにバイアスがあったかもしれない。開発に仮説はありながらも、当事者に『どう?』と聞いて、思った通りの答えもあれば、全然違うこともありました。この2年間は『全然違う』の繰り返しでした」
試作品での検証については、「試作品を使って、もう一度深く当事者の方と会話する。想定通りのこともあれば違うことあるのでチューニングして、モノや品質などを調整します。プロセスの中で当事者との会話を大事にして、開発の中にすべてインクルージョンされていきます」と語る。
通常は大きな市場・マスマーケティングを狙って商品やサービスを開発するが、『HOWS DESIGN』は特定の人の意見を聞いて制作している。「僕たちが今やっているのは、今まで開発の対象にもならなかったような、小さなセグメントにいらっしゃる方の意見を聞いてモノを作ること。経営や開発メンバーとは、『小さな市場は売れないのではないか』とたくさん議論しましたが、実はここの市場の人は僕たちの気づいていない“〇〇辛さ”を感じています。そこに気づかせてもらい、改善点をマスに戻していくと、実は社会システムとして良くなっていくことに、実験を重ねて気づきました」と、結果的に“マス”にも役立つ商品やサービスが生まれるという。
“〇〇辛さ”を感じる人の声を反映すると結果的に社会全体にとってのプラスになる
井田氏は「勇気づけられる例」として、NIKEの『Go FlyEase』を挙げる。『Go FlyEase』は、脳性マヒによって手足に障がいのある青年が、誰かにシューズの紐を締めてもらうことなく、「手を使わなくてもはけるカッコイイ靴をはきたい」という思いを手紙でNIKEに送ったことから開発されたインクルーシブデザインのシューズ。一切手を使うことなく、腰を屈める必要もなく着脱できる。
障がいのある方向けに開発された『Go FlyEase』は手を使わずはけることから、日本では障がいのある方だけでなく子育て世代の親にも人気に。洗練されたデザインで渋谷や原宿などのシューズショップにも並び、バズを生んでいる。井田氏は「今までは気づいていなかったけど、『いいよね』というところで、靴業界の中でハンズフリーシューズが一定の支持を得ています。教えてもらったことで皆が豊かになり、『手をはかずにはけるシューズ』の市場が生まれました。僕たちも、こういうことをやっていきたい」と語る。
“〇〇辛さ”を解決する商品として展開されるコクヨの『HOWS DESIGN』。「マスでたくさん売る」ところから、「極端に“〇〇辛さ”を感じている人や困っている人から教えてもらうことで社会全体を良くしていく」という取り組みだ。「困っている人だけではなく、気づいていない人に届ける」ことで、より豊かでウェルビーイングな社会を実現していく。記事後編では、実際の『HOWS DESIGN』の商品を紹介する。
取材・文/コティマム