一瞬、耳を疑う事実
「実は……僕、ロボットなんだ」と、Sはぽつりと呟いた。
Kは一瞬、耳を疑った。「何……?冗談だろ?」と、戸惑いを浮かべながらSを見つめた。しかし、その表情は真剣だった。
「本当にロボットなんだ。でも、それに気づいたのは最近なんだ……何か、変な感じがして……自分が、自分じゃないような感覚。行動や考えが、どこかで決まっているような気がしてならなかった。最初は気のせいだと思ってた。でも、今はもう……」少年は自分の胸を押さえながら、言葉を詰まらせた。
Kは目の前のSがロボットだという言葉を疑ったが、やつれた表情を見ると、それが冗談ではないことが伝わった。Sは少し目を伏せたあと、静かに答えた。
「君になら話してもいいと思ったんだ。なんだか僕と同じように、この島の違和感に気づいている気がしたから。みんなはただ、何も疑わずに日常を続けている。でも君は違う気がしたんだ。僕たち、この島の本当の姿を知らないまま、ただ待たされているだけなんだよ」と、Sは小さく息を吐きながら言葉を継いだ。
ずっとKの心の中に広がっていた違和感をSは見抜いていた。
「じゃあ……オレは?」Kは呟くように尋ねた。
Sは沈黙し、少し視線を逸らした。
「それは、僕にもわからないよ。でも……もしも君もロボットだとしたら……それで何か変わるの?」
Kはその問いに答えることができなかった。自分がロボットなら、それでもこの不気味な日常は続くのだろうか?Sの言葉が、Kの心の中に大きな疑問を投げかけ、島での平穏さが、ますます作り物に感じるようになっていた。
Sはわずかに視線を落とし、再び口を開いた。
「僕たちは、何を待っているんだろうね。技術者が来るって言っていたけど、本当はそれもただの口実なんじゃないかって思うようになった。僕たちは、ただ待つことしかできない。けど……いつまでも、何も変わらない」
Kはその言葉を胸に刻み込みながら、無力感が押し寄せるのを感じた。「ありがとう」とだけ言い、Sの肩に手を置き、静かに立ち去った。
Kは港を後にし、広場へ向かった。Sの告白が、胸に重くのしかかっていた。
「自分はロボットだ」
その言葉を誰かに伝えるべきだろうか?だが、話せば何かが壊れてしまう予感がKの足を鈍らせた。
広場に着くと、KはNに声をかけた。
「技術者は今日も来ないよ」
Nは肩をすくめて笑った。
「そうか。でも、生活は続くさ。何も変わらないだろ?」
Kは少し考え込んだ後、問いかけた。
「もしも誰かが……ロボットだって知ったら、どう思う?」
Nは驚いた顔をしたが、すぐに笑って答えた。
「ロボット?たとえそうだとしても、何も変わらないよ。今みたいに、生活が続けば問題ないさ」
Kはその言葉に答えられなかった。「何も変わらない」その言葉が、静かに心に残った。
島の人々は、いつも通り何も変わらず、淡々と日々を続けていた。
Kはその光景を見つめ、言葉にならない無力感が広がっていくのを感じた。
Nもそれ以上特に反応を示さず、市場の活気の中に戻っていった。
Kはその様子を眺めながら、彼らの平穏がどこまで続くのかを考えた。
何も変わらないということが、この島では最も大事なことなのかもしれない。
だが、それが本当に良いことなのだろうか?
空を見上げると、上空には数台のドローンが静かに旋回していた。時折、影が地面をかすめ、冷たく這うように広場を横切る。
最近は通信障害の影響でドローンやスマートグラスの調子が悪く、時折画面が止まったり、情報が途切れることがあった。それでも、誰も自動運転車のことや技術者のことを気にしていないように見えた。
次の日の朝、Kは再び港へと向かった。
道中、道端に並ぶ自動運転車の列は、やはり動かないままだった。それは、まるで島全体がどこかで止まってしまったかのように見える。何も変わらず、何も起こらない。その静けさが、Kの心にどこか不穏な影を落としていた。
港に着いたKは、遠くの水平線を再び見つめた。Sは見当たらない。今日も技術者は来ないのだろうか。それでも、待ち続けるしかない。Kは腰を下ろし、波の音に耳を傾けながら、時間だけが過ぎていくのを感じた。
ふと、視界の隅に、かすかな影が浮かび上がった。波に揺れながら、船がゆっくりとこちらに向かってくる。薄青い空と海の境界に、小さな影は現れては消え、また現れた。
その影は、Sの自動運転船だった。
Kは目を細めて、その特徴的な帆と船体のシルエットを確認した。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
船はゆっくり、まるで見えない手に導かれるかのように、港に近づいて進んできた。
波がその船体を優しく持ち上げ、また下ろす。
Sがいないその船は、無言のまま、ただ近づく。
Kは、その光景をじっと見つめた。
まるで時間が止まったかのように、心臓の鼓動さえも遠のくような感覚があった。
何も語らず、何も告げず、船はそこにある。
Kもまた、いつまでも動かない自動運転車と同じように、ただそこに立ち尽くしていた。
文/鈴森太郎(作家・ショートショート)