【第四話 ペットタクシードライバーというお仕事】
首都高速から東北自動車道へと入り、ひたすら北に向かって走っていく。
この日は大きな渋滞もなくスムーズすぎるほど車は進み、初めて見る街の景色が車窓を軽やかに流れていく。
そんな景色を見る余裕も興味もなく、愛猫は変わらぬ体勢のまま。キャリーの口を少しだけ開けて、ご機嫌を伺うようにちゅ~るを差し出すが日頃の大好きにも反応しない。そんな気分じゃないのだろう。
ドライバーのMさんは静かにアクセルを踏み続ける。
そろそろ、話を聞きたいところ。静寂を打ち破りたいところ。
筆者「あの~、、、どれぐらいで着く予定ですかね?」
Mさん「ナビでは所要時間5時間ぐらいなので夕方4時くらいですかね。もう少し早く着けるかもしれないですが」
とりあえず、しょーもない質問から口火を切る。
筆者「こちらのペットタクシー会社は20年以上前に始まったそうですが、Mさんもこのお仕事は長いんですか?」
Mさん「私はまだ始めて3年ぐらいです。その前は宅配便の配達ドライバーをやってたんですよ」
聞くと、もともと軽バンに乗って配送業務を行っていたそうだが、小型犬を2頭飼っており、愛犬のための時間がとれる仕事を探していたという。そこでたどり着いたのがペットタクシーだった。
Mさん「この仕事は時間が自分で調整できるうえに、愛犬が車に酔いやすいタイプで車移動に苦労した経験もあるので、それを活かせる仕事だと思って始めたんです」
Mさんが務める「東葛ペットタクシー」には現在10名のドライバーが在籍。松戸営業本部を始め、世田谷、板橋など都内に4ヶ所、計5ヶ所の拠点をもち、グループで運営している。
その中でMさんは足立営業所を担当。今回のような長距離輸送はもちろん、車移動できる場所であれば日本全国どこでも愛するペットを運んでくれるのが「東葛ペットタクシー」の強みだ。
ちなみに足立営業所で最も多い依頼は動物病院への送迎だとか。依頼の割合では、動物病院が4割、トリミングが3割、残りは空港・駅・旅行・引越などのための輸送が占めるという。
【第五話 本当にあったペットタクシーの話】
車に揺られること約2時間半。「もしよかったらSAで休憩しますか?」というMさんからのお言葉に甘えて、那須高原サービスエリアに立ち寄った。
筆者「お昼ご飯はどうされるんですか?買ってきますよ」
Mさん「あ、大丈夫です。全然お気遣いなく。レストランで食事してきてもらっても大丈夫ですよ。ゆっくりしてきてください」
…と、逆に気を遣われてしまった。
とはいえ、鵜呑みにしては申し訳ないので、早々にトイレ休憩を済ませると、売店でパンやおにぎり、お茶を購入し、なるはやで車に戻る。
Mさんへに差し入れを渡すと、それまでほとんど微動だにしなかった愛猫がバッグの中で立ち上がるように身体を伸ばし、鳴き始めた。
「猫ちゃん、はじめて鳴きましたね」
Mさんが言う。「ナオ~ン、アオ~ン」と少し低めの声。どこか遠吠えのような鳴き声だけに、まだまだ不安を感じているのかもしれない。
バッグの上から頭を撫でて、落ち着かせようとする。Mさんは運転席で簡単に食事を済ませると、「では、出発しますね」とやさしく声をかけ、車を走らせた。
午後2時を過ぎ、少しずつ日は傾き、車窓からの景色も畑や田んぼなど長閑な風景が増えてきた。
猫が落ち着いたところで、改めてMさんにペットタクシー業界について聞くことに。
筆者「これまでの仕事で大変だったことってあります?ペットの数がとにかく多かったとか…」
Mさん「そうですねぇ…20数匹の猫をケージに入れて、車で運んだことがありましたね。年配の女性の飼い主さんからの依頼だったんですが、すごく面倒見がよくて、かわいそうな猫を見つけるたびに助けてたらどんどん増えてしまったみたいで」
ちなみにその方は、賃貸マンションから実家の方へ住まいを移すためにペットタクシーを利用したとか。
Mさん「あとは、ボルゾイというロシア原産の大型犬を2匹乗せて移動したこともありました。体重が50kg近くあって大きいので車の天井に頭がぶつかったりして大変でした」
ボルゾイという犬種は後足で立ち上がると大人の男性の肩に前足をかけられるほどの大きさ。そんなワンちゃんが2匹もいたら、近すぎちゃってどうしよう状態だろう。
さらに過去には、こんな長距離移動もあったという。
Mさん「弊社の全営業所で最も長距離だったのは、東京から長崎への移動ですね。ただ、私が担当したものでは、お客様と秋田犬を乗せて埼玉県の三郷市から兵庫県宝塚市までの移動が過去最長です」
「あと、移動時間だけで言えば、東京から南伊豆町にお客様をお迎えに伺い、そこから奈良県桜井市への猫ちゃんの引越がトータル13時間かかりました」
仕事とはいえ、長時間の運転はかなりの疲労とプレッシャーに襲われるはず。しかも、ただのタクシードライバーではない。お客さんの命と家族の一員であるペットの命も託されている。頭が下がる。
【第六話 愛猫と400kmの旅。ついにゴール】
東京出発から4時間半を過ぎた頃、そろそろ実家が近づいてきた。
猫にとっても筆者自身も初めての経験だったが、見慣れた標識、見慣れた景色が広がるにつれ安堵が心を埋め尽くしていく。
東北とはいえ、11月だけに流石にまだ雪はない。これが冬場の本格的な豪雪期間だったらもっと大変なことになっていただろうと思った。
筆者「本当にありがとうございました。助かりました」
Mさん「いえいえ、こちらこそ。お疲れ様でした」
ど田舎の自宅前にようやくたどり着いた。「お疲れ様でした」という気遣いの言葉に心が温まる。
今回、Mさんにとって東北方面では最長となる距離だったとか。後日、率直な感想を伺った。
「山形も初めてでしたが、ほとんど高速道路で渋滞もありませんでしたので比較的楽でした。帰り道は街頭が少なくさみしい感じもありましたが笑」
【愛猫との大移動まとめ】
・利用会社: 東葛ペットタクシー
・利用車両: 軽ワゴン
・走行距離: 約400km
・移動時間: 約4時間50分
・料金: 約75000円(※8時間以内のロング割プラン利用)
・休憩: 1回(お願いすれば何度でも大丈夫です)
・猫が鳴いた回数: 1回(えらい)
今回、初めて利用したペットタクシーだったが、快適と安心しかなかった。
料金だけ見ればたしかに安くはない。ただ、電車や新幹線に乗り込み、周囲とペットに気を遣いながら移動することを考えたら、これほど気が楽なことはないと感じた。
愛するペットとの長距離移動を考えている方はぜひ公式サイトをチェックしてほしい。
取材協力
東葛ペットタクシー
文/太田ポーシャ