更年期障害の症状がひどく、心身共に追い詰められた気持ちになった時、「このままで終わりたくない!」と行動を起こした結果、女子美術大学短期大学部の社会人枠で受験。現役の女子大生にまじって、53歳で入学することになったおぐらなおみさん。主婦と漫画家、そして女子大生という3つのわらじをはくことになった、その生活とは? 後編では進学を通して、環境や気持ちにどのような変化が訪れたのかを伺います。
前編はこちら
更年期真っ只中にあえてチャレンジ!漫画家・おぐらなおみさんが「学び」を求めた理由
人気漫画家として活動しながら、現在は女子美術大学短期大学部の2年生として学ぶ、おぐらなおみさん。二人の子どもを育て、主婦と両立する漫画家生活を送ってきたおぐらさ...
おぐらなおみ
漫画家、イラストレーター。育児物から始まった漫画家生活。子育て、夫婦、更年期など等身大の事象を描いて活躍中。著書に「働きママン」シリーズ(最新作は、コミックエッセイ『働きママン まさかの更年期編 ~ホットフラッシュをやりすごせ』)、「私の穴がうまらない」など。
年齢を経ての学生生活は、若い頃とは違って味わい深い
――2023年4月から、女子美術短大に入学されました。どんな状況でしたか?
入学式の時に、私は保護者の年齢でして。当時、コロナの影響で、入学式は保護者は入れないので、親御さんが会場の外を取り巻いている中、私が会場に入っていくので「どうしてあの人だけは入れるの?」みたいな雰囲気でした(笑)。
入学すると、やはり何もかも大変でしたね。自分が若い頃通学していた大学の様相とまったく違い、出席確認もスマホでやるし、レポートの提出もオンライン。仕組みを覚えることから何からひとりでやらないといけなかったので、最初の半年は慣れるのに必死でした。なんとなく失敗したくなくて、学食も使い方がわからなかったらどうしようと、お弁当を作っていったり。今は使えますけど(笑)。失敗することを、当初はかなり恐れていたと思います。
――講義と実技、授業はいかがでしたか?
講義は、美術に関係あることが多かったので、すごく興味深かったです。生命科学では、はく製を見せてもらったり、美術史では、いろんな絵柄に隠された意味や事象や、裸体を書いていい構図とだめなものとかを教えてもらったり。実技は特に、「あぁ美大に入ったんだ」と実感できて、楽しかったですね。デッサンや日本画、油絵と。半年以上はどの授業でも基礎をやった後、コースに分かれるのですが、私は全般的にいろんなことに挑戦できる美術コースで、それが女子美を選んだ理由の一つでもありました。
10代の同級生たちとは、講義の時は話す機会などはありませんが、実技の時に、2,3人で一つの机なので、なんとなく「将来何になりたいの?」とか話して、先生ではないけど、年上の人がいて、軽く相談にのったりする距離感かな。
――画塾に通った時のようなショックや、違うところにきてしまった感はなかった?
ないですね。やはり大学は教育機関なだけあって、教え方がより具体的な気がします。「こうするのはやめて、こうやってみたら?」というアドバイスが具体的で、言う通りにすると、実際見栄えのいい絵が描けるようになっていくんです。こうすればいいのか、と知らない技術がわかるようになったのは、すごくよかった。
また、いろんな人の描いたものや作ったものを見られることも、すごく勉強になりました。実技は1クール3週間で一つ課題をしあげるのですが、講義のレポートもあり、どれも必死で悩む暇もなかったです。仕事ならこれまでの経験とテクニックで、見通しもたつし、なんとかなるけど、大学での課題は裸一貫みたいな感じで取り組まないといけない。本当に夢中になってやっていました。
通学することで、子離れや更年期の不調がうまく着地
――仕事と家庭との3重生活はいかがでしたか?
最初は、かなり大変なことになりそうと、仕事の依頼を断ることもありました。でも、通学も毎日とはいえ、午前中だけとか、午後だけの日が多いので、慣れてきたら午前中は学校で、戻ってきてから仕事とか、ペースがつかめてどれもできるようになったんですね。子どもが小さい時の執筆は、子どもが昼寝したらなど、子どものペースに合わせなくてはいけませんでしたが、今回は自分でペースを作れるので、その時よりはやりやすい気がします。
ただ、最近は体力がなくなって徹夜はできないので、見通しが甘かったりすると、間に合わない。計画的に物事を進める必要がありますが、私はそれが苦手でして。若い時は体力勝負で、何とかなってきましたが、今は前もって計画的に行動することが、ようやく身についた気がします。
家事はなんとかなっているかな。家にいると、一緒に住んでいる長男にコーヒーを入れたりとか、つい世話をやいてしまいがちですが、私がいないなら、いないなりに、自分で食事を作っているようで、「いなければできるんだな」と。無意識ではあったけど、通学前は、娘が自立して、息子も大人になり、「空の巣症候群」的なものもあったかもしれません。それが、進学したことで、親離れ、子離れの両面で、うまく着地できてきたような気がします。たとえどんなに大変でも、大学の通学は誰に頼まれたわけでもなく、自分で決めたこと。でも、これまで辞めたいと思ったことはないので、楽しいんでしょうね。
――更年期で不調だった体調や気力は?
最初はごまかしながら過ごしていた気がしますが、今は大丈夫です。体調が悪いからと、あのまま家でずっと一人でいたら「今日も体調悪い」って毎日毎日思っていたと思う。無理やりにでも、外に出て何かをやったことで、気が紛れたので、その点でも通学してすごくよかったです。本来在宅の仕事なので、何かないと外に出る気がおきないものなんですよね。
また、50代での短大通学をあの時決意したことは、思ったよりまちがってなかったなと思います。大きな選択だから、何かあって、家や仕事がめちゃめちゃになったらどうしようって当初は不安もあったんです。この年齢って介護とか、家族が大病になるとか、リスクがあるじゃないですか。もしも何かあったら、やめることになるかも、という気持ちは持っていますが、幸い今のところ何もないので、卒業まで行けるといいなと思っています。
知識が増え、生活が豊かになることを実感。「焦り」が消えて、新しい仕事への意欲も
――短大に通ってみて心境の変化は? 常にあった焦燥感は今はいかがですか。
学ぶことの大切さを改めて感じました。若い頃はよくわからなかったけど、今は知識が増えると、それによって生活が豊かになるのが明らかにわかる。例えば美術史を学ぶと、今まで漠然と見ていた絵画の見方もかわってくる。おもしろいですよね。
ずっと持っていた焦りは、今はそうでもなくなってきました。生活のベースが学校、仕事、家庭と3つあって、それをうまくきりもりできていることで充実している。たぶんこの3つがあることが、私は好きなんだと思います。掃除やごはん作りは面倒ではありますが(笑)、3つともすべてが気分転換になり、自分はどれもやりたいんだと実感。また新しい知識を得たことで、もしも新しい仕事を始めても別にいいんだなという覚悟というか、そういうものが得られたことはよかったです。
昔はいろんな媒体でいろんな漫画を描きたいと思っていましたが、今は自分が得た知識や経験をぎゅっと詰め込んだものを書きたいと変わってきた。年齢的なものもあると思いますが、そういうことがやりたいし、できるかなって。振り返ると、子育てしながら漫画を描くのはやはり消耗するし、時間もとられるし、今思うとつらかったなと。子育てが終わる頃に、更年期で不調にはなったけど、今は身体の状況と相談しながら好きなことができて、幸せだなって思います。
――同年代や更年期で鬱屈した感じになっている人にアドバイスするとしたら?
とりあえずなんでもいいから、始めてみたらどうでしょう。最初は失敗もあると思いますが、これじゃなかったとわかることもいいし、それが次につながると思います。怖がらずにどんどんやってみていいのかなって。結局、何かを始めるって、自分との話し合いというか。
私は何をやりたいんだろうと考えること自体、自分との対話ですごくおもしろいことじゃないでしょうか。私自身、漫画を20年以上書いてきて、焦らなくていいと思えたのは、本当に最近のこと。若いと可能性も時間もあるから、あれもこれもできるような気持ちになるけど、年齢を重ねると、やりたいことはそんなに残らないような気がします。
――現在、短大の2年生ですが、もう一年学ぶことにしたとか?
はい。うちの学校は希望すると、試験はありますが、専攻科としてもう1年通えるんです。1年目はわからないうちにあっという間に終わり、2年目でようやく自分がやりたいことがわかったので、もう1年学びたくなりまして。版画がやりたいのですが、もう1年学んだら、もう少し成長できるかなと。面接は行いましたが、何とか受かりました!
3年目が終わると、研究は続けるかもしれないけど通学がなくなるのでまた生活リズムが変化します。大学で美術を一から勉強したことで、自分の仕事や生活にどう影響が出るのか、また変わらないのか。今はわかりません。でも、勉強したことでさまざまなことを得た手ごたえはあるので、卒業してから始まる私のセカンドステージが楽しみです。
取材・文/田中亜紀子 インタビュー撮影/横田紋子(小学館)