今年、日本映画界を騒がせた作品のひとつが劇場アニメ『ルックバック』(6月28日公開)だ。
『チェンソーマン』『ファイアパンチ』で知られる藤本タツキ氏の読み切り漫画を原作とする本劇場アニメは、上映時間58分という中編映画にも関わらず、国内観客動員数は119万人、興行収入は20億円を突破、海外の観客動員数は232万人、興行収入は23億円を突破する大ヒットとなっている(いずれも11月末時点)。
短編、中編のヒットは難しいという映画の常識を覆した本作はなぜ誕生したのか。劇場アニメ『ルックバック』の興行的成功を振り返りたい
読み切り漫画の、アニメ映画化への挑戦
2021年7月19日、少年ジャンプ+に『ルックバック』が公開されたされたときは衝撃的だった。
なんの前触れもなく『チェンソーマン』の藤本タツキ氏の完全新作読み切りが公開されたというだけでなく、内容も全143ページの大ボリュームの長編読み切り。多くの読者が一切の前情報を知らない状態で一気に読み終わり、一斉にSNSで感想を投稿した。
当時のニュースは、「配信されてから約30分でTwitterではトレンド2位にランクイン」「一晩で閲覧120万超え」などと報じている。
この話題作の映像化を企画したエイベックス・アニメーションレーベルズの代表取締役社長・大山良氏は次のように語る。
「私も当時、公開された『ルックバック』を一息に読み切ったのを覚えています。読み終わって、この作品をアニメ化したいと思ったのと同時に幾つかのハードルも感じました。その内のひとつが尺の問題で、原作のボリュームから考えると映画としては短尺になり、前例をみてもヒットは多くありません。悩みましたが、作品のテーマや物語性を考えると、やはり絶対に映画にしたいと思い、企画に至りました。」
大山氏の懸念とは裏腹に、観客には好意的に受け入れられたという。
「押山監督によって、最終的には58分の中編映画になりました。お客さんにとっては『面白さ』や『満足感』が重要で、時間の長さに関しても、この尺で良かったとのコメントが圧倒的でした。」
近年の観客は映画にもタイパを求めている、と論ずるのは少し強引で安直だろう。しかし、タイパの良さが満足度を押し上げる一因になったことは間違いない。
上映時間が58分という特徴を長所と捉え、1日に10回以上も上映をした劇場もあったという。観客にとっては、上映時間が短いというだけでなく、見たいタイミングでいつでも見られるという点もタイパの良さに繋がったのではないだろうか。
エイベックス・アニメーションレーベルズ代表取締役社長・大山良氏
口コミがヒットを牽引
SNSで話題になった『ルックバック』は、劇場版でもSNSでの口コミがヒットを牽引した。
「予告編のPVから話題になってくれたのですが、公開されてからも口コミがさらに広がりました。原作公開時から多くのファンが作品の魅力を発信してくれていましたが、劇場版でもさらに多数のファンやクリエイター達が、SNSで口コミを投稿してくれることで、多くのメディアに取り上げられ、どんどんと反響が大きくなっていったんです」
劇場アニメ『ルックバック』は2024年11月8日、Amazon Prime Videoにて世界独占配信が開始されたが、引き続き劇場での上映も行なわれている。
近年、公開終了の1年後にリバイバル上映されることもあるように動画配信サイトで見て面白かった映画を、改めて劇場のスクリーンで見てみたいという観客も増えている。
「もちろん一同ヒットを目指してきましたが、20億円を超えるスマッシュヒットになったのは想定以上でした。中編作品としてもそうですが、テレビシリーズを経ずに映画からアニメ化した作品としても大きなヒットとなりました。前例が少ないことにチャレンジをするのは難しいですが、『ルックバック』のような成功事例が一つできたことによって、同じような課題を持っている作品が映画化しやすくなると感じています。そうした前例を作れたこともとても嬉しく思っています。」
新たな挑戦がヒットを生み出すというのはどの業界も変わらない。
© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会
配給:エイベックス・ピクチャーズ
取材・文/峯亮佑