世界的に日本食が人気だがここマレーシアでも例外ではない。2024年10月現在、マレーシア国内には751軒の日本食レストランがあり、そのうち半分近い315軒は首都クアラルンプールに在ると言われている。
やはり寿司は人気で、カウンター越しに日本人の寿司職人が腕を振るう1人1700リンギット(約5万9000円)前後の完全予約制おまかせ寿司から1貫1リンギット(約33円)からの街中のテイクアウト専門店まで現地の人にもすっかり定着している。
だが日本からみるとさすがにちょっと考えさせられる寿司がある。「寿司の天ぷら(Tempura Sushi)」だ。そんなマレーシアで見つけた少し変わったお寿司を紹介したい。
マレーシアでも魚介は人気の食材だが回転寿司で人気のネタは……
マレーシアは熱帯ジャングルだけではなく海洋国でもあるため日本同様に海産物は非常に身近な食材だ。海岸線に沿った海辺の街では新鮮な魚介が手に入りやすく、その土地ごとにある名物海鮮料理が食べられる。
また米が主食となる点も似ていて、ココナッツミルクで炊いたご飯をおかずと一緒に混ぜて食べるナシレマは国民食とも呼ばれている。このように食材に米や魚介などを使う料理も多く、日本食とも親和性がありそうなものだが寿司が現在のようにブームとなり定着するまで時間がかかった。
寿司はしっかりと冷蔵庫に入れて販売されている
熱帯マレーシアではかつて冷蔵庫の普及率の低さや輸送の問題などもあり、生の魚介などは食あたりをするリスクがある食材との認識があった。そのためマレーシアではこれらの食材の一般的な調理方法は「強火で炒める」「油で揚げる」だ。食あたりを防ぐためにしっかりと火を通していたのだ。さらにマレー系(ムスリム)、インド系などはスパイスも多用し比較的しっかりとした濃い味付けとなり素材そのものを味わうという料理は少ない。
実際に地元客が多めの比較的リーズナブルな価格帯の回転寿司でよく見かけるネタで生の魚介のメインはサーモンでそのほかはイカ、マグロ、エビぐらいである。サーモンが人気なのは「衛生的な環境で養殖されている」ことが比較的よく知られているからだ。寿司とはいってもネタはしっかりと火が通ったウインナー、エビフライ、鳥の唐揚げなどが主流なのだ。そしてマレーシア人は寿司にしょう油ではなく、トッピングによってはマヨネーズやケチャップをかけるのも珍しいことではない。
一般的なマレーシア人にとって寿司とは一口サイズの米飯の上にさまざまな具材がトッピングしてある食べ物という理解のようだ。
寿司に衣をつけて油で揚げてしまう寿司天ぷらとは!?
その寿司の定番のひとつが、細巻きか中太巻きをカットし衣をつけ油で揚げたアメリカ発祥とも言われている「寿司の天ぷら(Tempura Sushi)」。パン粉をつけてコロッケやイタリアのライスボールのように揚げたものは「揚げ寿司(Deep Fried Sushi)」と呼ばれることもある。
ただしこの調理方法はあくまでも寿司のアレンジメニューといった位置付けであり、本来のものではないことも知られている。
存在は知っていたがつい最近まで筆者はこの「寿司の天ぷら」を食べたことがなかった。正直なところ若干抵抗があったのだが今回初めて挑戦をしてみた。
薄く天ぷら衣がついた細巻き
日本食レストランのランチ定食で提供されたのはツナマヨの細巻きの天ぷら。衣は薄く、細巻きのノリも心なしかパリっとしている。そして出来立てを出されるためアツアツで半分に割ると湯気がたちのぼるほどだった。熱で酢の酸味が飛んでしまうのか、すし飯の味がしなかった。意外だったのは揚げ物感がほぼなかったところ。
パッと見にはわかりにくい見た目の“揚げ串寿司”
寿司のテイクアウト専門店では天ぷら寿司は串に刺して売っていた。見た目だけでいえば横浜の中華街などで食べ歩き用に売っている鶏の唐揚げである。中はカニカマや卵焼きが入っていたが、とにかくマヨネーズとケチャップに味を持っていかれてしまっていた。ご飯に揚げ油がしっかりとからまり寿司だと思うと若干つらい味だった。
マレーシアで寿司の天ぷらが思ったよりも浸透している理由
揚げた寿司とはマレーシア人にとってどのようなものか気になったので「マレーシアで寿司の天ぷらが人気なのはなぜなのか」と実際に当地の寿司好きに質問をしてみた。すると以下のような答えがかえってきた。
「寿司は好きだけど生だと抵抗があるし不安なのでしっかり火が通っている方がいい(マレー系/ムスリム)」
「特に衛生面を気にしているのではなく、油であがっている味が好きだから(中華系)」
このあたりはそれぞれ民族の背景にある食文化が感じられる。かつて砂漠の民であったマレー系(ムスリム)は、ナマモノは避ける傾向にある。中華系は油で炒る、揚げるなどの料理が多い。またヒンドゥ教徒が多いインド系は肉食魚介類を避けるため食の好みというよりも宗教上の理由で避けられることもある。インド系の男性で寿司はかっぱ巻きだけ食べるという人がいたのも興味深い。
中国のラーメンと日本のラーメンは同じ名称でも麺もスープもだいぶ違うという話はすでに広く知られている。それと同じように寿司も現地で進化をとげマレーシアで地域化していった先、マレーシアとしての寿司の最適解が「寿司の天ぷら」なのかもしれない。
文/逗子マリナ
マレーシア在住ライター。2016年からマレーシア在住のフリーランスライター。日本のメディア・企業向けにリサーチ、現地情報収集、観光情報、国際展示会取材など幅広く活動中。地球の歩き方の歩き方webクアラルンプール特派員。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。