「最近のテレビはつまらなすぎる! ぜんぶ極左とアホみたいなポリコレのせいだ!!」
90年代アメリカTVカルチャーの代名詞ともいえるコメディ番組『となりのサインフェルド』の生みの親、ジェリー・サインフェルドのこんな発言が少し前に報じられました。一世を風靡したコメディーの変革者と称賛され、多数の受賞歴を誇る大富豪となったジェリーですが、最近の人気は右肩下がり。「俺の若い頃はな〜」と愚痴るオッサンと化した彼に対する世間の反応はとても冷ややかでした。
日本でも一般用語となった「ポリティカル・コレクトネス」、略して〝ポリコレ〟。言葉自体には長い歴史がありますが、「差別や偏見を助長する表現を慎む政治的な正しさ」という文脈が定着したのは50年ほど前です。日本のお笑い界も、容姿イジリや女性蔑視、LGBTQ+や外国人のモノマネなど、昭和〜平成の鉄板ネタの多くがいまやご法度となり、新しい社会通念との共存に悩む芸人は少なくないかもしれません。
実はこの「ポリコレがコメディーを殺す」という主張、ポリコレという言葉よりもさらに昔から言われているのです。1954年(奇しくもサインフェルドが生まれた年)に発行されたアメリカの新聞紙には、白人が顔を黒塗りして芸をする〝ブラックフェイス〟の衰退を憂うコメディー俳優が「最近は何をしてもマイノリティーが文句を言ってくるので非常にやりづらい」と悲観する記事があります。
あらゆるタブーを風刺しながら社会的批判を笑いに変えてきた欧米コメディーの功績は確固たるものですが、メインストリームの壇上のマイクを握ることができた者の大半が白人男性だったという格差も認識されなければなりません。80年代に黒人に対する差別や偏見を容赦なくイジる芸風で一躍スターになったエディ・マーフィや、90年代に自身の人気番組でカミングアウトして世間を騒がせたエレン・デジェネレスなどを見て育った世代のコメディアンの多くは多様なバックグラウンドを誇らしげにネタにしているようです。
最近の私の推しスタンダップコメディアンは台湾と日本をルーツに持つアツコ・オカツカ。8歳の時に突然アメリカに連れていかれ、統合失調症を患う母親と祖母のもとで不法移民として暮らしていたという波瀾万丈なライフストーリーを赤裸々に話す、ぎこちなくもひょうきんでチャーミングなスタイルが多くの人を虜(とりこ)にしています。
「社会の周縁に追いやられ『普通』になれなかった人々が共通の笑いを通してひとりじゃないと感じられる、そんな場を作れるのがこの仕事の魅力だ」とアツコは語っています。心の傷やトラウマを丁寧にさらけ出し、社会的構造に対する批判や不満を吐露しながら笑い合えるコミュニティーこそがこれまでのコメディー界に不足していたものなのかもしれません。
笑われていた人たちが笑わせる側になることで、さまざまな当事者性が可視化された先にあるのは「何も話せない」社会ではなく、「話せなかった人たちが話せる」社会なんだと気づかせてくれる海外コメディー、オススメです。
海外コメディを知るきっかけとなるキーワード
スタンダップ(stand-up)とは?
ひとりで壇上に立ち、マイク1本で笑わせるスタイルのコメディー。下ネタから政治まであらゆるテーマの作品が各プラットフォームで配信中。左の作品は、米国のLGBTQ+の歴史を当事者コメディアンの視点から回想。マイノリティの権利をめぐる米国社会の動乱と変革から、笑いと社会構造のインターセクショナリティー(交差性)が見えてくる。
Netflix映画『アウトスタンディング:コメディ・レボリューション』独占配信中
Atsuko Okatsuka
マッシュルームヘアとカラフルな衣装がトレードマークの36歳。2022年の単独ライブがニューヨークタイムズ紙「コメディー部門ベストデビュー」に選ばれてブレーク。今年は初の海外ツアーで6カ国を巡り、東京公演は即完売した。現在インスタフォロワーは99万人。
文/キニマンス塚本ニキ
社会派コメディに世界中が抱腹絶倒!
キニマンス塚本ニキ
東京都生まれ、ニュージーランド育ち。英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティやコメンテーターとして活躍中。10月に英語と世界情勢が同時に学べる初書籍が刊行決定!
撮影/干川 修 ヘア&メイク/高部友見 REX/アフロ