今年で開業から60周年を迎えた東海道新幹線。日本の大動脈として、今日もたくさんの人を安全第一で、時刻に正確に運び続けています。高速鉄道における1日の運転本数は世界有数、1本の列車に1000人以上もの人が乗車できる東海道新幹線だけに、一度トラブルが発生すると社会に与える影響は甚大!当然、トラブルが発生しないように日夜、多くのプロフェッショナルたちが点検・整備・修繕に従事していますが、それでも発生してしまったトラブルに備えて、JR東海では発足以来毎年1回、大規模な「東海道新幹線 総合事故対応訓練」を実施しています。この訓練のほか、日常的に各拠点では異常時に対応すべく、訓練も行われています。
最新車両「N700S」も使用された総合事故対応訓練。N700S自身も異常時に備えた多くの機能を持つ
各JRも参加する「東海道新幹線 総合事故対応訓練」
今年は11月7日にJR東海三島車両所にて開催され、JR東海をはじめ、関連会社など合わせて約700人が参加。東海道新幹線と直通運転を行う山陽新幹線を運行するJR西日本のほか、新幹線を保有するJR北海道から九州までの各JRも参加しています。訓練には実際の新幹線車両、設備を使用して行われ、近年発生した事象や、これから起こりうるリスクなどを考慮して、毎年、訓練プログラムが組まれています。
車両所全体で21項目の訓練が行われ、そのうち報道陣には3つの訓練が公開されました。
1つめは巨大地震が発生した際に新幹線の脱線を防ぐ「脱線防止ガード」の点検訓練です。東海道新幹線は南海トラフ地震をはじめ、巨大地震への備えとして、現在、ハイリスクが想定される箇所から順に、全線の8割に「脱線防止ガード」が線路に取り付けられており、2028年には全線に設置完了予定。走行中に巨大地震が発生すると、車輪が左右に揺れて浮かび上がるロッキング現象が起き、レールから逸脱しようとしますが、このガードに左右に揺れる車輪が当たることで逸脱を防ぐようになっています。
一方、走行中に地震が発生すると広範囲でこのガードに車輪が接触している可能性や、停車中の地震でもガードに接触、変形している可能性があるため、発生震度に応じて運転再開には脱線防止ガードの損傷の有無など点検する必要があります。今回はガードにより、脱線は免れたことを想定し、停止列車の車両下における脱線防止ガードの点検訓練が行われました。
エンジンで走行するアルミカート
点検巡回には保守基地に備えられたアルミカートを使用。軽量なため、現場までに他の新幹線がいてもすぐに隣の線路への移動や人力での運搬も可能な優れものなんです!
車輪の奥に見える黒いものが脱線防止ガード。車輪に近接するため走行に影響がないか人の目で厳しくチェックする
東海道新幹線における巨大地震対策は、この脱線防止ガードの他、遠方で発生する大規模地震を検知し、早期に警報を発するシステムや、沿線地震計、緊急地震速報など、様々な観測拠点や情報を駆使して、迅速に列車を停めるシステムが構成されています。筆者自身も経験がありますが、沿線で大きな揺れがなかったとしても、遠方で地震を感知し、リスクがあると判断されれば緊急停止するケースもあります。しばし運転は見合わせることになりますが、我が国は地震大国。これも「備えあれば憂いなし」です。
2つ目の訓練は架線断線を想定した復旧訓練です。新幹線の動力源は当然ながら電気で、線路上にある架線(電線)から車両に電気を取り入れて走行しています。この架線が外部からの飛来物や、なんらかの原因により断線してしまうと当然周辺一帯が停電してしまいます。
断線した架線を復旧する訓練。高所作業となるため作業者同士で命綱の設置など安全確認を徹底して行う
停電状態では列車が移動できないのはもちろん、車内の空調なども止まり、体調不良など二次災害の大きな原因ともなります。訓練では実際に架線を断線させ、その区間を列車が通過できるようにする前に、ひとまず断線による停電で停止した付近の列車が、駅などの安全箇所まで移動できることを優先しました。
断線して垂れ下がった架線を絶縁処置して固定。これでひとまずは送電を再開できる
そのため、応急的に現場で絶縁し仮復旧で送電を再開。この状態では架線は切れたままなので列車は通過できませんが、乗客がいる車両を長時間駅間に留めないために、東海道新幹線ではまず、乗客の避難を優先して行うように段取りが組まれています。その後、徐行運行で新幹線が通過できるように断線復旧を行い、迅速な運転再開を目指します。
仮復旧後各列車の移動が完了すると。再び送電を止め 今度は列車が通過できるように断線復旧に取り掛かる
架線を張る前段では息を合わせたパワープレーも!
なお、最新鋭車両の「N700S」では、車載バッテリにより停電下でも自走が可能。さらに一部トイレの使用できるほか、これからの増備編成では空調も一定時間使用できるようになる見込みです。
新幹線が停電した際に、横づけされた新幹線車両に乗り移る訓練も
最後に公開された3つめの訓練は酷暑時に停電が発生した際の救援訓練です。これは、駅間で停電が発生した際に、運行が可能な対向列車を停電により停止した列車に横付けし、両車両間に「渡り板」をかけて、救援列車に移乗、誘導するというもの。先ほどの訓練同様、昨今の異常気象下では空調停止は死活問題。そこで、停電を修復するよりも早く、まずは「乗客を避難させることを優先すべき」と判断されたケースを想定して行われました。
渡り板による車両間移乗。ちょっとびっくりする光景だがしっかり安定
車いすでもそのまま移乗が可能
渡り板はとても頑丈で、大柄の大人が歩いてもたわむことがないほか、車いすも通過できます。実際では移乗した先の列車の空席に座り、安全な場所まで移動します。
訓練を総括するJR東海新幹線鉄道事業本部 辻村 厚 本部長((※辻は1点しんにょう)
JR東海新幹線鉄道事業本部 辻村 厚 本部長は「昨今の事象を踏まえた本訓練を行なっていますが、この訓練が集大成というわけではなく、各拠点が日常的に行っている訓練の意識を上げる一環として行っています。事象の復旧を急ぐ前に、まずはお客さまを安全な所に避難していただき、体調不良者などを出さないように迅速に誘導できるようにしたい」と話します。
トラブルは起きないのがベストですが、起きてしまった時にはどのように対処しているのか。そのためにどんな訓練が私たちの見えないところで行われているのか。そんなシーンを垣間見ることができました。
取材・文/村上悠太