2024年は日本の人口の約半分が50歳以上になるといわれ、少子高齢化は確実に進んでいます。
現役世代が減ることによる人手不足が懸念されていますが、その人手不足によって「おひとりさま」の高齢者へのケアが、今後ますます厳しくなることが予想されています。「おひとりさま」と言われると家族のいる人は、他人事のように感じるかもしれませんが、パートナーが認知症になったり、先に亡くなってしまったらどうでしょう? 子供がいても独立して家庭を持っていれば、簡単に頼ることもできません。
司法書士として高齢者のサポートを20年以上続けてきた太田垣章子さんは、いまや「1億総おひとりさま時代」だと警鐘を鳴らします。誰もが「おひとりさま」になり得る時代、人に迷惑をかけず、楽しく生き抜くための準備が必要なのです。動くのも考えるのも、億劫になる高齢者になってからでは遅いので、体力と気力がある、いまこそ準備の始め時。
そこで、今回は『あなたが独りで倒れて困ること30』(ポプラ社)から、70歳を超えると賃貸物件が借りられなくなる現状を事例を用いてご紹介。働いていても、資金があっても、子供が保証人になっても、借りられない理由とは?
高齢になると賃貸物件を借りられないというのは本当ですか?
■さまざまなリスクがあるので家主は高齢者に部屋を貸したがりません
コロナ禍以降、長期に亘って住宅ローンを組むのはリスキーだと、賃貸の需要は増えています。特にファミリー物件の注目度は高く、業界は物件数が足りないと活気づいています。
これは単純にファミリー層が増えたというよりは、リモートワークなどで、家で仕事をする人が増えたことから、人数以上の部屋数を求める傾向の表れだと思います。特に夫婦共働きでその二人ともがリモートワークになった場合、リビングで揃って仕事をするというのは無理があり、それぞれ個々に仕事部屋が必要になるからではないでしょうか。
一方でワンルーム等の小さな物件は、もともと供給過剰気味のところもあり、いったん今の入居者が退去してしまうと、新しい申し込み者を確保するのに苦戦するようになりました。
その理由は、単身者は今まで「寝るだけ」の部屋で良かったところ、「仕事部屋」的要素も求めざるを得なくなり、広さ的に条件を満たさなくなってしまったからです。その結果、単身者世帯用の狭い部屋は、空室が目立つようになりました。
ところが、その空室が目立つ狭い部屋ですら、70歳になるとなかなか借りられません。
空室があって、それを借りたい人がいて、相互に求めているものが合致しているようにも感じますが、高齢者はほとんど貸してもらえないのです。
実際どれくらい借りられないものなのでしょうか? 50件問い合わせをして、高齢者に部屋を貸してくれそうな対応は2、3件と言われています。
真千子さん(仮名・78歳)は、部屋が借りられず、ほとほと困り果てました。
もともと長年ご主人名義の持ち家に住み、2人のお子さんもその家で育て上げました。その息子たちも立派に成人し独立していくと、老夫婦には一戸建ては大きすぎるね……とご主人とも話し合っていました。
それでも長年住んだ一戸建てからの引っ越しは、荷物の整理や断捨離も大変です。物理的に荷物の量を減らしてサイズダウンしないと、引っ越しの意味がなくなります。高齢になればなるほど、その負担は計り知れません。
そのため孫が遊びに来た時に戸建ては飛び跳ねても安心とか、息子たちが家族で来ても皆で泊まれると、さまざまな理由を付け、ついつい引っ越しを先延ばしにしてきました。
そんな孫たちもいつしか大学生になり、祖父母の家に近寄らなくなった頃、最愛のご主人が心筋梗塞であっけなくこの世を去ってしまいました。
大きな5LDKの戸建ては、真千子さんひとりで住むには広すぎます。ご主人がいなくなってからは、夜の物音にも敏感になってしまい、眠りも浅くなるなど、いよいよ引っ越しの必要性を感じるようになってきました。
そうなると新居に夢が膨らみます。せっかく思い切って断捨離するのですから、今度は駅前のアクセスのいい場所に住みたいと考えました。
真千子さんの住んでいた戸建ては、街の喧騒から少し離れた郊外にあります。生活するには静かで快適なのですが、ひとりで住むには、少し静かすぎるのです。またちょっと出かけようにも、駅まで10分以上歩かねばなりません。
若い頃は「早く戻ってご飯を作らないと」とか「子どもが帰ってくるから」と、出かけても気忙しかったのが、今や何の制約もありません。今まで行きたくても行けなかった美術館や展覧会にコンサート……。そんな文化的な生活を楽しむためにも、ぜひ交通のアクセスのいい所に住みたい! と強く思いました。
快適な新しい生活をイメージしなければ、ご主人を失った喪失感とこの大量の荷物の整理に心が折れそうだったのです。
息子たちに片付けを手伝ってもらいながら、家中の荷物が半分くらいになった頃、そろそろ部屋探しをしてみることにしました。
条件は、前から考えていた駅近のアクセスの良いエリア。広さは40m²ほどで、家賃は12万円までとしました。
真千子さん自身の年金は、専業主婦だったため遺族年金を受給したとしても、それほど多くはありません。それでも年金で生活すれば、足りないのは住居にかかる費用だけです。
家を売却すれば、安く見積もっても数千万にはなるでしょう。あとはご主人が残してくれた株式や現金等の金融資産が5千万円以上あります。
最後はもしかしたら有料老人ホームに入所するかもしれないので、この10年ほどの間は賃貸に住む、としての予算組でした。
子どもたちも自立しているので、相続で遺すことをそれほど考える必要もありません。気に入った物件があれば、場合によっては、もう少し家賃を出してもいいかしら……そう夢を膨らませていました。
都心まで電車で30分以内の、落ち着いた雰囲気でありながら商店街も残る町の賃貸仲介店舗。荷物の片付けから少し解放されたくて、気分転換に立ち寄ってみました。はやる思いと裏腹に、ドアを開けた瞬間、真千子さんは自分が場違いなところに来てしまったのでは、という印象を受けたのです。
店舗には若く、髪の毛を明るく染めた男の子たちがパソコンに向かっていました。一斉に顔を上げて真千子さんを見た瞬間、「あれっ」と怪訝そうな表情です。
「お部屋を探しているんですけど」
消え入りそうな声を振り絞ってみましたが、聞こえたのかどうかすら分かりません。ドアのところで立ちすくんでいると、ひとりの年配の男性が近づいてきました。
「お母さんがお部屋を探されているんですか?」
そう言いながら、カウンターの席に誘導してくれました。
真千子さんは、そこからのことをほとんど覚えていません。いろいろ質問され、真千子さんも自分の希望を伝えようとしましたが、頭に残っているのは「部屋は貸してもらえない」ということでした。理由も聞かされたのですが、頭には入ってきません。
とにかく逃げるように、家に戻りました。
家に着いて落ち着きを取り戻した頃、片付いた部屋を眺めながらこんな疎外感を味わうために断捨離をしてきたのかと、少し情けなく感じました。これが高齢者がひとりで生きるということの現実なのでしょうか。
せっかく重い腰を上げて引っ越しに向かって作業もしてきましたが、このままこの戸建てに残るのか、それとも老人ホームに入所するしかないのか、自分でも分からなくなってしまっていたのです。
真千子さんから事情を聞いて驚いた長男の誠さん(仮名・49歳)が、大学時代の友人で不動産会社を経営している中西さん(仮名・51歳)のことを思い出しました。
すぐに連絡をとってみると、中西さんの口からは、高齢者の賃貸について驚くようなことばかりが飛び出してきました。それを要約すると……
[1]70歳を超えるとほとんど部屋は貸してもらえない
[2]家賃の価格帯によって差はなく、どの金額帯でも貸してもらえない
[3]家主は高齢者に部屋を貸すより空室の方がまだマシだと思っている
[4]家主は事故物件(孤独死)になってしまうことを怖れている
[5]認知症になった時の対応に困る
[6]建物を建て替える時に退去してもらえず困る
[7]家賃を払ってもらえるのか心配
中西さんがあげた理由が、ざっとこのようなものでした。
確かに家主側の思いも分かります。ただ真千子さんの場合、家賃も払えるし、息子たちがいるのですから、何かあったとしても放置はしません。それほど家主側に迷惑をかけることはないと思うのです。
中西さんはそれを聞いても、家主側の理解はなかなか得られないと呟きました。
「気持ちは分かるんだけどね。一度貸してしまうと、借り手の力の方が強いから、日本の家主の権利は二の次でさ。だから家主としては、どうしても敬遠してしまうんだよ。制度と今の日本の情勢が合ってないんだな」
中西さんはそう言いながらも、UR(UR都市機構)なら高齢者でも借りやすいということを教えてくれました。
確かにURは入居者側に細かい条件はなく、支払えるということを証明すれば貸してもらえそうです。ただ真千子さんの希望であった、駅近でアクセスの良い物件はほとんどありません。
大半は駅からバスだったり、人気の高い路線ではありません。
「住む」ことを重視するなら生活環境もいいのでしょうが、それなら今の戸建てとさして変わりません。真千子さんからすると、せっかく身軽になったのだから、人生を楽しむための引っ越しがしたかったのです。そうなると絶対に譲れない点は、「駅近」です。
「不動産屋が言うのもなんですが……。条件に合う賃貸に住むことは、難しいと思います。それならば、今の戸建てを売却して、駅近の資産価値の高いマンションを購入されたらいかがですか?」
中西さんからそんなアドバイスを受けました。真千子さんは、購入することなんて考えもしていませんでしたが、思ったような物件を貸してもらえないなら、それも仕方がないことかもしれないと思いました。
マンションを購入するとなると、買ってからも月々の管理費や修繕積立金も必要になりますが、一戸建てだって維持費もかかります。
一人住まいができなくなった時に、老人ホームに入所することを考えると、売りやすかったり、貸しやすかったりする物件なら、それほど資産価値を下げることにはならないでしょう。
誠さんも、最初は複雑でした。誠さんは大学教授。弟は大手商社マンです。世間的にはちゃんとした息子が二人もいて、亡くなった父親も銀行マン。母親は高齢とは言え、恵まれた環境だと思っていました。だから部屋を借りられないだなんて、思いもしなかったのです。きっとひとりでいきなり仲介の店舗に行ったからだ、くらいに思っていました。でも中西さんの口からいろいろ聞かされると、確かに借りることは難しいと思い始めました。
考えた末、母親の望むような物件を借りられないならと、少し息子として情けない気もしましたが、真千子さんの背中を押すことにしました。
結局、真千子さんは、中西さんの力を借りて家の売却と駅近のマンションの購入を無事に終え、引っ越しをすることができました。
家の売却代金とダウンサイズしたマンションの購入金額はほとんど変わらなかったので、手元の現金を減らすことにはならず老後の資金も心配なさそうです。もちろん上を見ればキリはありませんが、日々の生活は年金でやりくりすれば、貯金をどんどん食いつぶすこともせずに済みそうです。
それでも友達からは、「戸建てを手放すだなんて」と否定的な言葉をたくさん言われました。心が揺らぐことがなかったと言えば嘘になりますが、鍵ひとつの気軽さは何にも代えられず、思い切った決断をして良かったと心から満足しています。
ただもし同じような物件を借りられていたら、毎月家賃分を貯金で賄うことになるのでしょうが、もう少し現金が手元にあったのにな……と残念でなりません。
まさかお金があっても賃貸物件を借りられないだなんて、もっと早くから知って人生設計すべきだったと反省しきりです。孫のことなどを理由に転居を先延ばししたことが、悔やまれて仕方がありません。
「人生の後半戦に住む場所は、現役世代中に考えること」と二人の息子にしっかり伝えた真千子さんでした。
【まとめ】70歳を超えるとお金を持っていても部屋を貸してもらいにくくなります!
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『あなたが独りで倒れて困ること30』(ポプラ社)1320円
著者・大田垣章子
文/太田垣章子( おおたがき・あやこ)
司法書士・賃貸不動産経営管理士。
登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ3000件弱の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。決して力で解決しようとせず滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、多くの家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』『不動産大事変』(すべてポプラ新書)がある。