■連載/阿部純子のトレンド探検隊
超微細な気泡「ファインバブル」が特徴のシャワーヘッド「ミラブルシリーズ」は、累計150万本以上の販売を記録している大ヒット商品。
ミラブルシリーズを製造販売している「サイエンス」は、宇宙の民間利用時代へ向けて、宇宙生活のQOLを高める“入浴”に関する技術開発を、「有人宇宙システム(JAMSS)」と共同で行っている。
宇宙飛行士が宇宙生活で実感した「手洗いや入浴できないつらさ」
2010年4月にISS組み立てを主任務とするSTS-131(19A)ミッションに参加した、宇宙飛行士の山崎直子氏は、宇宙での活動で苦労したのは身体を清潔に保つことだったと話す。
「当時のスペースシャトルや現在の宇宙船、国際宇宙ステーション(ISS)にもシャワーやお風呂はありません。髪はドライシャンプー、体はあらかじめパッケージになっている、さっぱりする成分が入ったウェットティッシュのような厚手のタオルで拭いていました。小さめのタオルをぬるま湯で濡らし石鹸を少しつけて、自分で濡れタオル作ることもありました。
宇宙船の中は飛行機の中と同じで、温度を一定に保つために24時間エアコンがかかっています。その影響で湿度がものすごく低く乾燥した状態になっています。
乾燥していると、乾きを補おうと皮膚が皮脂を出すため、肌はカサカサなのに顔や頭皮は脂ぎってきますし、髪もべたべたの状態になることから、においもだんだんこもってきます。
同じ環境でいると、鼻がだんだん麻痺してしまうのか、自分ではあまりにおいは感じなくなってしまいますが、国際宇宙ステーションに初めて足を踏み入れたときには、体や食べ物などいろいろなにおいが入り混じった独特のにおいを感じました。
洗面所もなく、ふんだんに水が使えるわけではないので、お掃除やトイレの後も手を洗うことができません。しかも、エアコンのフィルターに負荷がかかり、引火を防ぐためにアルコール成分が入ったウェットティッシュを使うこともできません。
制限の多い宇宙空間で、少ない水の量で常に清潔を保つことができるのならば、シャワーだけでなく手を洗うなど局所的でも非常にありがたいなと思います。
これまでは実験や作業のために宇宙に滞在していたので、宇宙飛行士のQOLは考慮されていませんでしたが、民間の宇宙旅行が始まり、宇宙ホテルに滞在する時代においては、衛生的で快適な環境も大切になるのではないかと思います」(山崎氏)
来るべき宇宙の民間利用に向けて入浴できる技術の開発を開始
限られた資源の中で生活する宇宙での滞在では、シャワーを浴びる行為そのものが、水資源、安全面、シャワー自体の機能、洗浄力の問題などにより困難となっている。今後民間利用を進めて行くうえで、こうした大きな制約がハードルとなっている。
サイエンスのミラブル技術は、少ない水で効果的に洗浄を行う独自のファインバブルを効果的に活用する水流制御が軸となっており、節水をはじめとした制約がある宇宙においてはこの点が非常に重要なカギとなる。
「重力もなく、極端に水資源が限られている宇宙ステーションでの滞在で、シャワーはどうしたらいいのだろう?というのが最初のきっかけでしたが、水の循環さえできれば技術ブレイクできる、これはチャンスではないかと思ったんです。
弊社のミラブル技術があれば、石けんなどを使わずに水だけでも体をきれいにすることができるので、循環するための水の量も減らせるし、水の再利用も楽にできます。
ミラブル技術の洗浄力があれば、後は水の循環さえクリアできれば宇宙ビジネスのステージに立てると考え、JAMSSの協力を得て宇宙での生活者がより快適環境になるような製品を作るべく、機能性、安全性、衛生面などの研究、試験を開始することになりました」(株式会社サイエンス 専務取締役 平江真輝氏)
本研究の先駆けとなる実験が、2023年11月に沖縄県宮古島において実施された、バルーンを使用した成層圏からの模型落下試験。シャワーブースに見立てたカプセルを地上約3万mまで上昇させ、落下時の微小重力状態(疑似無重力)において、ミラブルの吐水機構からの吐水と、その状態の観察、吐水された水の吸引に成功した。
「この実験は水の循環が微小重力下でも成り立つのか確認する試験でした。-40℃から-50℃になる環境なので、水を凍らさないように行わなければいけないですし、気圧も全く異なる環境なので、成功できるか不安でしたが、上空3万mの成層圏にたどり着き、そこからバルーンが破裂して落下する瞬間に、水を吸引しながら突出させ、繰り返し水を回し続けることができました。この実験から様々な確認ができたことは大きな成果です」(平江氏)
サイエンスの宇宙シャワー開発を共同で実施しているJAMSSは1990年に創立され、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の運用・利用や、日本人宇宙飛行士の訓練、リハビリといった宇宙飛行の健康管理も一貫して行うなど、有人宇宙技術を培っている。
「ISSは2030年頃をめどに運用が終了する予定ですが、その後も地球低軌道の活動は継続し、民間が主体となった商業宇宙ステーションが活発化していくと思われ、活動領域、経済圏が地球低軌道に拡張していくことは間違いないと我々は考えています。
今後の商業宇宙ステーション時代においては新たな価値創造、宇宙利用の多様化が求められ、多くの人が宇宙に旅行する時代となり、長期滞在も始まると考えられます。
今までの宇宙ステーションでは、宇宙飛行士の生命を確実に守る安全性がメインミッションでしたが、商業宇宙ステーションにおいては、いかに快適に宇宙に滞在するかという技術も重要になってくると思います。
宇宙から帰還した宇宙飛行士からは、やはり地上に帰ったらまず風呂に入りたいという声が多く聞かれます。また、軌道上に風呂やシャワーがあればリラックスできるという要望も聞きますので、潜在的なニーズが高いと思っていました。
宇宙ステーションの運用を通じて培ってきた我々の有人安全の技術、利用者支援、健康管理のノウハウをベースに宇宙を快適に滞在するためのQLOを構築するサービスを開発、展開していきたいと思っていました。今回はその活動の一環として、サイエンスと宇宙社会の実現に向けた協力研究を開始させていただきました」(有人宇宙システム株式会社 取締役 竹下宏博氏)