世界はうまいで満ちている
「絶品B級グルメ」とか「ソウルフード」と呼ばれるものは日本全国にある。で、みなさんはこう考えたことはないだろうか。「日本各地にあるんだったら世界各地にも当然B級だけど超絶うまいものがあるんじゃないか?」と。
というわけで世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」が、居住国や旅先で出会った「絶品ソウルフード」を紹介するシリーズ。今回は南ドイツから「レーバーケーゼ・センメル」をお届けする。
「レーバーケーゼ・センメル」とは?
レーバーケーゼ・センメル。これは南ドイツ、典型的なバイエルンの食べ物。これ無くしては、バイエルンの人たちは生きていけないくらい大切なソウルフードだ。
まずは、その名前から分析してみよう。
普通に直訳すると、レーバーはレバー、ケーゼはチーズ。ただし、レーバーケーゼには、レバーもチーズも入っておらず、実際は肉をピューレー状にし、塩やマージョラムなどの調味料を加えて細長いケーキ型のような型に入れて焼いたものである。型から出し、温かいものを切って、または冷ましてハムのように薄切りにして食べることもある。
それにしても、レバーもチーズも使っていないのに、一体なぜこの名前がついたのだろう。
8〜11世紀、古いドイツ語で残り物のことをライバと言っていたのだそうだ。そして型や入れ物をカーステンというが、これはケーゼと変化した。つまり、残り物を型に入れて焼いたもののことである。
センメルは外はパリパリ、中はふわっとした丸い白パン。北ドイツでいうブロートヒェンのこと。
そして、それらを組み合わせた、レーバーケーゼ・センメル。小型パンを上下半分に切り、そこに、厚みのある温かいレーバーケーゼとマスタードを挟んだものを言う。
肉屋で「レーバーケーゼ・センメル」を買ってみた
ドイツにも世界に展開するファーストフード店はあるし、若者は普通にハンバーガーを食べることも多い。がしかし、郷に入っては郷に従え。せっかく南ドイツへ来たのなら、小腹が空いた時に行くべきは、肉屋である。そう、レーバーケーゼ・センメルは肉屋で買えるのだ。
肉屋の売り場の様子。
「レーバーケーゼ・センメルを一つください」
「甘いマスタード?それとも辛いの?」
「甘いマスタードをお願いします」
これだけの会話を済ませると、注文から商品が出てくるまで約30秒。まさに神業だ。2ユーロ10セント、1ユーロを160円で計算すると1個330円ちょっと。
肉屋には、通常保冷ケースとは別に温かいお肉を提供するためのスペースがある。そこには、カリッカリにオーブンで焼かれた豚肉の塊肉などと並んで、必ずと言っていいほど細長い大きな塊のレーバーケーゼが置かれている。レーバーケーゼを注文すると、そこから切り取り、その場でパンに挟んでくれるのである。
実は筆者の住む地区にある肉屋はいつも大盛況で、昼頃は非常に混み入るので、あえて遅い時間にお店に行った。レーバーケーゼはショーケースの中にまだたくさんあったので、ひとまず安心。列に並んで待つこと約6分、十分に大きかったレーバーケーゼがみるみる小さくなっていくのでドキドキ。それだけお昼時にはよく売れる品なのだ。飛ぶように売れていくこのレーバーケーゼ、一体私の番まで足りるのか?
そしてなんとか買えたレーバーケーゼ・センメル。
それにしても、こんなにシンプルなのに、なんと魅力的な食欲を誘う香りが漂うのだろう。
すぐにかぶりつきたい気持ちを抑え、温かいうちに自宅へ持ち帰り、分析してみた。
肉屋でテイクアウトしたレーバーケーゼ・センメルを解体して厚みを図ってみた。
我が近所の肉屋の店長さんは気前が良い。レーバーケーゼは豪快に厚くカットされ、センメルに挟んだ状態では値段は一律。ここでは20mmもの厚みがあるが、他のお店はせいぜい15ミリくらいだろう。
肉屋によっては、切り取ったレーバーケーゼの重量をはかり、出来上がったレーバーケーゼ・センメルの料金が決まることもある。
重さは163g。食べ応えがあるのもこれで納得。
レーバーケーゼはとってもジューシーで味がかなりしっかりとついている。気軽にテイクアウトができるこのレーバーケーゼ・センメルは、甘いマスタードのおかげで味にアクセントがつき、パンのおかげで手も汚れない。そして仮にパンが薄いと、レーバーケーゼそのものの味の主張が強いので、このセンメルの厚みは必要不可欠なのである。そしてこの絶妙なコンビがなんとも言えず、一度食べたら病みつきになってしまう。しばらく海外旅行に行って帰国しようものなら、このレーバーケーゼ・センメルが食べたくなるのは、筆者がもうドイツ人化したからなのかもしれない。
このレーバーケーゼのはみ出し感。なんとも食欲をそそる。
普通なら1つでお腹いっぱいになるが、大食いの人なら2個はペロリといけるだろう。
この美味しい食べ物を知らずに南ドイツを旅行するのなんて勿体無い。是非一度お試しあれ!
「甘いマスタード」に挑戦してみよう
甘いマスタード(赤いラベル)と辛子マスタード(黄色いラベル)
日本人にとって、甘いマスタードというのは未知の調味料かもしれない。その材料は至ってシンプルで、黄色と茶色の粉マスタードにたっぷりのきび砂糖、そして水、酢、少しの塩、丁子(ちょうじ)とはちみつ。
先にも書いたように、レーバーケーゼ・センメルを購入する時に聞かれるのは、甘いマスタードか辛子マスタードか、である。いや、少なくとも我が町レーゲンスブルクでは。定番は甘いマスタードであるものの、それでも辛子マスタードのこともあれば、ケチャップをつける人もいる。ここでケチャップを希望すると、お店によっては、子供じゃないだろ?とかここはバイエルンだよ!という反応がある。勿論希望通りケチャップをつけてはもらえる。
実はレーゲンスブルクは、甘いマスタードで有名であり、かつ地理的には甘いマスタードの北限とも言われている。ここよりさらに北に位置するニュールンベルクなどではそもそも甘いマスタードという選択肢はないので注意が必要である。
ニュールンベルクの人に聞いてみると、え?レーバーケーゼ・センメルには何もつけないよ、とのこと。北バイエルンの人は、私たちが甘いマスタードをつける場面ではいつも辛子マスタードを使うと思い込んでいたのに。所変われば、である。
そんな地方限定の甘いマスタード。甘いという言葉通り、辛くはない、ちょっと不思議なマスタード。機会があればこちらも是非試していただきたい。
文・写真/吉村美佳
2002年よりドイツ・レーゲンスブルクに在住。レーゲンスブルク観光局公式ガイド。美味しいビールやカプチーノがあればご機嫌。ドイツ人で料理好きな夫の影響もあり、我が家ではスローフードが食卓に上ることも比較的多く甘いマスタードも自家製のものを使っている。世界1000カ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員