2025年1月時点で登録者数が約70万人にも及ぶYouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」。現代人の悩みに答える大愚和尚は、愛知県で540年の歴史を誇る禅寺・福厳寺の住職だ。
様々な肩書を持つ大愚和尚とは何者なのか?和尚がYouTubeチャンネルを始める理由はなんだったのか。
話題の僧侶がSNSでの発信を始めた背景には、僧侶になるまでの自身の葛藤、そして失恋にもがき苦しむ17歳の少女との出会いがあった。
異色の経歴を持つ大愚和尚とは何者なのか?
佛心宗大叢山福厳寺第31代住職、佛心僧学院学長、実業家、作家、講演家、セラピスト、空手家。大愚和尚は、複数の肩書を持つ異色の僧侶。この一風変わった経歴は、お寺に生まれながら「僧侶にはならない」と決心し、人生を模索してきた中で培われてきたものだという。
「小さい頃からずっと、お坊さんにはなりたくなかったんです。でも、自分が学びたいこともないし、どうなりたいかというビジョンもなかなか持てませんでした」
迷いの中、知人から「教養として仏教を学ぶことは何を選ぼうとも無駄にならないよ」という助言を受け、駒澤大学、曹洞宗大本山総持寺を経て、愛知学院大学大学院へと進み、仏教を学ぶ道を選択する。こうした道を歩んでも、「僧侶にはならない」という気持ちは変わらず、大学院在学中に起業をした。
手掛けた事業は順調に成長。人を雇う段階に入った。その時、大愚和尚は「人間関係」の問題にぶつかったと話す。
「人は思った通りには動いてくれません。どんなにDX化しても、一緒に働く『人』次第で事業の成長が左右されてしまう。『スキル』や『仕事』は伝えることができても、その人の『人格』や『人間』という根底にあるものを私には教えることができない、変えられないと思い知ったんです」
「人間関係」が全て。そこには仏教で学びきれなかったことがあるのかもしれないと考え出した頃、偶然新幹線で隣の席に座ったパキスタン人から運命的な助言を受ける。
「将来を考えてもんもんとしていた頃、転機となる出会いがありました。新幹線で隣の席に座ったパキスタン人の方に、雑談の中で『自分はお寺の息子だが、お坊さんになりたくなくて事業を起こしているものの、あれこれ悩んでいるんだ」と、吐露しました。すると、彼は大きく目を見開いて『歴史に名を残したアーティスト、起業家、歌手もいるけど、何千年という時、国境、民族、性別を越えて、人々に生きる勇気や愛、自信を説いたのは宗教家を置いて他にいないんだよ。あなたは、そのような人になるべきだ』と、まっすぐ話してくれました。確かにブッダは、“人々の幸せのために”、“社会平和のために”という生き方をしていた。事業も仕事もそれにいきつくと気づいた時、私の中の“お坊さん観”がひっくり返ったんです」
大愚和尚は、改めて仏教を学び、「お坊さんとして生きたい」と思えるようになったという。すぐさま事業を人に譲り、仏教の伝播に使われたシルクロードをたどる旅に出る。
その旅でたどり着いたのが、200年もの間、仏教によって社会的にも経済的にも栄えた都市が存在したミャンマーのバガン遺跡だ。多くの仏教徒が参拝に訪れる聖地の建造物は、3000ある仏塔のうち、王が立てたものは30塔ほど、そのほかは王が民に発注したものだという。まさしくそれは、市民が自立的に建てた歴史的建築物だった。
「世界三大仏教遺跡ともいわれる『バガン遺跡』は、王自ら仏教を採用し、仏教を広め、200年以上栄えた都市でした。仏教を採用したのは、『仏教は、神が全てを決めるのではなく、自分自身で戒律を守り、自分の意志で何をする・しないを決め、自分で解決策を持ち、勤勉に働き、周囲と調和し、そして生きとし生けるものの幸せを願うという教えだったから』だそうです。壮大な世界を目にした時、仏教によって社会的にも経済的にも潤い、栄えたこの都市のように、自分自身も仏教の教えを広めたいと考えるようになりました」
旅を終えた和尚は、お寺に戻り、そのビジョンを胸に僧侶となる。
大愚和尚が発信を続ける理由
寺に戻った大愚和尚は、お寺で悩める人々の悩み相談に乗り続けた。その評判は自然と広がり、多くの人が救いを求めて彼の元を訪れることとなった。YouTubeを始めたのは今から約10年前、県外から母親に連れられて相談にやってきた17歳の少女との出会いだった。
「失恋で傷ついた彼女は、拒食症、過食症、リストカットを繰り返していました。私の元へ相談に来た彼女が目の前で手首を切りつける姿を見た瞬間、こんなふうにギリギリのところで苦しむ人たちを救う方法はないかと考えるようになったのです。知り合いには悩みを言えない人、周りに絶対知られたくないからお寺に来られない人がいるのではないか、と。
当時、ブログやホームページの形も考えましたが、YouTubeを選んだのは“対面”のように話ができるからです。テキストだと、言葉選びによっては『きつく』感じたり、受け取り方がその人によって変わってしまったりすることが心配でした。私が対話のように話すYouTubeなら、細かななニュアンスが伝わると思ったのです。また、YouTubeは妻にもお坊さん仲間にも伝えずにひっそり始めました。それは、『認知されたい』ではなく『ニーズがあれば勝手に広がっていくだろう』という思いがあったからです。
SNSは使い方次第で、良いものも悪いものも広がっていくのは承知の上です。でも、直接お寺に来て話しができない方たちにもリーチできるという大きなメリットを今では感じています。私のYouTubeを周りに広めてくださる方がいるなど、SNSやYouTubeの影響力を感じることは多くあります」
お寺に直接駆け込むことができない人や、匿名で相談したい人の悩みにも対面と同じように乗れる場所をつくりたいと、YouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」がスタートした。
「登録数が3万人になる頃、ITに詳しい方から『長いとバズらないから、3~5分のショート動画にするのがおすすめです』とアドバイスをいただいたこともあります。でも、私はバズるのが目的ではなく、『明日生きられないかもしれない』『死にたい』と、暗い部屋でひとり膝を抱えて悩む人のために動画を上げています。『死にたい気持ちを3分で解消する』なんてことは、私にはできません。だから、1本あたり10~20分話し続けるという動画スタイルは、始めた当時からあまり変えていません」
登録数が数十万人に上り、英語での発信も始めると、YouTubeをきっかけに和尚を知る人もさらに増えた。大愚和尚の元には、想定を超えた数の人々から、悩みの手紙が届くようになったそうだ。
「大愚」とは何を表すのか?
人々の悩みに答える大愚和尚も、かつては苦悩のどん底にいたことがあるという。そんな時、相談した師匠から与えられた名が「大愚」だ。
捉え方によっては一見ネガティブな印象を与える言葉だが、仏教では「大愚は大賢に勝る」と考えられ、何にも囚われない自由な境地の意味を持つ。和尚はその名のとおり、自由な発想でYouTubeやSNSを駆使し、人を救う道を選んだ。
和尚のもとに届く「人間関係」の悩みは幅広い。仕事やお金に関わる悩みはもちろん、婚活や結婚、再婚、不倫、セックスレス、仮面夫婦、親子関係など、恋愛にまつわるものも多数だという。年齢や家族構成によっても悩みは異なり、現在4500人もの相談者が、彼の答えを待っている状態にある。
「正直、登録者が70万人がどういう感じなのかはピンときていません。それでも、SNSという拡散ツールのおかげで私の元へ相談が届き、それを励みにしてくれている方の存在は実感しています。時代が変わった今も、人々がまだブッダの教えに耳を傾けるなんて、やはり仏教は不変だなと感じます」
ブッダの教えは現在も、和尚を通じてテクノロジーの波に乗り、お寺を飛び出し、国を越え、2600年前と同じように人々に気づきと救いを与え続けている。
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■著者情報
大愚元勝
佛心宗大叢山福厳寺住職。慈光マネジメント代表取締役。慈光グループ会長。佛心僧学院学長。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。 駒澤大学、曹洞宗大本山總持寺を経て、愛知学院大学大学院にて文学修士を取得。 僧侶、事業家、作家・講演家、セラピスト、空手家と5つの顔を持ち、「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。
YouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」
取材・文/坂本実紀