「家族と仲が悪く毎日イライラしている」「職場の上司と性格が合わなくてつらい」「恋愛がうまくいかず苦しい」。
私たちの人生には、このような乗り越えるべき「壁」がたくさんあります。その中でも最も大きな障害は「自分自身」かもしれません。なぜなら、悩みや苦しみは、「他人」が生み出しているのではなく、紛れもなく「自分」から生まれているものだから。
YouTube登録者数約70万人を誇る大人気僧侶・大愚和尚こと大愚元勝氏による累計5万部突破のベストセラー『自分という壁 自分の心に振り回されない29の方法』から一部を抜粋・編集し、自分を知り、受け入れ、変えていくためのヒントを紹介します。
悲しみの感情を「いったん置いておく」練習をする
■じつは「悲しみ」も「怒り」の一種
ちょっと驚かれるかもしれませんが、「悲しみ」という感情は、仏教的には「怒り」のグループである「瞋」に含まれます。
人は悲しみにくれた状態のことを、「心が痛い」と表現しますよね。心がなにかしらの攻撃を受けたり、もともとあったものが失われたりすることにより、発生する感情です。
それは他人から殴られて物理的に「痛い」と感じ、怒りがこみ上げてくるメカニズムと同じ。だから、悲しみと怒りは同列に扱われるのです。
例えば、トラブルに巻き込まれてもめごとに発展した場合、「おい、なんだよ」と怒って対抗する人もいれば、悲しくて泣き出してしまう人もいるでしょう。同じ出来事でも、状況や性格によって、怒りに振れることもあれば悲しみに振れることもある。それゆえに、同じグループでくくられているのです。
悲しみは記憶や感情の制御などをつかさどる、脳の前頭前野という部位で感じます。発達した人間の脳は記憶力に秀でているため、過去に起こった悲しい出来事をなかなか忘れられません。だから人間は、何年も前に亡くなった人や別れた相手のことを思い出して涙を流すのです。
人間以外の動物も、今、目の前で起こったことに対する悲しみを感じることはできるといわれています。
しかし、人間の記憶力と想像力はけた違いのため、実際に自分が経験したことだけでなく、聞いたこと、読んだこと、また別の出来事や知識などの情報がすべて相まって、悲しみを増幅させるように脳が仕向けるのです。
想像力がありすぎるがゆえに、これから起こる未来に対して悲しみを抱くこともあります。
例えば、自分の親が病気になり、「余命半年」と医師から告げられたらどうでしょう?
目の前でまだ生きていらっしゃるのに、半年後のことを想像して、落胆し、悲しみ、涙が出てきてしまうのではないでしょうか。
これは人間だけに与えられた特権であり、一方で苦しみを生み続けるある種の難物でもあります。ほかの動物が未来を想像して悲しむことは、おそらくないはずです。
■諸行無常を忘れるなかれ
強い「悲しみ」が生じたとき、私たちは自分の心を客観的に見ることができなくなってしまいます。
例えば、生きものの命は永遠でないことを、誰もが知っています。
でも、親しい人の死期が迫ったり、飼っているペットが重い病気にかかったりすると、とたんに客観性を失い、抗うことのできない事実と向き合えなくなってしまいます。
悲しみがどんどん増幅すると、自我、すなわち自分のなかの信念が揺らいでいきます。
そしてここでも、自分のなかにある「妄想」と「思い込み」が暗躍します。
両親はずっとそばにいて自分を守ってくれるもの、恋人との愛は永遠に続くものと〝勘違い〟しているから、それらを失ったときの悲しみは大きくなるのです。
思い込みが強烈であればあるほど、それを揺るがす出来事が起こったときには、とてつもない悲しみを感じることになります。
冷静になれば、客観的に自分を見つめれば、通常は年長者から先に亡くなっていくことも、ほとんどのカップルがいつかは別れを迎えることも、なにもかも理解しているにもかかわらず、「そんなことはない」と信じたい別の自分(=自我を失った自分)が顔をのぞかせ、悲しみを後押しするのです。
結局のところ、悲しみという感情は、おもに大切な誰かとの別離、あるいは誰かからの攻撃(裏切り)によって起こります。
自分の心の中に形成されている期待や願望が崩れ、一部が失われることで生じるわけですね。
現実にそういうことが起こってしまったのに、受け入れたくないという気持ちはわかります。自分の近くにいてほしいものが離れていってしまうわけですから。
しかし、ここで思い出していただきたいのが、諸行無常の考え方。この世のすべてのものは仮の状態、変わっていくもので、永遠に続くものはひとつとしてありません。これをつねに心の中に留めておきましょう。
対象が家族、恋人、親友など、好きな人であれば、それはそれは悲しいでしょう。それでも「いつか別れがくる」ことを意識していた場合と、まったくしていなかった場合とでは、受ける悲しみの度合いは大きく変わってきます。
これが、悲しみという感情をコントロールするための、ひとつのテクニックです。
■「悲しみ」をコントロールする効果的な技術
悲しみをいったん脇に置いておく、という方法も有効です。
例えば、失恋したばかりのときに職場で突然部署の異動が決まってしまったら、新しい仕事を覚えたり、新たな人間関係をつくることに必死になり、恋愛について考える時間や心の余裕がなくなってしまったりしますよね。
このように悲しんでいられない状況や、それよりも優先しなければならない用件を、自ら強引につくってしまうのです。
あくまで可能であればという前提になりますが、転職をしたり、引越しをしたり、旅行をしたり、新たな習い事を始めたり―ということができれば、「それどころじゃない」状況になるため、心の中の悲しみを抑えることができます。
同じ場所にずっといたり、悲しみの対象とともに過ごした日々を思い出すような環境に身を置いたりするのは、お勧めできません。いつまで経っても、気持ちを切り替えることができず、落ち込んだままになってしまいます。
大事なのは理性を働かせ、自分の感情を客観的に見つめること。論理的にものごとを考え、「自分の悲しみを手放していくために自分の意志でこれをやっているんだ」と認識したうえで行動すれば、悲しみをうまくコントロールできるようになると思います。
そういう意味でいうと、葬送儀礼のしくみって非常によくできているんです。
近しい誰かが亡くなると大きな悲しみが生まれますが、それと同時にその事実を故人と交友のあった人たちに連絡したり、葬儀業者を手配したり、次から次へとやることがでてきて、お通夜だ、告別式だとてんやわんやになります。
そして、ご遺体を荼毘に付し、お骨を骨壺に入れて、ご自宅に運んで、弔問客に挨拶をしてと、息つく余裕もありません。葬儀が終われば、今度は役所への届出や、さまざまな手続きが必要になります。
「悲しいけれど、悲しんでいる暇がない」
しばらくそんな状況が続きます。
そうこうしているうちに四十九日を迎えるわけですが、そのころには少し気持ちが落ち着いているという方は多いのではないでしょうか。本来であれば悲しみに包み込まれてしまう期間なのに、その感情を後回しにしてでも目の前にやらなければならないことがあると、そのあいだに少しずつ悲しみが薄らいでいくからです。
お葬式や法事といった葬送の儀式は、私たちの悲しみを癒し、気持ちを整理して受け入れていくために大きな役割を果たしていたりするのです。
■悲しみ尽くした先に見えてくるもの
最後にもうひとつお伝えしたいのは、「徹底的に悲しむ」ということです。
人間の情動というものは、どんなに大きくても、最終的には脳内でセロトニンというホルモンが分泌されることにより、落ち着くようにできています。
もちろん個人差はありますが、悲しみという感情が限界に達すると、その後は上向きな気持ちに転じるようになるのです。
私は2011年3月に起こった東日本大震災のあと、ボランティアとして何度も現地に足を運びました。
震災直後に被災者の方々が受けた悲しみは想像を絶するもの、筆舌に尽くしがたいものだったでしょう。
でも、それから数年後にお話をすると、「もう、しょうがねえよ」「こうなっちゃったものは変えられないから、ここから頑張るしかないな」といったような言葉が、多く聞かれるようになりました。
おそらくみなさんは、徹底的に悲しんだことで「悲しみという感情だけでは前に進めない」ということを理解されたのだと思います。
その境地に到達すると、感情よりも理性が強くなり、「これを片づけて、次はこっちを直して」というふうに、復興に向けて論理的にものごとを考えるようになる―そんな様子が伝わってきました。
悲しみはとてもつらい感情ですが、無理をして忘れようとしたり、我慢をしたりするのはいけません。目を背けたいがために、自分の心に完全に蓋をしてしまうのは絶対にNGです。それではずっと心が癒えないままになってしまい、心身の健康を損ねてしまう可能性もあります。
大事なのは、好きなモノやコトはいつか必ず自分から離れていくと覚悟し、諸行無常を忘れずに日々を過ごすこと。そして、できるだけ客観的に自分に向き合い、徹底的に悲しんだり、時には悲しみをいったん脇に置いたりするなど、この感情をコントロールできるように努めていく。
その積み重ねが、今よりも苦しみの少ない人生を築き上げていくのです。
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いかがだったでしょうか?
『自分という壁 自分の心に振り回されない29の方法』は、自己との向き合い方を深く考えさせてくれる一冊です。
人生の壁に直面した時、それを他人や環境のせいにするのではなく、自分の内側を見つめ直すことで新たな道が見えてくるかもしれません。
大愚和尚のメッセージは、読む人の心にそっと寄り添い、勇気を与えてくれます。本書を通じて、人生に立ちはだかる「壁」を超える力を、一緒に見つけてみませんか?
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怒り、悲しみ、不安、嫉妬、後悔――。あなたを苦しめるネガティブな感情との向き合い方、上手な手放し方を身につける方法とは?長年にわたり数多くの人々の悩みや苦しみと向き合ってきた禅僧である大愚和尚が、仏教の思考法に基づき、自分の心との向き合い方、負の感情の手放し方を伝授する必読の一冊!
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■著者情報
大愚元勝
佛心宗大叢山福厳寺住職。慈光マネジメント代表取締役。慈光グループ会長。佛心僧学院学長。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。 駒澤大学、曹洞宗大本山總持寺を経て、愛知学院大学大学院にて文学修士を取得。 僧侶、事業家、作家・講演家、セラピスト、空手家と5つの顔を持ち、「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。
YouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」
構成/DIME編集部