米国の大統領選挙と議会選挙は、共和党が大統領府と上下両院の過半数を全て押さえる「トリプル・レッド(共和党のイメージカラーの赤にちなんだ呼び方)」という結果になった。世論のお墨付きを得たことで、今後トランプ新大統領の個性的な経済政策が実行に移されることとなりそうだ。
「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げ、同盟国との摩擦や対峙する国への容赦ない攻撃をためらわないトランプ新政権がスタートすることで、世界の金融市場は乱気流に突入しつつある。
今回は、三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト・白木 久史氏から、そんなマーケットの動向に関する分析リポートが届いているので概要をお伝えする。
マーケットも「アメリカ・ファースト」
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ新大統領は、国際協調や自由貿易よりも自国の利益を優先する政策を公言している。まるで、アニメのドラえもんに登場するジャイアンのように「お前の物はオレの物、オレの物はオレの物」と言わんばかりの振る舞いに終始するようなら、のび太(日本)もスネ夫(欧州)もたまったものではない。
世界トップの経済大国による「ジャイアニズム全開」の経済政策を織り込んで、マーケットでも「アメリカ・ファースト」な展開が続いている。為替市場では対主要通貨でドル高が進み、貿易量で加重平均したドルの実質実効為替レートは、トランプ氏の勝利を受けて大きくドル高が進んでいる。
また、株式市場でも「米国の一人勝ち」が鮮明となりつつある(図表1)。米国ではトランプ氏の当選以降は、マーケットやビジネスに追い風となる政策への期待から株高が続いているが、こうした政策の「とばっちり」から、無理難題を押し付けられかねない周辺国の株式市場は冴えない展開が続いており、株式市場の2極化が鮮明となっている。
乱気流に突入するマーケット
トランプ政権の誕生を受けて、世界経済やマーケットは乱気流に突入しつつある。ちょうど、積乱雲を前にした旅客機のように、私たちも座席へ戻り、リクライニングを直し、シートベルトをしっかり締めて、これからやってくる「揺れ」をやり過ごす必要がありそうだ。
トランプ氏が打ち出すであろう政策が起こす「乱気流」の中でも最も警戒しなくてはならないのは、対中強硬姿勢のさらなる強化だろう。
既に対中強硬派として知られる人物の政府高官への任命が報じられているが、米国を中心とする国際秩序に公然と挑戦し、領土的な野心を隠そうとしないように見える中国に対し、新政権はその封じ込めに本腰を入れてくる可能性が高そうだ。
こうした動きは、隣国として中国と深い経済的なつながりを持つ日本にとっては頭痛の種となる。
■裏切り者への鉄槌?ASMLショック
10月15日、オランダの大手半導体製造装置メーカーASML社は決算を発表したが、第3四半期の受注額が前四半期比約▲53%の急減となったことが嫌気され、株価は1日で約▲15.6%下落した(図表2)。
決算発表後、ASML社のフーケCEOは、同社にとって最大の市場である中国向けビジネスが、米国の圧力により影響を受ける可能性について言及している。
ASLM株の下落を受けて、同様に中国向けビジネスに積極的とされる日本の半導体関連株も、大きく連れ安となっている。
こうした懸念は、半導体関連株に限った話では済まないかもしれない。というのも、日中の密接な経済関係から、半導体以外の電子部品、自動車・同部品、機械などの工業製品、高品質で評判の良い生理用品、そしてアパレル小売りまで、日本企業は幅広いビジネスを中国で展開しているからだ。
もちろん、こうしたビジネスが全て大きな制約を受けるわけではない。しかし、経済安全保障の観点から重要な分野については、今後米国から「踏み絵」を迫られる可能性が高く、日本企業は厳しい「二者択一」を迫られることとなりそうだ。
トランプ2.0を生き残る投資戦略
強いものではなく、変化に適応したものが生き残る」と言ったのは、英国の地質・生物学者チャールズ・R・ダーウィンだが、今後大きな変化が予想される市場環境で投資家として生き残っていくには、相応の変化が求められるのは当たり前かもしれない。
■金利上昇を凌ぐ
トランプ時代に想定される環境変化の一つに挙げられるのが、金利の上昇ではないか。減税を含む積極財政は景気浮揚と同時に財政悪化を招く可能性が指摘されている。
さらに、安価な輸入品に関税がかけられることでインフレ圧力も高まる可能性があることから、金利には上昇圧力がかかることとなりそうだ。
株式市場にとって逆風となりやすい金利上昇ですが、米国の金融機関と異なり投資有価証券全体では大きな含み損を抱えていないとされる日本の金融機関にとっては、株価の追い風となる可能性が高そうだ。
例えば、銀行は低利の預金と貸出・運用との金利差から得られる収益で決済サービスのコストを賄っているが、低金利下ではこうしたコストをカバーできないため、どうしても経営は苦しくなる。
一方、金利が上昇すると、銀行としての決済サービスがペイするようになり、更に貸出金利と調達金利との差が拡大するため、利ザヤ改善により業績は大きく改善する傾向がある。
また、生保も保険契約者と約束した利回りを上回る水準での資産運用を続ける必要があるため、金利上昇は逆ザヤ解消などを通じて経営や株価に大きなプラスとなりそうだ。
■絶望的に明るい軍需産業の近未来
トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)のような多国間の防衛協定において、同盟国にGDP比で3%の防衛費負担を求めていると報じられている。「天は自ら助くるものを助く」のことわざにある通り、関係国に自助努力を強く求めた格好だ。
世界で最も厳しい安全保障環境にあるとされる日本でも、国防・宇宙関連ビジネスには強い追い風が吹くこととなりそうだ。このため、主要な国防装備品を製造する重電メーカー、ロケット・衛星関連ビジネスを手掛ける電機大手、精密機器メーカーなどは、関連銘柄として注目を集めることとなりそうだ。
■クリーンエネルギー「原発」の再評価
気候変動問題への関心が低く、パリ協定からの離脱がささやかれるトランプ新政権は、新たなクリーンエネルギーとしての原子力発電に注目している。トランプ氏は選挙公約で既存の原発利用拡大、先進原子炉開発、そして、関連する規制緩和を打ち出しているが、中でもSMRと呼ばれる最新鋭の小型モジュール炉への市場の関心が高まっている。
既に、グーグル、アマゾン、オラクルなどがAI開発で利用する大規模データセンターに、SMRを併設する計画を表明。こうした動きもあって、原発関連銘柄はAIの成長ストーリーに原発のイノベーション期待が加わることで、投資テーマとして注目を集めることとなりそうだ。
論功行賞から始まる投資テーマ
選挙にまつわる露骨な論功行賞は、洋の東西を問わず世の常と言えそうだ。今回の米大統領選挙で言えば、テスラ社のイーロン・マスクCEOがその筆頭格と言えるだろう。
既に、グーグル、アマゾン、オラクルなどがAI開発で利用する大規模データセンターに、SMRを併設する計画を表明している。こうした動きもあって、原発関連銘柄はAIの成長ストーリーに原発のイノベーション期待が加わることで、投資テーマとして注目を集めることとなるかもしれない。
まとめに
ジャイアンの得意料理「ジャイアンシチュー」は、挽肉、たくあん、塩辛、ジャム、大福などをまとめて煮込んだ、悪臭を放つ個性的な料理だ。周囲はジャイアンシチューを食べなければならないことに戦慄するが、トランプ氏の要求を無理やり飲まされる周辺国の今の姿と重なってくる。
財政拡張や高関税と同時にインフレ抑制を目指したり、強い米国を志向しつつ国際協調や同盟関係に逆行しかねない要求を振りかざすなど、その政策には「アンバランスで危険な匂い」が漂う。
ジャイアンは主催するディナーショーのために調理した「ジャイアンシチュー」を自ら試食して気絶してしまうが、そうしたドタバタは漫画の世界だけにしていただきたいものだ。
◎個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。
構成/清水眞希