私の名前を初めて目にする方からよく言われること、それは「キニマンスっていうお笑いコンビの男性芸人とばかり思っていました」。(なんでやねん!)笑わせるほどおもしろい話はできませんが、せっかくなのでこの名前の由来についてちょっとだけ説明するとしましょう。
先祖ゆかりの地を訪れるツアーが旅行業界のトレンドに
Kininmonthは英語ネイティブの人も二度見するほど珍しい、スコットランド人の曽祖父の名字です。父方の家族はイギリスやアイルランドなどにもルーツがあり、19世紀後半から20世紀初頭にかけてオーストラリアや南アフリカなど大英帝国の植民地を転々とした末にニュージーランドに住み着いた入植者の末裔なのです。と、いきなり壮大な話になってしまいましたが、自分の家系の歴史を調べることは欧米諸国ではとても一般的になっているようです。
「系譜作り」と聞くと、倉庫から発掘されたカビ臭い古書や郷土史を読み漁るような地味なイメージがありますが現代の家系図業界は2030年には80億ドルを超えるぐらいの規模成長が期待されているのです!『Ancestry.com』や『FamilySearch』など、誰でも自分のファミリーツリーを調べられるサービスはインターネット普及期からありましたが、唾液で民族性ルーツを手軽に調べられる遺伝子検査キットが2017年頃から人気を集め、今では世界中4000万人以上が自分の遺伝子情報から出自を調べているんだとか!
ルーツの旅はパソコンの前に留まらず、先祖ゆかりの地を訪れるツアーも旅行業界のトレンドとなっています。イタリア外務相は2024年を「ルーツ・ツーリズムの年」と宣言し、推定8000万人のイタリアにツールがある人々を歓迎するキャンペーンを打ち出したところ、たった半年で7万5000以上もの応募が殺到! 16世紀までさかのぼる記録をもとにご先祖さまの故郷を巡礼するなんて、なんだかエモい……。さらに4親等以内にイタリア国民の先祖がいたと証明できれば市民権も認められるのだとか。
その一方で、家族の情報の手がかりがほぼ皆無という人も世の中には大勢います。アメリカでたった160年ほど前まで奴隷とされていたアフリカ系の子孫がその一例です。今年の夏、業界最大手「Ancestry.com」が当時の新聞記事など約3万8000点の資料の無料公開に踏み切ったことが話題になりました。AIによる検索や要約の効率化も注目ポイントですが、逃亡した奴隷の尋ね人広告や、人身取引の宣伝記事など、18万人以上もの人間が「商品」として記載されていた記録から祖先の詳細を探す心境とは一体どんなものだろうと、想像せずにはいられません。
興味本位で自分のルーツを調べてみたら人生が大きく変わった、何て体験をする人はおそらく今後増えるかもしれません。個々のアイデンティティへの探究心がこの業界をさらに押し上げていくのは間違いないでしょう。「自分は先祖代々100%日本人」と思っている人も、もしかしたら驚きの真相が分かるかもしれませんね。意外と知らないことが多い家族の歴史、ちょっと調べてみたくなってきませんか?
日本にも先祖探しブームの兆し?
テイラー・スウィフト×エミリー・ディキンソン
この春、人気アーティストのテイラー・スウィフトさんが19世紀の詩人エミリー・ディキンソンと遠い親族であることが「Ancestry.com」の調査によって判明した。米文学史上最高と讃えられる詩人と現代音楽史の記録を塗り替えてきた歌手の共通のルーツに必然性を感じたファンも多いのでは?
先祖サーチ
「先祖サーチ」(写真)や「ファミリーサーチ」など、先祖調査や家系図作成サービスを提供する企業は日本でも増えている。また、推定約42万人の沖縄ルーツの人々の家譜探しに応えるため、沖縄県立図書館は多言語相談窓口を設けている。
文/キニマンス塚本ニキ
キニマンス塚本ニキ
東京都生まれ、ニュージーランド育ち。英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティやコメンテーターとして活躍中。近著に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)がある。
撮影/干川 修 写真/AP/アフロ(テイラー・スウィフト) ヘアメイク/高部友見