いま、東京23区の「住みたい街」ランキングで1、2を争うほど人気の街、恵比寿。
この恵比寿という街の名前が、ヱビスビールに由来していることはご存じだろうか。ヱビスビールが恵比寿に由来しているのではない。その逆なのだ。ヱビスビールが先にあり、恵比寿という街が誕生したのである。
ヱビス発祥の地であるサッポロビール恵比寿工場があった場所は、現在「恵比寿ガーデンプレイス」に姿を変え、いまも恵比寿の街のシンボルとなっている。
今年4月、その恵比寿ガーデンプレイスの中に、ヱビスのブルワリー(醸造所)が誕生し、35年ぶりに醸造が再開された。
ヱビスビール誕生の地で新たに生まれ変わった醸造所「YEBISU BREWERY TOKYO」に込められた思いとは?
沖井尊子さん(中央右)
サッポロビール株式会社
マーケティング本部ビール&RTD事業部 ヱビスブランドグループ ブランドマネージャー
2011年サッポロビール入社。営業、商品企画の部署を経て、2019年からブランディングや、4P戦略の立案を行なうビール&RTD事業部でヱビスブランドを担当。2020年春より、同ブランドのブランドマネージャーとなる。YEBISU BREWERY TOKYOでは、ブランド・マーケティング領域を担当。
田中章生さん(右)
サッポロビール株式会社
マーケティング本部ビール&RTD事業部 デザイングループ クリエイティブディレクター
2007年頃からヱビスブランド全般のデザインディレクションを担当。YEBISU BREWERY TOKYOではデザイン表現方針策定・定着ディレクションの領域を担当。
佐々木亜悠さん(中央左)
株式会社電通 フューチャー・クリエーティブ・センター グループ・クリエーティブ・ディレクター
2002年電通入社。クライアント課題に応じた事業戦略からコミュニケーション・デザインやアクティベーションなど、領域を規定しないクリエイティブ・プランニングを行う。グローバルクライアントを中心に、トイレタリー、ヘルスケア、飲料、化粧品、ファッション、国家の輸出振興プロジェクトなど、さまざまなクライアント業務に従事。「YEBISU BREWERY TOKYO」では、クリエーティブ・ディレクターとしてコンセプト開発から空間・体験デザインのディレクションを担当。
南木隆助さん(左)
株式会社電通 サステナブルコンサルティング室 チーフアーキテクト
慶應義塾大学卒業。大学時代は坂茂ゼミに所属。空間、ブランディング、商品開発などのプロジェクトを最初の企画から、デザイン、PRまでを網羅しながら、ブルワリーや幼稚園のような大きなものから、小鳥のための巣箱まで、場の力に寄与するデザインを手がける。「YEBISU BREWERY TOKYO」では企画から空間デザインまでを横断して担当。
「YEBISU BREWERY TOKYO」が描く「過去」「現在」「未来」
施設名称:YEBISU BREWERY TOKYO(ヱビス ブルワリー トウキョウ)
場 所:東京都渋谷区恵比寿4-20-1 恵比寿ガーデンプレイス内
営業時間:平日 12:00~20:00(ラストオーダー : 19:30)、土日祝 11:00~19:00(ラストオーダー : 18:30)
定休日 火曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始、臨時休館日
入場料 無料
※入場時の予約は不要です。混雑状況によっては入場制限がかかる可能性がございます。
来場者が一番最初に目にする景色。エントランスから一歩奥に入ると、中央にブルワリー、左手にミュージアム、右手にタップルームが広がっている。
「外からは中がどのようになっているのか、あえて分からないようにデザインしており、『YEBISU BREWERY TOKYO』の世界に入り込む瞬間からこだわっています」(田中さん)
BEER is JOURNEY:ツアー参加者の待合場所にもなっている「JOURNEY LOUNGE」。サッポロビール恵比寿工場があった時代の恵比寿の街を再現したジオラマの他、当時の写真が壁一面に飾られている。
「恵比寿の街でビールをつくっていた頃の写真を今回改めて探し出してきて公開しています。恵比寿という街にとっても、サッポロビールにとっても、ヱビスにとっても貴重な歴史資料です。稀に『この風景、覚えているよ』とおっしゃっていただけることもあり嬉しく思います」(沖井さん)
BEER is HISTORY:130年以上の歴史を持つヱビスの物語を振り返るミュージアムエリア。
「ヱビスのこれまでの挑戦や、ヱビスビールが街と共に歩んできたことを改めて感じていただけると思います。1890年に初めて発売されたヱビスビール、ビールの出荷専用の貨物駅として開設された恵比寿停車場、戦時中にビールが配給品となり全てのビールブランドが消えたこと、そして1971年に復活したヱビスビールなど、写真や実物を交えながら紹介しています」(沖井さん)
BEER is ∞:ヱビスの「過去」を感じる「BEER is JOURNEY」「BEER is HISTORY」の次には、ヱビスの「現在」を感じるブルワリーエリア。中央の醸造釜は、「YEBISU BREWERY TOKYO」でのみ飲むことができるオリジナルのヱビスを醸造している。
「実際に35年以上前に恵比寿工場で使われていたビール酵母『ヱビス酵母』と、1890年誕生当時のヱビスビールに使われていたとされるホップを使って、今ならどれだけおいしくできるか、ということに挑戦をしている『ヱビス ∞』の他、期間限定や数量限定のオリジナルヱビスも提供しています」(沖井さん)
「醸造釜は、ビールには無限の可能性があることを見て、知って、体感してもらうための当施設のシンボルです」(田中さん)
多種多様なテーブルや椅子が配置された空間で「YEBISU BREWERY TOKYO」だけのヱビスを楽しめるタップエリア。
「ただビールを味わうだけでなく、そこからイマジネーションやクリエイティブに繋げてもらえるように、ブレインストーミングができる空間も用意しています。恵比寿という街の新たな姿に、ヱビスは共に『未来』を創っていきたいと考えています」(沖井さん)
※現在はツアー予約者用の部屋として使用
ヱビスを‶体感〟できる場所として、35年ぶりに恵比寿に誕生した醸造所
――今年4月にオープンした「YEBISU BREWERY TOKYO」ですが、コンセプトや構想期間などをお聞きしてもいいでしょうか。
沖井:この場所自体は、恵比寿ガーデンプレイスがオープンをした後も、ヱビスを感じていただく場としてさまざまな形で存在してきました。2010年からは、ヱビスビール記念館と称して、ヱビスの歴史を知っていただき、ヱビスの主要商品を飲むことができる施設として運営して参りました。
変化する恵比寿の街の中、ヱビスビールが生まれた場所で、もう一度醸造できる設備を構え、誕生の頃の想いを忘れずビールの魅力を追求し続けよう、という思いから始まったのが「YEBISU BREWERY TOKYO」です。
田中:これまでにない新しいコンセプトの施設をつくるにあたり、「YEBISU BREWERY TOKYO」のプロジェクトでは、サッポロビールのブランド、デザインチームだけでなく、顧客インサイトを元にした体験設計やスペースデザイン・コンセプト開発に知見がある電通の皆さんにサポートを依頼し、かなり初期の段階からご協力をいただいています。
佐々木:実は、電通ではブランドマーケティングの新しい形として「空間」のプロデュースも手掛けています。ブランドの旗艦店やシンボルとしての拠点を、どのように作り、どのように世の中に見せていくのかのお手伝いをさせてもらっていて、「YEBISU BREWERY TOKYO」も、サッポロビールの皆さんからお声がけいただきました。
南木:延べ5年以上のお付き合いになりますよね。
田中:そうですね。
「YEBISU BREWERY TOKYO」は当初からただの「醸造所」ではなく、新たな体験をしてもらえる醸造所をコンセプトに企画が始まりました。
皆さんに普段から何気なく飲んでいただいているビールのひとつひとつにも物語があるということを知ってもらい、実際にビールを飲んでもらうことまで体験していただくことで新たな発見をしてほしいという思いがあります。
南木:ヱビスは、昔からビールをつくることだけでなく、ビールを通して新たな体験を提供してきた歴史があります。ミュージアムエリアでも紹介されていますが、1899年に日本初のビヤホールを開業したのもヱビスだと言われていますし、明治時代には「初荷(はつに)」と呼ばれる、ビールの初出荷の際に街を練り歩くイベントを行ない一つの風物詩を作り上げたりとさまざまな挑戦をされてきましたよね。
佐々木:そこがヱビスのすごいところですよね。店頭に並んでいる商品ひとつひとつにお客様の時間をつくることが設計されています。
「YEBISU BREWERY TOKYO」が、「過去」「現在」「未来」をそれぞれ感じられるエリアになっているのも、130年以上の歴史のあるヱビスの物語を一から知ってもらい、いつも飲んでいる‶一杯〟に辿りついてもらうためなんです。
南木:ただエリアを分けるだけでなく、五感を通してそれを感じられる工夫をしています。例えば、光(照明)のデザインにもこだわりがありまして、少し薄暗いミュージアムから、現在に向かうにつれて段々と明るくなってきて、最後、ビールを実際に飲むエリアでは光を全身で感じられる場所になっています。
開業前に「YEBISU BREWERY TOKYO」の館内を実際の流れでご案内いただきビールも飲ませていただいたのですが、130年以上の歴史の重みや面白さを知ってから飲むヱビスビールは人生で一番、美味しかったですね(笑)。
――いま、若い世代の人は恵比寿という街がヱビスビールから名付けられたということを知らない人もたくさんいると思います。改めて、恵比寿がヱビスビール誕生の地であること、恵比寿がヱビスにルーツがあることを知ってもらう意味でも「YEBISU BREWERY TOKYO」には大きな意味がありますよね。
沖井:そうなんです。過去に弊社が調査したデータでも、残念ながらヱビスと恵比寿の関係はあまり知られていなかったんです。
南木:恵比寿にあるからヱビスではなく、ヱビスビールがあったから恵比寿があるというのはブランドのアイデンティティとしてサッポロビールの皆さんがずっと大事にしてきたことです。当時を知らない世代の方にも、改めて知ってもらいたいですね。
沖井:はい。ヱビスを‶知る〟だけでなく、過去・現在・未来の物語を‶体感〟できる場所はこれまでありませんでした。それを、ここ恵比寿でできるということに私たちは大きな意味を感じています。ヱビスビールを飲む、ということがヱビスならではの体験になると嬉しいですね。
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修