この原稿が記事になる頃にはすでに結果が出ているはずであるが、2024年米国大統領選挙に関するあまたの報道の中で繰り返し語られたキーワードのひとつに『マクドナルド』がある。民主党候補のカマラ・ハリス氏が学生時代にマクドナルドでアルバイトをしていたと発言すると、共和党候補のドナルド・トランプ氏がそれをウソと決めつけただけでなく、自らがマクドナルド店舗に現れてアルバイト体験をする姿をアピールしたのだ。
「中間層の味方」を強調するハリス氏と「偉大なアメリカ」を唱えるトランプ氏。どちらも自らのキャラクターを一目で印象づけられるほどに、マクドナルドはアメリカ人にとって分かりやすいアイコンなのである。
リチャード(ディック)とモーリス(マック)のマクドナルド兄弟がカリフォルニア州の田舎町サン・バーナーディーノにマクドナルド第1号店を開店したのは1948年のこと。彼らのサクセス・ストーリーと現在のファストフードにつながる画期的なセルフ・サービスの接客システムはアメリカの社会文化を象徴する存在ですらある。
しかし、マクドナルドはアメリカでもっとも古いハンバーガーチェーンではない。そしてアメリカで現在もっとも人気が高いハンバーガーチェーンでもない。
オリジナル・マクドナルド記念博物館(カリフォルニア州サン・バーナーディーノ)。
もっとも古く、そしてアメリカらしいハンバーガーチェーン
マクドナルドより20年以上も前にファストフードチェーンを誕生させたと公式ウェブサイト(https://awrestaurants.com/ )で主張しているのが『A&W』だ。 ”ALL AMERICAN FOOD”をキャッチフレーズに謳うハンバーガーチェーンである。
A&W店内(オクラホマ州タルサ)。
A&Wの店名はマクドナルドと同じように創業者の名前に由来する。ロイ・アレン(Roy Allen)とFrank Wright(フランク・ライト)のラストネーム頭文字を合わせたものだ。
A&Wはハンバーガーよりむしろルートビアと呼ばれる炭酸飲料で知られている。日本人には評価が分かれるが、アメリカ人には人気が高い飲み物だ。
1919年、第1次世界大戦の復員パレードに湧いていたカリフォルニア州ローダイの道路脇にアレンがルートビアのスタンドを開いたのがそもそもの始まりである。1922年には元従業員だったライトをパートナーに迎え、同州サクラメントにA&W第1号店を創業した。
アレンは早くも1925年にはフランチャイズ権の販売を始めている。A&Wがアメリカ最古のファストフードチェーンを標榜する由来である。
A&Wのルートビアはガラス製マグカップが有名だったが、現在は紙コップで提供されることが多い。
ハンバーガー、ホットドッグ、フライなど、食べ物メニューの方はルートビアほどのユニークさはないとはもちろん筆者個人の感想に過ぎない。
上述したA&W公式ウェブサイトには、現在アメリカ国内と東南アジアに1,000店舗以上を展開しているとある。日本では沖縄県に集中している。屋宜原店の開店は1963年。これも日本マクドナルドが東京・銀座に第1号店を開店した1971年より早い。
A&W沖縄公式ウェブサイト(日本語):https://www.awok.co.jp/
2024年全米人気トップに躍り出たハンバーガーチェーン
2022年のMLBオールスター戦前、当時はロサンゼルス・エンゼルスに所属していた大谷翔平選手が「好きなアメリカの食べ物は?」との質問に「In & Out Burger」(以下、イン・アンド・アウト)と答えたことで、このカリフォルニアのローカルチェーンは日本でもよく知られるようになった。
イン・アンド・アウトは1948年にロサンゼルス郊外のボールドウィン・パークにカナダ出身のハリーとエスター・スナイダー夫妻が創業し、現在でも家族経営を続けている。長くカリフォルニア州内のみに店舗を展開していたが、ここ数年は他州へも進出するケースが増えてきた。
イン・アンド・アウト公式ウェブサイト:https://www.in-n-out.com/
イン・アンド・アウトの人気セット「ダブル・ダブル」。
イン・アンド・アウトは冷凍食品を使用せず、注文を受けてから調理を開始することで知られる。そのファストフードらしからぬクオリティの高さは大谷選手の発言がある前から評判が高く、全国紙『USA Today』が選出する「ベスト・ファストフード・バーガー」部門の1位に長く君臨していた。
ところが、2024年の上ランキングに変化が生じた。1969年創業の『Habit Burger & Grill』(以下、ハビット)がイン・アンド・アウトを抑え、栄えある全米第1位の座を奪ったのだ。ハビットの発祥地もやはりカリフォルニア州のサンタ・バーバラである。
ハビット店舗(カリフォルニア州アーバイン)。
ハビットもファストフードにしては注文してから食べるまでには多少の時間がかかる。その分、焼きたてのビーフ・パティと新鮮なトマトとレタスを挟んだハンバーガーには食べてみるだけの価値は確かにある(と筆者は思う)。
ハビット公式ウェブサイト:https://www.habitburger.com/
ハビットの人気セット「オリジナル・ダブル」。
上に紹介した以外にも、カリフォルニアをルーツとする個性的なハンバーガーチェーンは数多くある。例を挙げると、Carl’s Jr (1941年、アナハイム)、Jack in the Box(1951年、サンディエゴ)、Fatburger (1947年、ビバリーヒルズ)、Farmer Boys(1981年、リバーサイド)、Tommy’s (1946年、ロサンゼルス)などである(カッコ内は創業年と場所)。
これらはすべて現在も多くの店舗をアメリカ全土で展開している。カリフォルニア州内におけるハンバーガーチェーンの店舗数がアメリカの他地域より際立って多いわけではないと思う。
たかがファストフードと侮るなかれ。一見同じように見えるとしても、どの店にも創業者の熱い思いが込められ、長きに渡る歴史と伝統が息づいている。 などと、肩ひじを張らずに楽しめる点がハンバーガーチェーンの良いところだ。カリフォルニアはもちろん、アメリカのどこに行っても、色々と食べ比べをすることにさほどの困難はない。どこがベストなのかという疑問には、ぜひ自分自身で試して答えを出してほしい。
文・写真/角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。