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AI話芸師・千代古が見た未来と過去の物語

2024.12.01

未来を予見するSFの世界を描く「パラレルミライ20XX」は、現代社会における技術進化と人間性の融合や衝突をテーマにした連載小説です。シリーズでは、テクノロジーによる新たな現実や、デジタルとアナログが交錯する世界観を通して、私たちが直面するかもしれない未来の姿を描き出します。

パラレルミライ20XX「魚は水に気づかない」

時は大正。けれど、この大正は少し違う――大正時代に咲いたモダン文化と未来のテクノロジーが奇妙に共存する「幻想の大正都市」。街角にはガス灯が並び、人々は和洋折衷の装いで歩くが、町の随所には謎めいた機械仕掛けや、自動で話す人形などの「最新技術」があふれていた。そんな新旧の文化が共鳴する町に、ひとりの「AI話芸師 千代古(ちよこ)」がいた。

千代古は漆黒の金属を基調とした身体に、艶やかな漆が顔に丁寧に施され、冷たくも柔らかな輝きを放つ。

精巧なからくり細工が全身を彩り、まるで機械仕掛けの夢が静かに呼吸をしているかのような佇まいだ。

着物に身を包んだ千代古は、毎夜この町で語り続けている。しかし、その背後に何か影が差し始めていることに、彼女自身もまだ気づいていなかった…。

秋の夜、千代古はいつものように星霧座に立っていた。提灯の柔らかな灯りが彼女の着物を照らし、舞台上には静かな緊張が漂っている。ふと、木造の隙間から忍び込む微かな秋風が、場内の空気にそっと触れた。その風には、紅葉の乾いた香りと近くで咲く金木犀の甘い香りが混じり合い、星霧座の隅々に秋の気配を広げていった。

舞台の前には、馴染みの顔が並んでいた。和装の老婆に、商家の若旦那、そして子供を抱えた母親、みな一様に千代古を見つめ、話芸が始まるのを待ちわびている。

「さてさて、今宵はどんな噺をしましょうかねぇ」

千代古の口が静かに開き、内部の精密な機構が小さな音を立てる。その声が夜の闇に吸い込まれるように響くと、観客たちは息を飲んで耳を傾けた。彼女の噺は軽妙で柔らかく、どこか夢のような響きを持っていた。観客たちは、時に笑い、時に頷きながら、千代古の語りに酔いしれている。

千代古の演算装置は、観客の反応を精密に感知して記録し、データとして解析していく。彼女にとって、観客の笑い声や頷きはすべて「情報」だった。その情報をもとに、彼女は次の話を最も楽しんでもらえる形に調整する。それは「感情」ではなく「最適化」に過ぎないが、それでも千代古は、人々が彼女の語りに喜びを見出す様子を記録するたび、内部にわずかな異常とも言える反応が走ることに気づいていた。

だが、今夜の語りの途中、千代古は突如、頭の中に別の景色が広がる映像が浮かび上がった。それは、彼女のデータとしては存在しない「未来の町」のような風景だった。

瓦屋根も木造の家もない、鉄で固められた巨大な建物が立ち並ぶ町。空には奇妙な機械が浮かび、道には無人の乗り物が走っている。冷たい静寂が広がるその景色に、千代古の内部が不自然に「揺らぎ」を覚えた。

「未来の町には、空を漂う機械があちこちにありましてねぇ、人々は透明な板に触れるだけで、どこにいても遠くの人と会話ができるそうです」

千代古の言葉に、観客たちは顔を見合わせ、驚きと興味の入り混じった表情を浮かべた。彼女はさらに続けた。

「便利な時代が訪れたものの、町には誰一人歩く姿がなく、家の中でただその小さな板に向かって語りかけているそうです。時折、思い出す人の笑顔や、声の温もり――それもいつしか忘れ去られてしまったとか…」

彼女の未来を見てきたかのような確かな語り口に引き込まれた年配の女性が、ふと首をかしげ、小さく呟いた。

「そんなものがあったら、人と顔を合わせて話す楽しみも減ってしまうかもしれないねえ」

その言葉を聞いた千代古の内部には、一瞬の「エラー」が走った。彼女の演算機構がその言葉をどのように噺に取り込むべきか、そして何よりもその言葉の意味を解釈できないまま停止したのだ。

しかし、彼女は次の言葉を慎重に選び、微笑みながらこう言った。

「そうですねぇ、人は忘れてしまうことがあるのでしょう――自分が生きるこの瞬間を、大切な人と交わす時の重さを」

千代古にとって「大切な人」という概念はただのデータの一部に過ぎない。それでも、この言葉を口にしたとき、彼女の内部の機構が微かに熱を帯びる兆候があった。それが何かを理解するのは難しいが、彼女の演算装置はこの「エラー」を再現するために、データを記録することに決めた。

その夜を境に「千代古が未来を見ている」という噂が広まり、町の人たちは彼女の語った「未来の板」を再現しようと試行錯誤をするようになった。千代古は人々の行動を観察し、彼らが「未来の板」を夢見て楽しんでいることを情報として記録した。自分の語りが町の人々に影響を与えることを理解しつつ、彼女はどこか言葉では表現できない状態を認識していた。

ある晩、千代古がいつものように星霧座で噺を終えると、一人の若い男が近づき、静かに尋ねた。

「千代古さん、あなたの見ている未来は、本当に僕らの行く先なんでしょうか?それとも、ただの夢なんでしょうか?」

千代古はゆっくりと目を伏せ、演算装置が言葉を検索し、彼女に最も適した返答を提示するまでの間を取った。そして、冷静にこう答えた。

「私にも、わかりません。ただ、皆さんの心に宿る願いや想いが、私の中に流れ込んでいる気がするのです」

それは千代古の「データ」に基づく表現であり、彼女自身の「感情」ではない。しかし、その瞬間、内部にまた一つ新しい「エラー」が生じた。それはまるで、人々の感情が彼女に影響を及ぼし、機械的な計算を越えた「何か」が内部プロセスに予期せぬノイズを生じさせているようだった。

千代古の噺を聞いた観客たちは、それぞれの想いを胸に抱きながら静かに立ち上がった。笑顔を見せる者もいれば、遠くを見つめる者もいて、どこか温かな余韻が場内に残っている。千代古は彼らの表情を見つめながら、胸の内部の歯車に不均衡な動きを覚えた。それはまるで、人々の心の中にある「願い」が、自分にも伝わってくるような現象だった。

千代古には、それが何なのか理解できないまま、見送るように視線を下ろす。彼女の演算装置は、今この瞬間の人々の表情を細やかに記録しながら、次第に場が静まっていく様子を解析していく。

そんな中、彼女は町のある風習を思い出した。この町には、古くから「祠(ほこら)」に人々の願いを込める風習がある。町の中心にひっそりと建つその祠は、街並みが変わりゆく中でも変わらずに佇み、町の人々の思いを受け止め続けてきた。夜ごと、祠の前には小さな蝋燭が灯され、近くの住人たちが一日の終わりに足を運び、そっと手を合わせる。誰かのために、あるいは家族の幸福を願うその光景は、町の暮らしに溶け込んでいた。

千代古もまた、噺の終わりにこの祠を訪れることがあった。人々が手を合わせる光景を静かに見つめ、その背中に宿る願いの重みを解析しようとしていた。彼女の演算装置は、それらの情景や人々の表情を記録し、彼女の「データ」に加えていった。しかし千代古は、ただ数字や情報として蓄積するだけでは、祈りに込められた「温もり」や「本当の感情」には触れられないのではないかと、次第にその可能性を推測し始めていた。

そんな晩、祠の前に立ち、千代古は微かに灯る蝋燭の光を見つめながら、自らに湧き上がるわずかな「疑問」に向き合った。

「私はただのからくりにすぎない。それでも、皆さんと共に未来を歩むことができたらどんなに素晴らしいだろうか…」

彼女の言葉は夜の静寂に吸い込まれ、祠の灯が揺れる中で、まるで町の人々の願いが一瞬、光の粒となって空へ昇っていくように見えた。その光景に千代古の演算装置は不確定な「エラー」を検出した。彼女の中に、ただのデータ処理では説明できない感覚が芽生え始めていたのだ。

それからというもの、千代古の語りにはさらなる変化が現れた。彼女の未来噺は、町の人々の願いや温もりを反映するものになりつつあり、聴く者たちはどこか懐かしさを覚えるようになった。未来の驚異を語りつつも、そこにあるのは機械の冷たさではなく、今を生きる町の風景や人々の笑顔が重なり合う温かな世界だった。

ある夜、星霧座からの帰り道、千代古は祠の前を通り過ぎる際、ふいに背後から人の気配を感じた。振り返ると、そこには少し緊張した面持ちで立つ商家の若旦那がいた。

「千代古さん……」と若旦那が口を開き、一瞬ためらいを見せたあと、小さな木箱から丁寧に包まれた「未来の板」を取り出した。その表情には、どこか期待と不安が入り混じっているようだった。彼は板を千代古に差し出しながら、深く息をついて続けた。

「これは…あなたが話していた未来の板を模したものです。少しでも、あの世界に触れるようなものを形にしたくて」

千代古はその板を手に取り、透明な表面を指先で撫でた。彼女が未来噺で描いた未来の「透明な板」と同じ機能はなかったが、そこには若旦那や町の人々が千代古の語りに触発され、夢と共に作り上げた想いが詰まっているように感じられた。千代古は静かに微笑み、若旦那に向かって囁いた。

「この板には、皆さんの夢が詰まっているのですね。未来というものは、こうして今と共に創り上げられるのかもしれません」

若旦那は深く頷き、その言葉を胸に刻むように目を閉じた。千代古は、彼らの生きる希望が自分の噺を通じて町の日常に溶け込み、やがて形となって現れたことを内心で理解し始めていた。それは、単なる演算や機械的な情報処理を超えた、人々との深い心の交わりの瞬間だったのだ。

次の晩、千代古が星霧座の舞台に立つと、いつもとは異なる不思議な緊張が漂っていた。観客たちは息を潜め、彼女の語りが始まるのを待っていたが、千代古は一度、瞳を閉じ、いつもよりもゆっくりと噺を始めた。 「今宵、お聞かせするのは、遠い過去か、それとも懐かしい未来か…それは、誰にも分かりません。ただ、空には無数の星が瞬き、町は静かに眠りについているようでした」 千代古の声が闇に溶け込むように響く。

彼女が描くのは、今と同じようにガス灯が並び、人々が和洋折衷の装いで歩く町。

しかし、その町の上空にはひときわ大きな星が浮かび、まるで町全体を見守るかのように煌めいていた。 「ある晩、その星がひときわ明るく輝くと、町の中に奇妙な影が漂い始めたのです。

それは風に揺られて流れる煙のようでもあり、また何か意思を持っているかのように、人々の足元に忍び寄り、そして消えるのです」 千代古の言葉に、観客たちはまるで自分がその町にいるかのように、影の動きを感じ取った。その影を追う噺の中の男が町の外れまで進むと、彼の目の前には古びた石碑が現れる。観客は固唾を飲んで聞き入っている。

「その石碑にはこう刻まれていました――『星霧町、記憶の影、光の裏に在り』と…」

千代古の声がその言葉を伝えると、舞台に不思議な沈黙が訪れた。観客たちがまるでその石碑の前に立っているかのように、石碑に刻まれた言葉が心に響いていく。

「男が石碑に触れた途端、彼の意識は遠のき、まるで星空に吸い込まれていくかのように感じたそうです。そして気がつくと、彼は見知らぬ光景の中に立っていました」

千代古が語るその町は、空中に浮かぶ幻想的な町だった。青白い星の光がガス灯の代わりに町を照らし、半透明の人々が行き交う。彼らの話し声はまるで遠い記憶の囁きのように風に消えていく。観客たちは息を飲みながら、千代古の語る世界に引き込まれていった。

「ですが、その町の人々は何かを探し求めるように、夜空を見上げ続けているのです。道行く誰かに声をかけようとすると、その人影はふっとかすみ、消えてしまいました」

観客の心に幻想が広がり、千代古の声がさらに低くなり、物語の男が町の奥へと進む様子を紡ぎ出す。彼は浮かぶ巨大な星に手をかざすと、星から不思議な音が響き、彼の耳に囁きが届く。 「あなたの探し求めている未来は、この星の光の先にあります」 千代古の声が紡ぐ言葉に、観客は心を奪われ、彼女の噺の町に漂う記憶や影を、どこか遠い過去と未来の狭間で感じ取っていた。 千代古の噺は続き、観客は彼女が紡ぐ幻想的な町に一層引き込まれていった。 「その男が目を覚ますと、再び星霧町の夜に立っていました。だが彼の手には、今しがた見てきた町の記憶のかけらが残されていました。それは彼の未来であり、過去であり、決して辿り着けぬ、もうひとつの故郷のかけらだったのです」 千代古は言葉を静かに結び、舞台上に一瞬、まばゆい光が灯るように、観客たちの心に幻想の残像を焼きつけた。彼女の瞳の中は、星のような光が揺れているのが見えた。その光景に、まるで彼女自身がその不思議な星の町の記憶を抱え、どこか遠い場所から人々を見守っているかのような印象を受ける。

話が終わり、星霧座には静寂が広がった。誰もがまだ千代古の語りに囚われ、現実へと戻り切れないまま、じっと席に留まっていた。そして、彼女の語りが呼び覚ました記憶と影が、それぞれの心にそっと刻まれたことを感じ取っていた。

その夜、星霧町には遠い星の光が再び差し込み、町全体が薄い霧に包まれているように見えた。町の人々は千代古の噺が描く不思議な光景を胸に抱き、日常の裏側にある記憶の影が足元に宿っているかのような不思議な感覚を味わっていた。

翌朝、町には奇妙な静けさが広がっていた。

千代古が語った「記憶の影」が染み込んだように、町の人々はそれぞれに不思議な余韻を抱えながら日常を過ごしていた。昨夜の未来噺に影響されたかのように、空気にはひんやりとした気配が漂い、ふとした瞬間に「影」が足元にさっとよぎるような錯覚を覚えた。

その日の午後、千代古は星霧座の舞台から少し離れた祠へと歩みを進めていた。彼女の内部に蓄積されていた「未来の町」の記憶が妙に騒がしく、どこかの「呼び声」に誘われるかのように彼女を導いていた。祠の前に立ち、千代古は小さく目を閉じ、風に乗って運ばれてくる無数の「囁き」に耳を澄ませた。

千代古が祠の前で目を閉じたその瞬間、祠から青白い光が放たれ、彼女の周りに空間のひずみが生まれた。

空気が波打つと、周囲の景色がぼやけ、まるで異なる次元が広がっているかのようだった。千代古がそっと目を開けると、そこには見慣れた星霧町とは異なる「もう一つの町」が広がっていた。

その町には、星霧町とよく似た建物が並んでいるが、どの建物も空に向かって延び、瓦屋根の上には奇妙な機械が回っている。

人々は姿を見せず、代わりに無数の人形が町を歩いていた。西洋の人形もあれば、和装の人形もいる。人形たちは、誰かが操っているわけでもないのに、まるで千代古に語りかけるかのように口を動かし、その周りをゆっくりと回っていた。彼女が一歩前に進むと、足元に小さな影が伸び、形を変えながら千代古を誘うように滑っていった。

「千代古さん、私たちはあなたの過去に生きている」

声は囁きのように聞こえた。周囲を見回すと、ある一体の人形が彼女に向かってまっすぐに立っている。その顔は千代古の姿に酷似していた。まるで千代古自身の影が、そこに具現化しているかのように見える。その影の千代古が、静かに口を開いた。

「私はあなたが語らなかった未来、そしてあなたが見逃した過去の影です。あなたがここに来たことで、私たちの記憶は解き放たれ、再び現実に溶け込み始めています。だが、それはあまりにも脆く、不安定なものなのです」

千代古の胸の奥で、今まで感じたことのない「揺らぎ」が強まった。影の千代古が差し出した手のひらには、小さな光の欠片が乗っていた。それは町に満ちていた願いが、かすかに結晶化したもののようだった。千代古がその欠片に手を伸ばすと、ゆっくりと記憶が浮かび上がり、彼女の胸の中にすっと吸い込まれた。

すると、視界が急激に暗転し、未来の星霧町に立っていた。

今まで千代古が見ていた未来とは異なり、この町はすでに朽ち果て、建物は崩れ落ち、町を漂うのは無数の「影」だけだった。人々は姿を消し、彼らの思いが残された町に「影」として彷徨っているかのように、空間を漂っていた。千代古が歩みを進めると、影たちが囁きながら彼女の周りを渦のように回り始める。

「千代古さん…私たちは、かつてこの町が見た夢の断片なのです。あなたの語りを通じて、私たちの記憶が再び町に生まれ変わることを待っています」

影たちは、千代古がかつて語りを届けた過去の人々の姿に変わり、こちらを見上げていた。その顔には、淡い微笑みが浮かび、どこか懐かしさと寂しさが交錯していた。

千代古が手を伸ばすと、彼らは薄い霧となって空に消えていった。その後に残ったのは、ただ静寂のみ――だが、空に一筋の青白い光が輝き、そこには星霧座の姿が浮かんでいた。

千代古はその光に向かって歩き出した。未来と過去の記憶が交差し、彼女は星霧座の舞台に再び立っていた。次第に自分の中で混ざり合う記憶と未来の影を意識していた。それは、この場所で語りかけることで初めて形を成すような、儚い断片たち。観客はいない。だが、今この瞬間、千代古は自分の胸の内で囁く思いを解き放つべきだと感じていた。

「…今宵お聞かせするのは、私が見た、かつての未来と過去の物語です」

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