2011年、東日本大震災が起こった後、世界中で日本に対する情報が錯綜した。
一部のフェイクニュースや風評被害のせいで、私たち日本人ですら日本のイメージを正しく認識できない程だったのは記憶に新しい。
世界中の人々が日本をどのように思っているのか、より客観的で、より正確な情報が求められた。こうした背景の中、日本のブランド全般に関する海外生活者の意識や実態について調査を開始したのが「ジャパンブランド調査」だ。
調査対象は食分野、日本産品、コンテンツ、価値観、そして訪日観光など多岐にわたる。調査を開始して14年目となる今年はどのような結果になったのだろうか。円安、オーバーツーリズムなど様々な課題を抱える日本にとって本調査は一つの道しるべになるに違いない。
「ジャパンブランド調査」を行なう電通のジャパンブランドプロジェクトチームに所属する3名に話を聞いた。
土門 達郎さん(中央)
電通 グローバル・ビジネス・センター ジェネラルマネージャー
2003年電通入社。国内マーケ部門・営業部門を経て、中国広州市・北京市への赴任を経て2020年より現職。自動車会社、家電、トイレタリーなどの国内外の様々なクライアントのコミュニケーション戦略立案から、新規事業開発まで幅広く従事。
李 春志さん(右)
電通 第1ビジネス・トランスフォーメーション局 インテグレイテッド・プランナー
「万物流転」と「塞翁が馬」をモットーに、リサーチ、プランニング、デザイン、プロジェクトマネジメントなどの専門領域を越境し、ビジネスの課題解決およびソリューションの開発に従事。また、ビジネスにおけるリベラルアーツの応用に加えて、データ可視化、情報デザイン、ナレッジマネジメントにも深い知見を持つ。
中里 桂さん(左)
電通 第4マーケティング局 マーケティングコンサルティング3部 プランニング・ディレクター
2001年電通入社。以来、マーケティング部門にて、官公庁では海外に向けた広報関連事業を中心に、民間企業では化粧品、食品・飲料、アパレル等幅広いクライアントのマーケティング戦略・コミュニケーション戦略立案、新商品開発、PRに従事。
海外の方々が求める和食は寿司、てんぷらだけの時代ではない
――まず、調査タイトルにもあるジャパンブランドについて教えてください。
李:日本の特定のブランドという意味ではなく、広義の日本のプロダクト、コンテンツ、カルチャーをまとめて‶ジャパンブランド〟と定義をしています。ジャパンブランド調査はこうしたテーマで海外生活者に、それも日本への旅行経験や在住経験に関わらず広く調査をしたデータです。
近年では、特に成長分野として注目されているインバウンドや日本食などの実態把握をする意味でも非常に大きな役割を担っています。
中里:意外かもしれませんが、特定のテーマに関する調査は今までもあったのですが網羅的に調査したデータはこれまでほとんどなかったんですよ。
――日本人が思う〝日本〟と海外の方々が思う〝日本〟にはどれほどのギャップがあるのでしょうか。
中里:それぞれの日本に対するイメージは一致している部分が多い印象ですね。海外の方々の日本に対する理解が深まってきていることが大きな要因です。
特にインバウンドにおいて、日本人が思う日本の魅力と海外の方々が感じる魅力は大きな方向性としては一致しています。日本食、四季、サブカル、日本人の振る舞いや価値観、伝統文化などですね。
ただ、面白いのは日本人が思っている以上に海外の方々がよりディープな体験を求めているということです。和食と言っても、寿司、刺身、てんぷらといったラインアップだけじゃありません。海外の方々の動向に造詣が深い方はラーメンや日本風カレーがすでに人気の日本食になっているのはご存じだとは思いますが、最近ではもっと私たちに身近なから揚げやおにぎり、味噌汁なども興味を持たれ始めています。
――確かに、から揚げやおにぎりはなかなかにマニアックな感じがしますね。他に日本人がまだまだ気付いていない日本の魅力はありますか?
中里:そうですね……〝レジ袋からネギを出して商店街を歩いている人〟ですね。
一同:(笑)
――アニメやドラマで買い物のテンプレートとして描かれる姿ですね。アニメへの興味もそこまでディープなところまで来たんですね。
中里:これは実際に外国人の方からお聞きした話であくまで一例ですが、日本人の日常に触れたいというニーズは高まってきています。商店街や銭湯といった場所は私たちが思っている以上に可能性があるのかもしれません。
訪日観光客はリピーターが急増
――ジャパンブランド調査2024で注目のトピックはありますか?
土門:日本に対する「関心」の項目で、上位が「庶民的な和食レストラン」や「新幹線」という回答が並ぶ中、7位にランクインした「日本オリジナルのコンビニ食品」ですね。
日本のコンビニ商品の食べ比べは海外の日本紹介ジャンルの中ではヒットコンテンツになっていて、これは美味しい、これは不味いなど評価をするブログや動画はコメント数や閲覧数も多いんですよ。
――なぜコンビニなんでしょうか。
李:海外にはない日本ならではの進化をした形態だからです。日本のコンビニは海外に比べて品ぞろえが圧倒的に多いんですよ。お菓子や飲み物だけじゃなく、ホットスナックやドリップコーヒーまで置いてあり、先ほど話題に出たおにぎりや味噌汁も、弁当もパスタも、果物もスイーツも手軽に買える場所になっています。さらに、商品開発のスピードやクオリティも高く、商品が一年中、入れ替わっています。鮮度管理も非常に厳しいです。温めるものと冷やすものが同じ棚に上下並んでいるのも実に珍しい光景です。
日本人にとってはインフラの意味合いの強いコンビニですが、海外の方々からは新鮮でアトラクションのような面白さがあるんです。
中里:やっぱり日本中どこにでもあって、24時間開いているというのも大きいですよね。
李:夜中でも営業できる、自由に歩けるのは、治安の良さの証でもあります。
――なるほど。他の項目もみていきたいのですが、海外旅行者の再訪意向を調査した部分では世界の中でも日本の再訪意向は圧倒的に高いんですね。
土門:そうなんです。世界中からもう一度訪れたい国として日本が選ばれており、改めて日本の魅力が全世界に受け入れられていることが再認識できます。
さらにこれが意味するのは、すでに訪日観光客は「リピーター」のステージに入っているということです。飲食店でも、高級料理店よりも日本人が日常的に使う庶民的なお店に行きたいという意向が目立ってきています。
リピーター観光客の訪問先については、二つのベクトルが調査結果からは見えてきています。
一つは「地方」です。東京、大阪、京都といった定番の都市も引き続き人気ですが、北陸や東北といったエリアへの訪問意向が伸びてきています。
そしてもう一つが「深さ」です。東京、大阪といった一度遊びに来たエリアの2段階、3段階深い体験をしてみたいという需要も高まってきています。
――実態として地方への外国人観光客は増えているのですか?
李:増えてはいますが、課題もあります。
ジャパンブランド調査で、都市の認知度を調査した項目では上位5都道府県、東京、大阪、京都、北海道、広島はここ10年程不動です。言い換えれば、認知度の二極化が進んでいるとも考えられます。
都市部のオーバーツーリズムの軽減や観光立国の拡大、地方創生のために観光庁が目指す「地方誘客」という観点からも、この二極化は大きな課題です。そもそも認知度が上がらなければ観光にはつながりません。地方の魅力的なコンテンツを作ることだけじゃなく、誰をターゲットに、どのように発信をして知ってもらうのかについてもしっかり議論を進めないといけないということが見えてきています。要するに、マーケットイン(受け手視点)とプロダクトアウト(作り手視点)のバランスが重要です。
中里:マクロな視点だけでなく、地方には地元の魅力を海外の人に楽しんでほしいと頑張っている人もたくさんいます。そのような方々にとっても、この認知度の課題を解決しないといけないですよね。
海外からの認識を再確認することは日本全体にとってビジネスチャンスとなる
――今回のジャパンブランド調査では、よりディープな日本が求められてきているということが見えてきたわけですね。
中里:はい。和食に関しても、最初にお話しした通り海外の方々が食べたい和食に「ラーメン」「から揚げ」や「おにぎり」の名前が挙がり始めています。それこそ、調査を開始した当初はとにかく「寿司」一強で、「ラーメン」を初めて選択肢に入れた時もランキングで4位でした。そういった背景を踏まえると、もしかしたら今後は「おにぎり」が和食のシンボルになるかもしれません。
ここ10年足らずで、海外の日本に対する認知は急速に広がり、深まってきています。私たち日本人の認識もそろそろアップデートしたいですよね。
――今後のインバウンド向けのビジネスチャンスにもつながる話ですよね
李:そうですね。単純におにぎりに興味を持つ訪日観光客が多いから「おにぎり屋さん」が流行るという話ではなく、和食に限らず、海外の需要は宿泊、交通インフラ、小売業、アクティビティ……それぞれの業界の立場から自分たちはどういったアプローチができるのかを本調査を1つの参考材料としてご検討いただけたら嬉しいです。
さらに単一的なアプローチだけでなく、例えば交通インフラの「新幹線」と和食の「から揚げ」といった異なる業界のコンテンツを組み合わせて、新たな工夫を施してチャンスを創出してもいいわけです。こういった活用ができるのは多面的な視点で調査をしたジャパンブランド調査ならではの強みです。インバウンドに限らず、とにかく前に進むためのヒントを創りつづけることが大事です。
土門:日本観光の可能性で言えば、私が注目しているのは「スポーツ」です。日本の伝統的なスポーツを観戦したり体験したりするという点はまだまだ需要に対して供給が整備されておらず、伸びしろがありそうだと考えています。
中里:今年の調査では、リピーター需要が顕著に現われる結果でした。実際に「令和6年度版 観光白書」でも、2023年の訪日外国人の約68%がリピーターだという結果が記載されています。ジャパンブランド調査は今後も続けていきます。来年、再来年にはどこが変化するのか楽しみでもあります。
――ありがとうございました。
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修