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東京大学、理化学研究所、NTTなどの研究グループが光量子状態の生成レートを従来の約1000倍高速化することに成功

2024.11.06

国立大学法人東京大学大学院工学系研究科の川﨑彬斗大学院生及びアサバナントワリット助教、古澤明教授らの研究チーム、マサチューセッツ大学のラジュヴィーネハラ助教授、日本電信電話株式会社(以下NTT)、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下NICT)、国立研究開発法人理化学研究所は、シュレディンガーの猫状態(注1)と呼ばれる強い量子性(非古典性)を有する光量子状態の生成レートを、従来手法より1000倍程度高速化することに成功した。

研究の概要

誤り耐性型光量子コンピュータを実現するためには、誤りを検知し訂正するための論理量子ビット(注2)が必要不可欠だ。直近では、光パルスを用いた論理量子ビット生成の実証実験に成功し(関連情報1参照)、誤り耐性型光量子コンピュータの実現への道筋が示された。

しかしながら、実証実験レベルから実用レベルへ移行するためには、その論理量子ビットの生成確率を上げる必要がある。

例えば、現在広く用いられている古典コンピュータのクロックレートはギガヘルツ(GHz、1秒に10億回)の水準に達する一方で、高い非古典性を有する光量子状態の生成手法は基本的に確率的であり、その生成レートはキロヘルツ(kHz、1秒に1000回)程度に留まっていた(図1A)。

本研究は従来の状態生成・測定のための量子光源・ホモダイン測定器(HD)(注3)の代わりに、NTTが主体となり開発した光パラメトリック増幅器(OPA)(注4)及び東京大学とNICTが共同開発した超伝導光子検出器(図2)を用いることで、光源及び測定の周波数帯域(注5)を大幅に向上させた。

これによりシュレディンガーの猫状態をメガヘルツ(MHz、1秒に100万回)の生成レートで実現した(図1B)。

この方法をさらに発展させればギガヘルツの生成レートの実現も見込まれ、実用レベルの生成レートを有した論理量子ビット生成の実現が期待できる。

研究の背景

量子コンピュータの実用化に向けては、乗り越えるべきさまざまな課題が存在する。どのような物理系でも大きな課題となっているのは、計算スケールの大規模化(スケーラビリティ)と誤り耐性の実現だ。

スケーラビリティの実現は、研究開発段階の小規模なシステム(~数百量子ビット)をいかにして現実問題に必要な大規模システム(数百万量子ビット~)に拡張できるかという課題に言い換えることができる。

特に外乱に弱く複雑な量子システムでは、小規模から大規模な量子計算のシステムへの発展の手法は明らかではなく、多くの物理系において実用量子コンピュータ実現のボトルネックとなっていた。

これに関して東京大学古澤研究室の研究グループは、2019年にスケーラブルな光量子計算プラットフォームを実現し(関連情報2参照)、他の物理系と一線を画す強みを有している。

誤り耐性の実現については、現実のシステムでは必ずノイズやエラーが存在するため、エラーが生じうる環境下でも量子情報処理を正しく実行する仕組みが必要となる。

その1つの方法は、誤りを検知し訂正できる「論理量子ビット」による量子情報のエンコードだ。これについても本研究グループでは、GKP量子ビットと呼ばれる最有力な論理量子ビットの生成に世界で初めて成功し、2024年にプレスリリースを行なっている(関連情報1参照)。

しかしながら、このGKP量子ビットの生成手法ではシュレディンガーの猫状態と呼ばれる非古典性が強い量子状態を、複数用いる必要がある。

従来の光学系ではシュレディンガーの猫状態の生成レートがkHzオーダーに留まっているため、この状態を複数用いるGKP量子ビットの生成レートはさらに低くなってしまう。現状では、この生成レートが量子計算速度を制限しており、この解決なくしてGKP量子ビットによる誤り耐性型光量子コンピュータの実用化は困難だ。

この生成レートの制限は2つの原因に由来する。1つは量子光源であるスクイーズド光源の周波数帯域だ。確率的な量子状態の生成レートは「試行回数」と「成功確率」の積によって決定される。

例えば、試行回数が100MHzで成功確率が0.1%の場合、おおよそ100kHzの生成レートとなる。「成功確率」は量子状態の種類や生成手法によってほぼ決定されるため、実験的な工夫によってはあまり変動しない。

したがって、「試行回数」を向上させることが重要となるが、単位時間当たりの「試行回数」を制限するのが、光源となるスクイーズド光源の帯域となっている。

また2つ目に、光源に加えて量子測定も制約となる。スクイーズド光源の帯域は生成レートだけでなく、生成される量子状態の波束の形状も決定する。

この波束に定義された量子状態を正しく観測するためには、それよりも十分広い周波数帯域を観測可能なホモダイン測定器が必要となる。従来の量子光学の実験での各要素の典型値としては、スクイーズド光源の帯域は高々MHzオーダーで制限されており、またホモダイン測定器の帯域は高い量子効率の確保のため100MHz程度に制限されてきた。

研究の内容

本研究では、OPAをスクイーズド光源として、数MHzのスクイーズド光源の帯域を6テラヘルツ(THz、約100万倍)に拡張した。さらに、ホモダイン測定器の前にOPAを量子的な位相敏感増幅器として用いたことで、測定系を100MHzから70GHzに高速化(700倍)し、高速な光量子状態の生成を実現した。

このOPAを補助的に用いた高速ホモダイン測定技術は、東京大学とNTTの研究グループが実験的に確立した新技術であり、本研究ではこれを初めて非古典的な量子状態生成へと応用した。
 

図3に、生成したシュレディンガーの猫状態のWigner関数及び波束形状を示す。この状態の生成レートは約1MHzに達しており、従来のシュレディンガーの猫状態生成と比べて3桁程度生成レートが改善されている。

Wigner関数の負値は量子状態の量子性を表すものだ。波束形状については、サブナノ秒スケール(従来は数十~数百ナノ秒程度)の波束の測定に成功しており、本研究で実現した高速測定の有用性を示している。

現状の系ではホモダイン測定系の帯域が70GHzになっているが、光子検出器の性能が量子状態の帯域を1GHzへとさらに制限している。

もしもホモダイン測定器の帯域全体を使うことができれば、さらに70倍の高速化が見込まれる。

従来の非古典的な量子状態生成の実験では、光子検出器が最も高速かつ広帯域な素子として動作していた。

一方で、今回の光源及び新規の高速な測定手法の確立によって、光子検出器の性能による帯域の制限についても、実験的な観測が可能となった。これにより得られた新たな知見は、光子検出器のさらなる改良につながることが期待される。

今後の展望

今回の高速な光量子状態の生成手法と2024年のGKP量子ビット生成のプレスリリース(関連情報1)の手法を組み合わせることによって、現実的な生成レートを持つ論理量子ビットの生成が可能となる。

また、従来は実証実験レベルでも生成が困難であった複雑かつ有用な量子状態の生成も現実的となり、光量子コンピュータの開発が飛躍的に加速することが期待される。

関連情報:
(1)「プレスリリース:伝搬する光の論理量子ビットの生成 ―大規模誤り耐性型量子計算への第一歩―」(2024/1/19)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-01-19-001
(2)「プレスリリース:大規模・汎用量子計算を実行できる量子もつれの生成に成功 ―新しいアプローチで量子コンピューター実現に突破口」(2019/10/18)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_201910181412015784932370.html

<用語解説>
(注1)シュレディンガーの猫状態
シュレディンガーの猫は1935年にオーストリアの物理学者シュレディンガーによって提唱された有名な思考実験です。シュレディンガーは量子的な重ね合わせ現象として、古典物理学ではあり得ない、生きている猫と死んでいる猫が同時に存在する状態を例示しました。光学系におけるシュレディンガーの猫状態とは、位相が反転した2つのレーザー光(生きている猫と死んでいる猫に相当する)の重ね合わせ状態のことを指します。シュレディンガーの猫状態は2つのレーザー光の量子的な干渉に由来する高い非古典性を示し、この非古典性を利用した論理量子ビット生成のリソース状態としても用いられます。

(注2)論理量子ビット
量子情報処理においては、「量子ビット」が量子情報を伝達します。古典情報処理におけるビットは0か1の離散的な値を取りますが、量子ビットの場合はこの0と1の重ね合わせを取りうるという特徴を持ちます。物理レベルの量子ビットでは外乱やエラーが発生すると、量子情報を保持できなくなってしまいます。これを防ぐため、量子状態を保持したまま、エラーの情報を取り出し訂正を可能にする「論理量子ビット」を構成することができます。「論理量子ビット」の構成方法では、複数の物理量子ビットを組み合わせて冗長性を持たせる場合が多いですが、東京大学古澤研究室では、1つの量子ビット内に冗長性を持たせ論理量子を構成する実証実験に成功しています(関連情報1参照)。

(注3)ホモダイン測定器
光を用いた量子情報処理では、量子情報は光の振幅と位相に対してエンコードされることになります。ホモダイン測定は、特定の位相方向の光の振幅を測定することのできる量子測定手法となっています。一般的な光の測定としては、フォトディテクタによる光のパワー測定がよく用いられますが、パワー測定では、光の位相情報を読み取ることができないため、量子情報処理における測定としては適しません。測定誘起型量子計算と呼ばれる種類の量子計算手法では、ホモダイン測定とその測定結果に応じたフィードフォワード操作を繰り返し行うことによって、具体的な量子計算を実行することができます。

(注4)光パラメトリック増幅器
光パラメトリック増幅は、非線形光学効果を用いて光を増幅する技術となっています。この増幅手法では、ポンプ光という強い光を補助的に用いることにより、信号光の増幅を行います。量子光学的観点から見るとこの操作は、光の持つ特定の位相方向の振幅を増幅させ、逆にその位相に直交する方向の振幅を減衰させる操作(スクイージング操作)となります。スクイージング操作は、量子計算においてはリソース光源の供給や、高速な量子測定に用いられており、非常に重要な役割を果たしています。本研究においては導波路型の光パラメトリック増幅器モジュールを用いて、各所のスクイージング操作を実現しています。

(注5)周波数帯域
周波数とは光の波が1秒間に何回振動するかを示しており、その単位にはヘルツ(Hz)が用いられます。周波数帯域とは、どれだけの範囲の周波数成分を用いることができるかという指標となっています。任意の形状の光の時間波形は、さまざまな周波数成分の重ね合わせによって表現することができます。この周波数と時間波形の関係はフーリエ変換と呼ばれる操作によって1対1に対応しています。一般的には周波数帯域が広いほど、短い時間波形を用いることが可能となります。情報処理の文脈では、短い時間波形の光を用いることができれば、同じ時間で多くの情報を処理することができるため、光学システムの広帯域化は量子コンピュータ開発の重要な目標の1つとなっています。

関連情報
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/11/01/241101b.html

構成/清水眞希

 

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