アメリカでは数少ない全国紙である『USA Today』が毎年発表しているファストフード・チェーンの全米人気ランキングで2024年版の第1位に『Del Taco』(以下、デルタコ)、第7位には『Taco Bell』(以下、タコベル)が選出された。どちらもメキシコ料理をベースとしてアメリカ流にアレンジされたファストフード・チェーンである。
同ランキングのトップ10の内訳を見ると、上記2店の他は、フライドチキン系が4店、ハンバーガーなどのサンドイッチ系が3店、そしてシーフード系が1店となっている。これがアメリカで一般的に好まれるファストフードの種類だと考えてよいだろう。
アメリカ人の食生活を語るうえで欠かせない存在となったメキシコ料理風ファストフード・チェーン。今回は、その歴史や人気ぶりを紹介したい。
デルタコ店舗(カリフォルニア州アーバイン)
メキシコ料理風ファストフード・チェーンとは?
店舗数で比較するなら、世界最大のファストフード・チェーンは依然としてマクドナルドである。アメリカで約13,500店舗、世界中で約40,000店舗という数字は群を抜いている。スターバックス、サブウェイ、KFCなどがそれに続き、約8,000店舗のタコベルはそうした日本でもお馴染みの世界的メジャー組には遠く及ばない。人気No.1のデルタコに至っては600店舗を下回る。
それでも、現在のアメリカで、人や店がある程度集まる地域にデルタコやタコベルを見ないことはまずないと言ってよいだろう。
とくに子どもや若者に好かれるとか、世代間で人気に差があるなどといったことはないと思う。店内を見渡せば、たぶんマクドナルドとタコベルの雰囲気や客層に大きな違いはないだろうと想像する。
店の作りも、注文の仕方も、お馴染みのファストフードのスタイルだ。単体メニューがあり、飲み物がついたセットメニューがある。カウンターで注文し、自分でテーブルに運ぶ。郊外にある店舗なら、ドライブスルーがついていることが普通だ。
デルタコのドライブスルー注文パネル(カリフォルニア州アーバイン)
アメリカで生まれたメキシコ料理風ファストフードの歴史
アメリカにおけるメキシコ料理の歴史は古い。テキサス州やカリフォルニア州などメキシコに近い地域では、19世紀頃にはタコス、エンチラーダ、タマーレなどの料理がメキシコ人移民たちによってもたらされていた。
しかし、現在のようにメキシコ料理が本格的に商業化されるようになったのは20世紀も半ばを過ぎた頃である。1962年にタコベルが、そして1964年にデルタコが相次いで設立された。どちらも南カリフォルニアが発祥地で、現在の本社所在地もカリフォルニア州内にある。つまり本場のメキシコ料理ではない。
これらのファストフード・チェーンは伝統的なメキシコ料理のレシピを標準化し、生産を合理化し、さらに廉価で大量に供給することによって、結果としてメキシコ料理の知名度を全米に広めた。
司馬遼太郎氏の言葉を借りるならば、ある特定の集団(たとえばメキシコ人)においてのみ好まれてきた独特な食文化を、だれでも経験できる普遍的かつ機能的なものにするべく文明化したものが、つまりファストフード・チェーンではないだろうか。
タコベル店舗(カリフォルニア州アーバイン)
2大メニュー:タコスとブリトー
タコベルの日本語ウェブサイトによると、日本国内にも10店舗を展開している(2024年12月現在)。メニューを見ると、「タコス」と「ブリトー」がトップカテゴリーに並ぶこともアメリカのそれと同じだ。
この2つはどのメキシコ風ファストフード・チェーンにも必ずある。なぜ日本語では前者を複数形で呼ぶのかはよく分からない。「蛸」や「凧」と混合しやすいと考えられたのだろうか。英語でもスペイン語でも”Taco”であるし、2つ以上のときに”Tacos”と呼ぶ。
いずれにしても、タコスもブリトーもトルティーヤと呼ばれる薄焼きのパンのような皮に野菜、肉、豆、チーズなどの食材を包んで食べるものだ。
トルティーヤの素材が小麦粉であったり、トウモロコシであったりするし、皮が柔らかいか、固く焼くか、その形状にも様々なものがある。だが、ことアメリカのファストフードに関する限り、オープンサンドイッチのような形状になっているのがタコス、筒状に食材を皮で包んであるのがブリトーと考えて、ほぼ間違いはない。
タコベルのセットメニュー。右上にタコスが2個、右下にチップス、左側にブリトー。
ハンバーガー、ホットドッグ、フライドチキンといった食べ物と比較すると、こうしたメキシコ料理風ファストフードは扱っている食材の種類が多いように思える。栄養バランス的にも野菜が占める量が大きく、どちらかと言えばヘルシーであるような気もする。
こうしたメキシコ料理風ファストフード・チェーンの食べ物は伝統的なメキシコ料理とは異なるものなのだろうとは思う。我々日本人にはアメリカで見かけるカリフォルニア・ロールやテリヤキ・チキンを日本料理とは呼び難いように。あるいは、日本のラーメンが中華料理ではなく、日本のカレーライスもインド料理ではないように。
それでも、これだけ多くのアメリカ人が好むものなのだから、きっと多くの日本人も気に入るだろう。
最後にひとつだけ、実際に役に立つアドバイスを記す。アメリカに旅行して、もし日を選べるなら、メキシコ料理風ファストフード店に行くのは火曜日がよい。アメリカには”Taco Tuesday”と呼ばれる習慣があり(たぶんメキシコにはない)、毎週火曜日にはタコスを格安で提供する店が多いからだ。
デルタコ店舗に貼られた”Taco Tuesday”のポスター。
文・写真/角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。