昨今、ネットを中心に銀歯のデメリットが取り上げられるようになりました。銀歯とは詰め物や被せ物に使われる合金で、「歯科鋳造用金銀パラジウム合金」が正式名称です。銀歯という呼び名から銀だけを使っていると思われがちですが、JIS規格では金12%、パラジウム20%を使うことが決められており、健康保険では金12%、銀50%、パラジウム20%、銅16%、その他金属という配合が一般的です。銀歯のデメリットとして、審美性の問題(見た目が白くない)の他、金属アレルギーになる可能性がある、歯茎が黒くなる、などが挙げられています。
銀歯でアレルギーになる?歯茎が黒くなる?
銀歯による金属アレルギーとは、唾液によって銀歯の金属イオンが溶け出し、健康を害してしまうものです。歯科で使われる金属はアクセサリーなどに使われる金属とは異なるものもあるため、皮膚科などで金属アレルギーと診断されなかった人でも発症する可能性はあります。また、アレルギーは感作(体の中に入ったアレルゲンを異物とみなして過敏性の反応を起こすプロセス)によって起こります。感作が起こるまでの時間には個人差がありますが、銀歯を長期間装着することによって感作のリスクが徐々に高まる可能性はあります。歯茎が黒くなるという現象はメタルタトゥーともよばれ、銀歯から金属イオンが溶け出して歯茎に沈着する現象です。自然治癒するのは難しいため、レーザー治療などで除去するのが一般的です。
このようなデメリットから「銀歯はよくない」というイメージが広がり、お口の中はメタルフリーがよいといわれるようになりました。それを後押ししているのが歯科診療報酬の改正です。以前は健康保険が適用される詰め物、被せ物は銀歯やチタン合金(一部の歯のみ)だけでしたが、2023年よりすべての歯にコンポジットレジン、大臼歯(奥歯)にPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)が使えるようになりました。どちらも白いプラスチック素材で、強度が高いのがPEEKです。
ちなみに保険適用のメタルフリー素材として「CAD/CAMインレー」、「CAD/CAM冠」という名前を聞くことが多いのではないでしょうか。これはコンピュータで設計、加工・製作された詰め物や被せ物の総称で、インレーは詰め物、冠は被せ物のことです。材料はコンポジットレジンが知られていますが、PEEK、チタンなどでも作れます。但し、CAD/CAMインレー、CAD/CAM冠の保険診療は、厚生労働省で定めた施設基準を満たした歯科医院でしか受けられないので注意が必要です。保険適用ではないメタルフリーの材料としてはセラミックがあり、ガラスセラミックとジルコニアの2種類があります。
治療したのに虫歯ができてしまう理由
最近はすっかり銀歯が悪者になっている感がありますが、メタルフリーの材料にもデメリットはあることは知っておくべきでしょう。例えば過去に治療した虫歯が再発してしまう原因が銀歯にあるような記事や動画も目にしますが、決して銀歯だから再発するわけではなく、メタルフリーの材料でも再発の可能性はあります。
虫歯治療では患部を削り、小さな虫歯であれば詰め物、患部が大きい場合は被せ物をします。この時に使う材料が銀歯やコンポジットレジンです。しかし、そうやって治療した虫歯が再発してしまう原因として、詰め物の精度が悪い、つまり形が合っていないことや被せ物のくっつきが悪いことがあります。銀歯は使われてきた歴史も長く、研究もされているために適合性がよいです。適合性がよいとは、簡単にいうとつなぎ目が合っているということ。それに比べると、新しい材料であるコンポジットレジンなどのプラスチックは決して適合生がよいとはいえず、強度も低いことがデメリットといえます。
また、適合性、強度の面で不安があるということは、特に詰め物、被せ物のために患部を削る際、面積を大き目に削ることになります。つまり健康な歯も削らなくてはいけないということです。その点、歯を削る面積が少なくて済むのは銀歯のメリットといえます。
背景に「歯科医院を苦しめる材料の高騰」
もちろん銀歯の詰め物でも治療済みの虫歯が再発することはあります。ただ、その原因はメタルフリーの材料のような適合性というよりも、銀歯を取り巻く別の事情が関係しているのではないかと私は考えています。虫歯治療の際、歯科医は健康な歯をなるべく削らないように詰め物や被せ物を薄く作ろうとします。しかし、噛む力もかかる上、熱いお茶にも冷たいアイスにも耐えるためには、ある程度の厚みが必要です。ところが、他院で治療した患者さんたちのお口の中を見て感じるのが、この厚みを減らしている歯科医が増えているのではないかということです。
背景には金属の値上がりがあります。15年ほど前、私が大学院で学んでいた頃、銀歯の材料であるパラジウムは1g700円程度でしたが、最近は1g 8000円近くまで高騰しています。材料費が値上がりしても健康保険の点数は変わらないため、利益はほぼありません。経営者目線で考えれば、できる限り、薄く削りたくなる気持ちも決して分からなくはないのです。
「何を使うか」より「誰にやってもらうか」
実際、銀歯を入れた後、虫歯が再発していないケースはたくさんあります。その違いを生むのは素材の違いではなく、人の違いだというのが補綴治療を専門にしている私の持論です。例えば詰め物、被せ物ともに精度を高めようとすればするほど、時間や材料費、技術力が必要です。しかし、健康保険内では制約があるため、仕上がりや経過の悪さに影響が出ている可能性もあります。
また、銀歯は歯科医院で型取りを行い、歯科技工所で鋳造(溶かした金属を型に流し込んで成型する)して作られます。しかし、鋳造してしまうと、歯科医はどんな金属が使われたかまでは分かりません。歯科技工所では様々な金属を扱っているため、配合や金属の種類が変わっていても全く分からないのです。そのため、歯科医院と歯科技工所が信頼関係を築けていることが大切になります。
先述したように白いプラスチックの材料が保険適用になったこともあり、銀歯の治療をやめる歯科医院も増えています。最近は大学でもコンポストレジンに関する教育が中心になっており、銀歯のことを学ぶ機会が減っていることから、ますますメタルフリーが推進されていく可能性もあります。しかし銀歯というのは、熱意を持って治療に取り組んでくれる歯科医が使えば非常によい材料になり得ます。私自身、コスパという点では、銀歯を保険治療で作るのがベストだと思っています。
文/永田浩司
ながた・こうじ。医療法人社団アスクラピア統括院長。歯科医。日本補綴歯科学会専門医・指導医、ヨーロッパインプラント学会(EAO) 認定医、ITIフェロー。トリプルライセンスを有する唯一の日本人。インプラントを使った日本で数少ない「オールオン4インプラント」治療をはじめ、予防歯科、一般歯科治療、訪問歯科、矯正歯科まで幅広い治療を行っている。YouTubeチャンネル「アスクラピア東京」は登録者約5万人。