最近、ニュージーランドの同級生が夫と2人の幼い子供と日本に遊びに来てくれました。自分は子供は好きなほうですが、元気が有り余る坊やたちに1日付き合っただけでヘトヘト……。改めて親業の偉大さに感嘆しました。
子供の主体性が奪われず、安全が脅かされない育児とは
子育てを完璧にこなせた親なんておそらくいません。育児書を読み漁り、身近な先輩や同志に不安や悩みを吐露して励まし合ったりする親御さんも少なくないでしょう。そんな中、世間では数年前からある育児スタイルをめぐって賛否両論が続いているようです。
その育児法とは、「gentle parenting(怒らない子育て)」。子供の気持ちを頭ごなしに否定したり、親の要求を一方的に押し付けたりするような「支配・服従」型の育児ではなく、親子関係をパートナーシップとして考え、尊重ある対話を心がけながら社会性や主体性を身につけさせていくという、なんとも理想論のような育児法……。「子供と対話して事が治まるならこんなに苦労してないわ!!」と悲痛の叫びが聞こえてきそうですが、こういう育児論が20〜40代の子育て層の関心を集めているのは、時代の象徴かもしれません。
この世代がまだ未成年だった1989年にすべての子供が自立した個人として平等に尊重され、健全に成長できる環境が提供されることを目的とした「子どもの権利条約」が国連総会で採択されました。この10年前にスウェーデンが世界で初めて体罰を禁止したことが大きなニュースとなり、家庭の方針に国が介入することの是非について国内外で議論が繰り広げられました。それから45年経った今、日本を含む約70の国が体罰を全面的に禁止しています。世界の子育てに対する価値観は確実に変わっているようです。
しかし残念ながら、日本の2022年度の児童相談所対応の虐待件数は21万4843件と過去最多。ただ、単純に虐待行為が増加したというよりも、面前DVやネグレクトといった行為が近年になって虐待と認識され、相談窓口の認知度が上がったなどという背景も要因みたいです。一方で、オーストラリアやイギリスのように「しつけとして適切な範囲内」の体罰が認められている国も少なくなく、政府も法改正には消極的。「鞭を控える者は自分の子を憎む者」という聖書の言葉のように、子育てには「愛のムチ」もときには必要という考えはすぐには払拭できないのかもしれません。ただ、体罰による子供の心理や発達への悪影響は成人後も続くという研究報告は多数あり、メンタルヘルスに敏感な時代にこの問題が看過され続けることは考えにくいです。
海外ではプロの育児コーチにコミュニケーション、EQ(心の知能指数)、感情コントロールや児童心理学などを学ぶプログラムなど、育児コーチングサービスの需要が増えているようです。かけがえのない子どもを育てることは一筋縄ではいかないことばかり。子供の主体性が奪われず、安全が脅かされない育児が当たり前になるためにも、さらなる啓発や支援が必要なのかもしれません。とりあえず私は友人の子供たちとまた遊べる日のために体力作りに励みます!
海外の子育て論を形成してきた人々の例
心理学者 アルフレッド・アドラー博士
褒めることも叱ることもせず、信頼関係と心理的安全性を重視することで子供の主体性や感受性を伸ばす育児論を1930年に発表。時代を越えて支持される思想家。
小児科医 ベンジャミン・スポック博士
1946年に出版された『スポック博士の育児書』は世界的ベストセラーに。子供を人格ある個人として尊重することやスキンシップの重要性を説いて子育ての常識を変えたと言われている。
中国式スパルタ教育ママ エイミー・チュア
二人の娘をハーバード大学に送った中国系アメリカ人の母親の回顧録『タイガー・マザー』が2011年に全米ベストセラーに。社会現象を巻き起こしたが、教育虐待だという批判も殺到。
文/キニマンス塚本ニキ
子供を守る環境づくりとは?
キニマンス塚本ニキ
東京都生まれ、ニュージーランド育ち。英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティやコメンテーターとして活躍中。近著に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)がある。
撮影/干川 修 写真/brandstaetter/アフロ(アルフレッド・アドラー) ヘアメイク/高部友見